新宿で、いかがわしいコンサルタント会社を営むオオクボからLINEが来た。
「金曜の夜 空いているか」
空いてはいないが、国立で寿司を奢ってくれるのなら、無理やり空けてやらんこともない。
「わかった」
家族も込みだが、それでもいいか。
「わかった」
交渉が成立したので、金曜の夜7時、腹を極限まで減らしたビンボー家族が、オオクボの前に現れた。
私以外の家族は、丁寧にオオクボに挨拶をした。奢っていただくのだから、それは当然のことだ。息子と娘は、仕事帰りだったので、恥ずかしくない格好をしていた。ヨメも、高級寿司を食べられるというので、おめかしをしていた。
私は、14年半履きつぶした、ケツのポケットが無残にも2つとも剥がれたジーパンと息子のお古のスターウォーズのトレーナー、底にヒビが入って雨の日は悲惨なことになるスニーカーだった。
焦げ茶色のダブルのスーツできめたオオクボに、寿司屋に案内してもらった。
駅から徒歩5分程度。普通にのれんがかかっていて、戸は木で出来ている寿司屋っぽい店だった。
2つのテーブルを合わせて、5人が座った。気持ちが悪いことに、私の前にはオオクボが座った。おまえ、顔でかいな。我が家は、息子以外みんな小顔なのに。
まるで、社長みたいじゃないか。
「社長は顔でかい説」を実証して、来年のイグノーベル賞を狙いたい私は、もうすでにサンプルを3人揃えていた。
オオクボ、杉並の建設会社の顔デカ社長、静岡のリブロースデブ・スガ君だ。
ほ〜〜〜んとに、でかい。
成功する人は、顔がでかいのだ。つまり、小顔の私は、高須クリニックで顔をいじってもらわない限り成功できないということになる。
ノー、高須クリニック!
そこまでして、成功したくはない。(負け犬のオーボエ!)
一番搾りを飲みつつ、生牡蠣を食った。
オオクボは、日本酒の冷やを社長っぽく偉そうに飲みながら、いきなりアワビを食ってやがる。最初は玉子焼きを食うとかの謙虚さはないのか。堕落したな、おまえ。
そう思いながら斜め左を見ると、息子がいきなり伊勢海老を食っているではないか。ヨメは、皿にイクラが溢れまくったイクラの軍艦巻きだ。娘は、地味にイカ。
「寿司の好みにも性格が出る説」を検証して、来年のイグノーベル賞を狙ってみるか。
自分の性格は、把握している。私は牡蠣は大好物だが、奢ってもらうときしか食わない。つまり、意地汚くてケチだ。他の人間の性格診断は、もう少し時間が必要だろう。
7つ目の牡蠣と3杯目の一番搾りを飲んでいたとき、オオクボが顔を近づけてきた。
おまえ、でかいな。
「相談があるんだが、いいか」
仕事の相談以外なら、受けてやってもいい。
「その仕事の話だ」
仕事の話なら、京橋のウチダ氏にすればよかろう。
「ウチダさんも俺も苦手な分野だからだ」
経営コンサルタントが、苦手な分野があるって、おかしくないですかー。なんで苦手な分野の仕事を受けたんだよ。
「最初受けたときは苦手ではなかったんだ。しかし、途中から苦手に変わったんだ」
オオクボ、おまえ、日本語が下手になったな。
オオクボの回りくどい話を簡潔にお伝えします。
一年以上前に、森さんという人が、オオクボのクライアントになった。森さんは、大手建設会社で造園・植栽の部署にいた。
40歳を過ぎたのを機会に、独立を考えた。慣れ親しんだ造園の会社を立ち上げようと思ったのだ。そこで、オオクボにアドバイスを求めた。オオクボは、独立するためには、確実に仕事をくれる顧客をなるべく多く確保してください、と言った。
森さんは、一年かけてマンションやビルを管理する会社や管理組合、大きな庭園を所有する個人をターゲットにして顧客を集めた。
