東京老人Tokyorojin

こごとじじい増山静男のブログです。

1月11日・牟岐

2010年01月12日 13時37分56秒 | 国内旅行
 今日はこのまま帰ろうかと考えていたのだが、
 牟岐線に乗って見ようかと思って、

 高松(特急)→徳島(特急)→牟岐(ローカル)→海部
 →徳島(特急)

 徳島(バス)→徳島空港(JAL)→羽田空港(快速特急)→三田

 徳島から帰ることにした、



 牟岐線は、平らな場所かと思っていたら、最後のあたり、山越えばっかりですごいところだった、やはり、見ないとわからない、海部から少し入ったところの食堂で飯を食った、やはり、はんぶんのこしである、最後に、オヤジがコーヒーをサービスしてくれたので、アリガトといったら、えっ?と見事に聞き返されてしまった、すぐ、だんだんと言い換えたが、

 徳島に帰ってくると、14:01だった、空港バスの時間を見ると15:35
ここはJALしかなくて、17:00発である、3時間もあるのだ、

 街を歩くと、神社のお店が、大変な数出ていて、にぎわっていた、これを見たあと、駅デパートの地下でお土産を物色する、Yは魚類を買ってこいというのだ、2,3の魚と縮緬雑魚数千匹を購入、たるとも購入、後で詳しいYに聞くと、たるとも2種類あって、栗が丸ごと入っているやつ、細かい栗が入っているもの、もちろん私の買ったものは

 屑栗入り

 であった。

 ご心配もいただいたがなんとかからだはもって(4日間ツージなし)、
 家に帰ってきた、

1月10日日曜日

2010年01月12日 13時20分54秒 | Weblog
 今日は、

 高松(特急)→多度津(特急)→大歩危(特急)
 大歩危(特急)→阿波池田(特急)→徳島(特急)→高松
 
 多度津では結構たくさんの人が乗り込んでいた、四国で唯一の体験である、そのほかでは必ず車体中央に席をこちら側に倒して、4人分に足を伸ばして乗れた、乗客は全員金比羅山の丸亀(だったかな?)でおりるのだった。

 阿波池田
 峠を越えると、街がずいぶん下に見える、ぐるっと大きく回って対岸にある駅に着く、実にダイナミックだ、模型のレイアウトみたいである、聞くと見るとは大違いだ、



 大歩危
 オフシーズンのためバスがなく、例のかずら橋を見にいけなかった、が、大歩危、小歩危の渓谷は十分味わった、このあたりの観光は完全にバス(貸切観光)のシェアになっていて列車で来る人はいない、今日もフリー切符は2人の夫婦者だけだった、
 あたりの山は山頂近くに近代的な大きな家がある、聞くとあそこには車は入らないそうだ、プレハブメーカーの営業も必死だね、

 徳島
 昼食、オムライスを食べる、体の調子が悪く、半分残した、隣を見ると、実に巨大なオムライスもあるらしい、また、四国一というステーキも、、、

 高松
 玉藻城
 駅前でありとても便利な場所だ、堀の水は海水を使っている、日本に3つあるそうだ、現在修理中で、出来上がりが楽しみである、



 早めにホテルに入り、夕食はカット、

 何とか体が持ちそうだ。

1月9日土曜日

2010年01月12日 13時09分00秒 | Weblog
 四国左回り、

 高知(特急)→窪川(ローカル)→宇和島(特急)→松山(特急)→高松

 窪川から宇和島までは一日数本しかない超過疎路線である、もちろん特急はない、最近作ったのだから長いトンネル、橋梁と

 美しい景色がある、、、、なにしろ渓流四万十川に沿って走るのだから、

 ところが、

 窪川から乗った人は、 3人 
 この3日通用フリー切符も使う人は少ないようである、

 ついでに言うと、四万十川はイメージだけ上がっているが、この地域では必ずしもきれいではないような雰囲気である(東京から見ると十分きれいだといえるだろうが)この高価な線路は、一両のジーゼルカーが一日数往復するだけ、まことにもったいない、高知の人はどうやって宇和島に行くかというと、、、この列車が唯一観光に使えるのに、せっかくの連休なのに、一人も乗らないのだ、だから、、、、

 行かないのだろう

 宇和島で、お昼になってしまった、宇和島城を見て食事、おなかの調子が悪いので、慎重に食べる、何とかなった、アジの骨などを除いて、しょうゆで味付けをして、ご飯にかけて食べる、まことに美味であった、

 今日は早めに高松で泊ろう。

1月8日(金曜日)高知・市電

2010年01月12日 13時08分30秒 | 国内旅行
12時に高知に着いた、
 まず駅に行って明日からの四国3日間通用15700円のフリー切符を購入、
今日は市電の見学などをやる予定、
 ところが、夕方ホテルの近所の鰻やで、うなぎを食べたところどうにもお腹の具合が悪くなって一晩苦しんだ、鰻でおなかの調子が悪くなることはないので、天然、と表示されていたけど実は中国で、なんか悪い薬品が、、、と想像がつずく、

 雑誌にも出ていた店なのだが、熊本、鹿児島と比べてよくない、
一晩胃が苦しくて死にそうだったが朝まあ直って、旅行が続けられた、

 若いときと違って、いつ体調が悪くなるかわからない、

 早いうちに旅行にいっておこう、と考えるのだった。