【「表現」分野の軽視】
2点目は「表現」分野がほとんど扱われていないということです。
国語は「読む」「書く」「聞く」「話す」の4分野が バランスよく取り入れてなければなりませんが、現状ではバランスが大きく崩れているのです。現状の「国語総合」の授業においては「読む」だけに時間が割かれています。読解こそが授業になっているわけです。また授業形態が教師の講義形式になっているので、「聞く」こともそれなりに時間が割かれることになります。しかし、「話す」「書く」ことはおろそかにされています。
これは「国語総合」に限らず、「現代文」「古典」においてもそうです。「国語表現」はさすがに「表現」に重点が置かれていますが、「国語表現」を採用している学校は進学校ではほとんどないのが実情ですので、国語全体としてバランスが取れていないといえます。
なぜこのようなことになったのでしょうか。この答えは、追々詳しく説明していきますが、簡単に言っておきますと、
①大学入試が読解力に大きくかたよっているため。
②国語教師が表現する力がない、あるいは、表現指導の勉強をしてこなかった。
③伝統の力
の3点が考えられます。
2点目は「表現」分野がほとんど扱われていないということです。
国語は「読む」「書く」「聞く」「話す」の4分野が バランスよく取り入れてなければなりませんが、現状ではバランスが大きく崩れているのです。現状の「国語総合」の授業においては「読む」だけに時間が割かれています。読解こそが授業になっているわけです。また授業形態が教師の講義形式になっているので、「聞く」こともそれなりに時間が割かれることになります。しかし、「話す」「書く」ことはおろそかにされています。
これは「国語総合」に限らず、「現代文」「古典」においてもそうです。「国語表現」はさすがに「表現」に重点が置かれていますが、「国語表現」を採用している学校は進学校ではほとんどないのが実情ですので、国語全体としてバランスが取れていないといえます。
なぜこのようなことになったのでしょうか。この答えは、追々詳しく説明していきますが、簡単に言っておきますと、
①大学入試が読解力に大きくかたよっているため。
②国語教師が表現する力がない、あるいは、表現指導の勉強をしてこなかった。
③伝統の力
の3点が考えられます。