杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

第108回南部杜氏夏季酒造講習会特別講演

2019-07-30 20:51:56 | 地酒

 7月23日から26日まで、岩手県花巻市で第108回南部杜氏夏季酒造講習会が開かれました。大正3年(1914)設立の南部杜氏協会が、団体設立前の明治45年(1912)から開催している歴史ある技術講習会で、杜氏資格試験も行い、参加者は全国から延べ1800人という日本最大の酒造技術者養成機関。地元の仙台国税局をはじめ各国税局の鑑定官、酒類総合研究所や日本醸造協会の代表者、先進的な取り組みの酒造会社社長等が講師を務めます。

 日本酒造りや南部杜氏を取材する者にとっては非常に魅力的な取材対象ながら、南部杜氏協会に所属または関連先の技術者オンリーの、部外者がおいそれと踏み入ってはいけない“聖地”という思いがあり、私個人は例年5月末に開催される南部杜氏自醸酒鑑評会の一般公開に参加し、日本一の杜氏集団の近況を探ってきました。

 今年は仕事のスケジュールが合わず自醸会に行けなかったため、夏場に余裕があれば懇意にしている杜氏さんを訪問がてら、のんびりみちのく旅行しようかと考えていたところ、南部杜氏協会から突然連絡があり、「夏季酒造講習会最終日の特別講演をお願いできませんか?」と驚愕のオファー。思わず「なんで私が?」と聞き直し、講習会の講師陣の先生からの推薦と言われ、そんなハイレベルの先生方には個人的な知り合いもいないので、大いに戸惑ってしまいました。

 そうこうしているうちに、懇意にしている南部杜氏さんから「講師やるんだって?」「たいしたもんだ」と激励とも冷やかしともいえない電話が相次ぎ、ある杜氏さんから言われた「河村先生や静岡の酒のこと、静岡で頑張る俺たちのことをしっかりアピールしてくれ」という言葉でハッとしました。どなたかはわかりませんがこういう機会を与えてくださったことにまずは感謝し、分不相応だと自覚しつつも背伸びをせず、自分がこれまで見聞きし、感じ、行動してきたことを素直に話そうと腹をくくりました。

 

 これまでの、一般消費者や地酒ファンに向けての講演では、静岡県の地酒が美味しくなった経緯や取材先でのエピソード等で話をつなぎ、吟醸王国しずおかパイロット版の映像を流し、最後は試飲を楽しんでいただくというパターンが多かったのですが、今度ばかりはそうはいきません。対象は全国の名だたる酒造のプロ。ライターである自分が披瀝できるとしたら、ライターとして取材してきた静岡の酒&しずおか地酒研究会の活動、そして、言葉で伝える日本酒の魅力しかありません。悩んだ挙句、過去にしずおか地酒研究会で元SBS静岡放送の名アナウンサー國本良博さんに酒の名文を朗読していただいた『読んで酔う日本酒』という読み聞かせイベントを自分で再現することにしました。

 といっても私は國本さんのようなしゃべりのプロではないので、朗読会で使った吉田健一の『日本酒の定義』や篠田次郎先生の『日本酒ことば入門』のような名著の文章ではなく、古今東西の詩人の歌、酒の広告コピー、そしてこの春、お茶の取材をきっかけに関心を持ち、まだ研究途上ですがこのブログでも取り上げた酒茶論を思いきって紹介しました。

 

 依頼された特別講演は講習会最終日26日の朝9時から10時30分という時間帯。講習や試験は前日までに終了し、参加者の多くは最後の夜ということでトコトン飲み倒し、翌朝の特別講演は毎年眠気との闘いだと聞いていたので、前半はとにかく静岡の酒についてしっかりしゃべり、後半の『読んで酔う日本酒』では半ば本気で「聴く人が心地よく眠くなるようなしゃべりをしよう」と臨みました。講演終了後は修了式と杜氏試験合格者表彰が行われるホールに約400名。実際、目の前で居眠りしている人を見たらちょっぴり凹みましたが(苦笑)、とちっても何でも、とにかくこの時間を与えられたことへの感謝と誠意を尽くすことに徹しました。

 

 

 今回、用意した名文で、最初はとっつきにくいかなと思いつつ、昨夜はさぞ盛り上がったであろう聴講者の顔を見ながら一番しっくりきたのがこれ。

 

 酒逢知己飲 さけはちきにおうてのむ

 

 南宋の禅僧・虚堂智愚(1185-1269)の言葉をおさめた虚堂録から拾った禅語で、酒は気心が知れた仲間同士で飲むのが最高!という意味です。当たり前じゃんと思われるかもしれませんが、全国から研鑽に集まった現役・若手の酒造職人たちが、年に1度、同窓会や同期会のような仲間意識で、昨夜はトコトン飲んで本音で語り合ったんだろうなと想像すると、この一句が、今から700年以上前の中国の禅僧が詠んだとは思えないほど琴線に触れてくるんですね。

 

 それから自分で声に出して読んでグッと熱くなってしまったのがこれ。

 

 内にある迷いや葛藤、それでも真っ直ぐにすすむ誇り。

 この土地で生まれ、この土地で育ってきた。

 それは米も僕らも同じだ。

 一緒にかっこいい大人になろう。

 一緒にうまい酒をつくろう。

 そして一緒に酒を飲もう。


 2016年に日本醸造協会主催「女性のための日本酒セミナー」で酒造会社の女性オーナーや女性従業員を対象に、日本酒のキャッチコピーの作り方をテーマに講演を頼まれたとき、グループワークで受講生に酒造写真にイメージコピーを付けてもらった中のひとつ。私が撮った松下明弘さんと青島孝さんのこの写真に付いた作品です(松下さん&青島さん、勝手にモデル写真に使ってスミマセン)。

 グループ代表で発表してもらったので、どなたの作品かわからないのですが、これを読んだ時、鳥肌が立つくらい感動しました。地元の酒造りや米作りの苦労を知っている人の素直な言葉ですよね(この2人を父子だと思ったようですが)。

 

 日本酒復権と言われる昨今、全国各地でさまざまな地酒イベントや試飲会が花盛り。若者や女性の参加者も本当に増えてきました。しかしながら、イベントブースで用意された酒を一口二口飲むのに慣れてしまい、酒場に行っても酒の注文の仕方がわからない、酒への理解が深まっていかない人が増えているという声も聞きます。これからの飲み手に、もう一歩理解を深めてほしいとき、古今東西の酒の名文や、造り手が自分で考え伝える酒の言葉が背を押すこともあるんじゃないか・・・『読んで酔う』というタイトルにはそんな思いを込めています。

 

 思いつくままの雑駁な話に終始してしまった90分でしたが、終了後は懇意にしている杜氏さんから「短い間によく準備してきたな」と言われ、内容の良し悪しはともかく講演依頼者と聴講者への謝意と誠意は伝わったかなとホッとしました。自分もいろんな講演を取材・聴講しますが、しっかり準備をして真剣に話す人と、何度も同じ話をしているのかナアナアで話す人の違いって伝わってくるんですよね。

 静岡の酒に限定して取材を続けるニッチなフリーライターにこんな日が来るなんて未だにピンと来ていませんが、とにもかくにもお声かけくださった南部杜氏協会の皆さま、静岡の南部流蔵元・杜氏の皆さま、聴講してくださった全参加者の皆さま、本当にありがとうございました。