昨日(14日)は、しずおか地酒研究会の定例サロン〈コップ酒場で昭和の酒呑みレトロ体験〉を開催しました。
会場は、島田市横岡新田(旧金谷町)の中屋酒店さん。大井川鉄道の五和(ごか)駅から徒歩3~4分にある、この周辺では一軒しかない、酒場併設の酒屋さんです。
15時から始める予定で、14人の参加者は、14時20分に金谷駅に集合し、大井川鉄道に乗って4つ目の五和で下車。無人のホームと駅舎がなんともレトロで、参加者の野木村さんファミリーの子どもたちが「こんな駅、初めてみた!」とおおはしゃぎ。オトナたちの「レトロ体験しに行く!」気分を大いに後押ししてくれました。
参加蔵元の大村屋酒造場副杜氏・日比野哲さんは、地元ながらいつもは車移動がほとんどで、呑みに行く時はタクシーを使うので大井川鉄道に乗るのは初めてとか。「この電車、近鉄の特急車両ですよね、車内に伊勢志摩の表示が残っていましたよ」とすかさずチェックしてました。名古屋出身の日比野さんは、近鉄の車両に親近感があるようです。
私も奈良に1年住んでいたことがあるので、関西の私鉄の中では近鉄を一番多く利用したかな。特急は別料金がかかるので、この車両にはめったに乗りませんでしたが、まさかここで乗れるとは…(苦笑)。
中屋酒店については、アットエスの拙文(文末リンク先)を参照していただくとして、昨日は16時開店のところ、我々のサロンのために特別に15時に開けてもらい、この6月に新発売となった店のオリジナル酒〈かなや日和〉のテイスティングを楽しみました。
酒販店や飲食店のオリジナルPB酒は珍しくありませんが、その多くは、既存の酒のラベルを張り替えたり容器を特注したりしたもの。一方、〈かなや日和〉は、中屋酒店オーナーの片岡博さんと地元農家・大池道儀さんが、自ら米を育て、地元の酒蔵である大村屋酒造場で醸造してもらい、自らラベルを手描きで仕上げた、正真正銘のオリジナル酒です。
米は「あいちのかおり」という一般米。これを60%精米にした純米酒ですが、米の等級審査を通していないため、「純米酒」と表示できないのです。
純米酒と表示すればそれなりの値段を付けて売ることもできますが(大手メーカーのCMでは“米だけの酒”な~んて強調してますよね)、片岡さんは、付加価値を価格に付けるどころか、
「いかに美味しい酒を安く呑んでもらうかと考えて、1升瓶2000円以下で売る、店では1杯300円で売ると決め、原価計算をして、米はあいちのかおり100%で、自分たちで栽培することにした」
「僕と大池さんが育てた米を、大村屋酒造場の杜氏菅沼さんや副杜氏日比野さんが丹精込めて醸してくれた、正真正銘、造り手の顔が見える酒ですから、等級審査のお墨付きや純米酒のレッテルは、あったほうがいいかもしれないけれど、絶対必要なものではありません。地元で商売している人間だから、地元の人にウソやごまかしはできないことは一番わかっています。それをお客さんもちゃんとわかっている。そう考えたら、別にお墨付きやレッテルは要らないなって(笑)」と語ります。
この酒の付加価値というのは、造り手(=売り手)と飲み手の信頼関係そのものなんですね。
会が始まると間もなく、常連参加の日比野さんから「いつものサロンと違いますねぇ」と耳打ちされました。
これまでのしずおか地酒サロンは、酒蔵を見学したり、ゲストがタメになるウンチクを語ったり、スペックの違う酒を飲み比べをするといったスタイルですが、確かに今回は、簡単なあいさつと自己紹介が済んだ後は、ただひたすら呑んで食べるだけ。「手抜き企画だってバレたかな」と一瞬ヒヤッとしました(笑)が、日比野さんが続けて「こういうの、いいですねぇ、僕、好きです」と言ってくれたのでひと安心。〈かなや日和〉の醸造担当として一言お願いしたら、それは熱く熱く語ってくれました。