その数が一定数を超えたところでオオクボがゴーサインを出した。それが今年の6月初めのことだった。
そして、7月半ばに森さんは会社を辞めた。事務所を借りる準備をし、旧知の友に声をかけて、パートナーになってもらう段取りをつけようとした。
しかし、そのとき、森さんの体に異変が起きた。脳梗塞で倒れてしまったのだ。ただ、左半身に麻痺はあるが、重い症状ではないのは、不幸中の幸といってよかった。リハビリをすれば回復は可能だと医師からは告げられた。
だが、リハビリをしながら造園業は出来ない。
「延期しましょう」とオオクボは言った。
森さんにも依存はなかった。しかし、このあと森さんの奥さんが出てくるのだ。
奥さんが言う。「主人には、リハビリを頑張ってもらう。私は家計を支える」。
森さんの奥さんは、結婚前、フレンチレストランで働いていた。調理師免許を持ち、ソムリエの資格も持っていた。
「店を持ちたいんです」
クライアントが、森さんから奥さんに変わった。
「俺は飲食業が得意じゃねえんだよ」とオオクボ。情けないコンサルタントだ。
飲食店を開きたいという奥さんに向かって、オオクボは定食屋を薦めたという。
「目玉料理がなくても、平均的に美味しくて安ければ安定的に店は運営できますから」
しかし、定食屋を開くのなら、まず場所を探して、最低1人は従業員を雇わなければいけないだろう。家賃と人件費。そのほかに、昨今の不安定な野菜の価格もある。食材の仕入れに店の経営が圧迫される場合もあるだろう。
俺には、そんな発想はできないな。
「奥さんも同じことを言っていた」
「それなら、おまえは、どう思うんだ」
森さんの家は、何処に?
「渋谷の笹塚だ」
一軒家?
それなら、自宅の一部を改造してレストランにしてみてはどうだろうか。そして、ランチもディナーも予約制にする。予約制なら、食材の調達は読めるから、余計に食材を買うことはない。おそらく、奥さん1人で切り回せる。
つまり、人件費はいらない。家賃もいらない。あとは、奥さんの腕次第だ。ソムリエの資格があるってのは、相当なアドバンテージだと俺は思うけどな。
「それもありだな。
家から笹塚駅までの導線をマーケティング会社に提示して、客層や年齢層、近隣のレストランの平均的な価格を出させれば、ある程度のプランは見えてくるな。造園会社の開業資金をそのまま使えばいいから、資金の心配はいらない。
隠れ家的なレストランを目指してみるか。
うまくいくかわからないが、一応提案してみよう」
そのあと、貝の盛り合わせを注文したあとでオオクボが言った。
「ところで、この話には、いつものくだらないオチはつかないのか」
私は、左に座って鉄火巻きを食っている娘の肩を叩いた。
「父ちゃん、今日はラーメンは作らないの?」
角野卓造じゃねえよ!
「なんだ、それ?」貝を箸でつまんだオオクボの指先が震えていた。
これは、最近の娘と俺の遊びなんだ。
どんな話をしていても、この掛け合いが出たら、この話はおしまいってことだ。わかりやすいだろ。
「ちっとも、わからないが」
私はカッパ巻きのキュウリを眺めながら言った。
オオクボ、おまえ、今日の顔、緑色だな。
すかさず娘が「シュレックじゃねえよ!」
オオクボが、両手で自分の顎を支えながら、娘に向かって言った。
「夏帆ちゃん、すごい瞬発力だね。俺にはついていけないな」
ついてこなくてよし。
そのあと娘が、「もう大人の会話は終わった?」と言った。
もちろん、シュレックが出てきたら、おしまいさ。
「では、ここで、ひとつ報告がある。ユナちゃんが来週の土曜日、日本に来る。日本で働くためだ」
えーーーーーーー!
ユナちゃんのことは、こちらのブログに以前書いたことがございます。
しかし、続きは、次回に。