リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

オノ連作 その2

2017-06-18 06:36:00 | オヤジの日記

 

今回は、いつもとは違うパターンの導入部になります。

お手数ですが、オノ連作 その1を先に読んでいただけたら、話が繋がると思います。

 

大学時代の同級生オノが、突然「この人と結婚しようと思うんだ」と言って、私を驚かせた。

女性の名前はシズコさんと言った。

どういう経緯で、そうなったかは、聞かない。

私は週刊文春ではない。

私は、人様の個人情報には興味がない。

ただ、相手が積極的に話してきた場合は聞く。

 

オノが照れながら説明してくれた。

昨年末、錦糸町のフリーマーケットを覗いたら、自転車が500円で売られているのを見つけた。

まだ、乗れそうなのに500円。

出店者に「本当に500円で売ってくれるんですか?」と聞いたら、「両方のブレーキが甘いので、乗りにくいですけど」と相手は答えた。

それが、シズコさんだった。

その後、オノがかつて入院し、いまは小児病棟で読みきかせをしている病院で、偶然にも再会したのだという。

シズコさんは、ケアマネージャーをしていて、時々その病院を訪問していた。

それが出会いだった。

 

それから半年で結婚を考えるとは、その期間は、男女の付き合いとしては、短いのか長いのか。

いずれにしても、相性が良かったということだろうか。

「でも、この人の両親には、まだ挨拶に行っていないんだ」と申し訳なさそうにシズコさんを見るオノ。

シズコさんは、柔らかい笑顔で頷いた。

私には、その姿は、そんなことは気にしない、と言っているように見えた。

 

ただ、どちらにしても、今日は目出たい。

お祝いをしようじゃないか。

俺にご馳走させてくれ。

ただし、外ではなく、この家でな。

 

「料理道具が何もない、この家でか」

だから、それを今から買いにいく。

私は、二人を部屋に残して、都営アパートを出た。

そして、まずフライパンや鍋、まな板、包丁、ザルやボウルなどを買って帰ってきた。

2回目は、食材だ。

目出たいと言えば、鯛。他にナス、ニンジン、インゲン、豚ひき肉、豆腐、油揚げ、片栗粉、油、ゆず、味噌などの調味料を買って帰ってきた(オノの自転車を借りた)。

それで、鯛めし、ナスとニンジン、インゲン、豚ひき肉の甘辛煮、揚げ出し豆腐、そして、鯛のアラを使った味噌汁を作った。

オノは飲まないと思ったが、一応クリアアサヒも6本買った。

 

きっと、外で食った方が安上がりだったと思う。だが、料理道具や調味料は、お祝い代わりだ。これからの二人の生活に役立つに違いない。

3人で乾杯をした。

オノは、乾杯の後、クリアアサヒをひと口だけ飲んで、残りを私にくれた。

その姿を見て、オノはまだ病と闘っているのだな、と思った。

 

オノと私が、昔話があまり好きではないこともあって、食いながらの話題は、シズコさんが専門の介護のことだった。

高齢化社会での介護の未来は、決して明るいものではないことをシズコさんは嘆いていた。

介護職の需要は増えているが、短期間で辞める確率が、どの業種よりも高い。介護職の待遇面、環境面が改善されないから、働きがいがない、とこぼす介護士をシズコさんは、多く知っていた。

そして、その人たちの多くは、まったく違う業種に転職していくという。

 

「半病人の俺が言うのはおこがましいが、俺は介護の資格を取りたいと思っているんだ。それが社会への恩返しに繋がるんじゃないかと俺は思っている」

隣で、シズコさんんが何度も頷いていた。

二人を結びつけたのは、もしかしたら「福祉」かもしれない。

 

そんな崇高な二人に対して、心が薄汚いガイコツが言うことは何もない。

本当に、何もない。

 

頑張れよ、という気もない。

いま精一杯頑張っている人間に、頑張れよ、というほど、私は思い上がってはいない。

応援させてもらう、と言うしかない。

そのあと、俺は君たちを尊敬するよ、という言わなくてもいい安っぽい綺麗事を言って、私は自己嫌悪に陥った。

そんなことを言ったって、この二人の清さに勝てるはずがないのに。

 

オノに「俺たち結婚してもいいと思うか」と聞かれた。

それを決めるのは、俺じゃないな、と答えた。

俺は、祝福することしかできない。本当に、俺には、それしかできないんだ、と言った。

 

そんな薄っぺらな答えを返して、二人と別れた。

 

今度、オノからのハガキがいつ来るかは、わからない。

 

幸せな報告だったら、私はいつでも歓迎する。

 

 

私は、それを心待ちにしている。