杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

『海峡をつなぐ光』と伝統工芸の未来

2011-06-19 11:41:58 | アート・文化

 先の記事でお知らせしたとおり、6月18日(土)、藤枝市の市民ホールおかべで日韓合作のドキュメンタリー映画『海峡をつなぐ光』の上映会が開催されました。

 

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 今から1400年前の飛鳥時代、ときの推古天皇が愛用していた仏具とされる法隆寺所蔵の国宝「玉虫厨子」。

 これと同じように、玉虫の翅(はね)で装飾された「玉虫馬具(鞍)」が、韓国慶州の古墳皇南大塚から出土されました。制作時期は玉虫厨子よりも100年古い1500年前。新羅王朝期のものです。

 

 

 

 映画は、玉虫を介した古代両国の文化交流を再認識しようと、日本と韓国の現代工芸作家が、この2つの美術品の復元作業に取り組んだ・・・その過程を追ったドキュメンタリーです。監督はテレビ朝日「ニュースステーション」ディレクターを経て様々なドキュメンタリー作品を手掛ける乾弘明さん。俳優の西岡徳馬さんがナレーターを務めています。

 

 

 

 岡部での上映は、映画で紹介する復元プロジェクトが、20年間玉虫を研究し、世界で初めて人工ふ化に成功した岡部町の芦澤七郎さんが無償提供した1000匹の玉虫あってのことゆえ。玉虫の取材・撮影には、藤枝の玉虫研究所や玉虫愛好会のみなさんが全面協力され、芦澤さんも映像に登場します。

 

 殺生を禁じた仏教の道具になぜ虫が?と、私も一瞬思いましたが、玉虫は朽ちた老木の中でも生を受け、生をつなぎ、死んでもなお翅の鮮やかなエメラルドグリーンやオーシャンブルーの色が朽ちないという虫だから。汚泥の中でも花を咲かせる蓮に通じる、と解釈されているそうです。ちなみに韓国では玉虫は天然記念物で、むやみに採取することは不可能。・・・この復元プロジェクトには岡部の芦澤さんの玉虫が必要不可欠だったというわけです。

 復元にあたったのは、韓国で数々の文化財の復元作業に実績のある崔光雄さんと、石川県輪島の蒔絵師・立野敏昭さん。崔さんは新羅王朝の馬具の完全復元を目指し、一人ですべてこなす職人タイプ。立野さんは玉虫厨子を2台制作し、元通りに限りなく近づけた“復元版”を法隆寺に、独自のテクニックをほどこした“平成版”を茶の湯美術館(岐阜県高山市)に納入。平成版では蒔絵装飾の部分も玉虫の翅を使ったり現代の蒔絵手法を取り入れたりと、クリエイターらしい一面をのぞかせます。

 

 上映会には駿河蒔絵師の故・中條峰雄先生の奥さま良枝さんをお誘いしました。鑑賞後は「峰雄さんが依頼される復元作業は、伝承されてきた技法に一切手を加えることが許されない完全復元が鉄則だったわ・・・」と懐かしそうに振り返っておられました。

 私はどちらかといえば、こういう職人たちの、1400年前の技術に挑むプロフェショナルの矜持というのか、職人魂みたいなものをじっくり観てみたいと思っていたのですが、映画のテイストは少し違っていました。職人の生の姿や声のパートは少なく、ナレーターの西岡徳馬さんがぜ~んぶ語りで説明してしまうので、どこかテレビの教養番組みたい・・・。在日韓国人の女の子がソウル、釜山、対馬、輪島等を訪ね歩くナビゲーター役になっていて、やはりどこかBS紀行番組的手法だなあと思いました。テレビディレクターが監督さんだからかな。

 今更ながら、『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の山本起也監督の作り方との違いを実感し、映画というのは監督の感性・思想・哲学がすべてだと再認識しました。

 

 いずれにせよ、「玉虫」という生き物が日本の伝統文化財の中で特異な存在にあり、日韓文化交流のかけ橋になり、今は藤枝岡部で育てられているという事実を知ることができ、大変有意義な作品でした。

 

 

 

 帰路、良枝さんをお宅までお送りし、中條先生のご仏前にお線香を上げさせていただきました。先生が亡くなって早3年・・・美術館やホールの壁面でしか展示できない大型の蒔絵作品がご自宅に何点も眠ったままだそうです。「古い家だから震災の後は不安で不安で、貸金庫に預けられる小作品は預けたけど、大型作品を守る方法を早く考えないと・・・」と心配しておられました。

 

 伝統工芸の世界が置かれた環境は想像以上に厳しいようです。後継者問題はもちろんのこと、二度と制作できない既存の作品をどうやって後世に伝えていけばいいのか。静岡浅間神社の造営から連綿と培われる駿河工芸の技の継承はどうなるんだろうか・・・。

 静岡市は新しい美術館やプラモデル博物館を駅前に華々しく作っても、地元の伝統工芸美はあまり尊重していないように思えるし、浅間神社資料館、駿府匠宿などゆかりの施設も“魅せる”“集客する”熱意がいまいち伝わってきません。おそらく静岡には地域芸術をトータルプロデュースできるアートプランナーやアートディレクターがいないからなんですね。

 

 似たような危機感は、おそらく全国の伝統工芸作家たちが共有しているだろうと思います。映像ーしかも海外との合作映画となれば、日本は伝統文化をおろそかにできないぞ、という一種のインセンティブになるでしょう。『海峡をつなぐ光』のような作品が彼らの存在にスポットを当て、少なくとも映像を通して「残す」「伝える」一助になればと切に願います。

 私もこの先、さまざまな場面で、地域のかけがえのない資源を「残す」「伝える」作業に自分を役立てたい、と思っています。

 

 


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