東京書籍の『新編現代文B』の一番最初に村田沙耶香さんエッセイ「こそそめスープ」が掲載されている。このエッセイはおもしろい作品である。
筆者は大人になるまで「コンソメスープ」を「コソソメスープ」だと思い込んできた。「コソソメスープ」が本物のスープの名称なのだが、たいていはレトルトなどのインスタントスープであり、そういうまがい物の「コソソメスープ」を、ちょっと馬鹿にして「コンソメ」という名称を与えたと思い込んでいたのだ。現実には「コソソメスープ」と誰も言わないのは、本物の「コソソメスープ」は高級レストランでしか食べることができず、一般庶民が食べるのはまがいものの「コソソメスープ」しかないからだと筆者は解釈していた。筆者はこの勝手な思い込みを真実だと疑わず大人になった。
ある時それが間違いであったと気が付く。しかし筆者はその間違いを認めつつ、自分の心の中では「コソソメスープ」はあるものだといいう考えを捨てずに、それを自分の真実として生きていくことにした。
考えてみれば、私たちはみんな自分自身の思い込みの中で生きている。思い込みこそが個性なのだ。だから他人を傷つけないならば自分の思い込みを大切にしたいいはずだ。ほんものの「コソソメスープ」に対する思い入れがある世界のほうが自分らしい生き方ならば、それを大切にすることが、自分を大切にすることになる。社会に自分を合わせる必要はない。
筆者はたくさんの「思い込み」の世界を行き来してみたいと思う。それこそが真の交流である。
若干本当だろうかと思えるようなエッセイだ。大学卒業後まで「コソソメスープ」があると思い込んでいたなんて簡単には信じられない。しかし人間にはさまざまな思い込みがあるというのはまぎれもない真実である。その真実がすんなり伝わるのだから問題はない。それ以上に「個性」を生かす生き方を肯定していくことの重要性を感じることができるいい文章である。
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