気が付くと、開店時間16時を待たずに、次から次へとお客さんが入ってきて、16時の時点ですでに満席! 事前に片岡さんから、「土日は町内の集まりや野球の試合なんかが多くて、終わった後みなさんがドッとやってきて、バタバタしちゃうので、申し訳ないけど1時間早く来てください」と言われていた、そのとおりになりました。
子ども連れのファミリー、ご年配の酒友同士、若いカップルなどなど、客層は実にバラエティ。呑まれているアルコールは、ビールや焼酎が多いようでしたが、〈かなや日和〉がデビューしてからは、1杯300円という値ごろ感も手伝って、「たまには日本酒も呑んでみるか」「日本酒ってこんなにうまかったのか」という声が聞かれるようになったそうです。
酒の小売店の併設酒場は、かつては数多く見られました。食品衛生法の規制がかかり、飲食店としての営業許可が必要になったとき、多くの小売店は、大事な納品先である一般飲食店と競合してまでやる必要はない、酒だけ納入するほうが楽だと考え、許可を取らず酒場を廃業するか、火を使う料理は出さず、コップ酒につまみ用の缶詰を出す立ち飲み酒場のスタイルを選択しました。
中屋酒店は、近隣に飲食店が少なく、地元の要望もあって、先代がきちんと営業許可を取り、居酒屋併設スタイルを維持したのです。
地域それぞれの事情の違いがあるとは思いますが、片岡さんが、一家で朝から小売や配達をし、夜は遅くまで居酒屋を切り盛りするパワーの源とは、この店がこの地域に必要なんだという地元の後押しに違いありません。
静岡酒にこだわって呑ませる店や付加価値の高いサービスを提供する店は、繁華街を歩けばそこそこ見つかるでしょう。でも、飲み手側に「この店は地域になくてはならない!」と言わしめる存在感のある店や、純米吟醸並みのスペックの酒を、純米酒とさえ謳わず1杯300円で呑ませ、日本酒を呑まなくなった人を振り向かせる努力をする店は、そうそう見つかりません。
…そんな酒場が今も存在しているんだということを、ややもすると頭でっかちになりがちな(自分も含めた)地酒マニアが体験し、酒場のあるべき姿を考えるというのが、今回の趣旨でした。
〈かなや日和〉という酒を味わい、16時には満席になる店を体験したことで、参加者にも少しは伝わったのでは、と思います。
ちなみに今回の参加者は、日比野さんのほか、篠田酒店(清水区)、飲食店の河良(清水区)と湧登(駿河区)のご主人がた、陶芸家の安陪均先生(伊豆の国市)と奥様の絹子さん、家具職人の野木村敦史さん(駿河区)ファミリー、天晴れ門前塾生の中西さん、吟醸王国しずおか映像製作委員会メンバーでもある堀田さん(駿河区)、荒川さん(富士市)。
右写真の壁絵は、店の前の駐車場屋根の壁に、片岡さんの知人のスプレーアーティストが「電車から見えるように」と描いてくれたもの。酒杯を持っているのがイキですよね!
テレビ〈しずおか吟醸物語〉を観てコンタクトをくれた野木村さんの奥様は、父親が大の日本酒好きだったのに感化され、東京農大醸造学科に進み、酒蔵でインターン修業したこともあったとか。社会人1年生になった中西さんは、門前塾をきっかけに日本酒・・・造りではなくなぜか酒税法に興味を持ち、税理士資格取得の勉強も始めたとか、不思議な酒縁が広がっていきます。日比野さんは「農大醸造学科卒業で家具職人の奥さん?」「なんでなんで酒造法なの…!?」と女性2人に大いに食いついていました(笑)。
〈しずおか吟醸物語〉の日比野さん登場シーンは、過去ブログでも紹介したとおり、天晴れ門前塾生たちの酒蔵見学時に撮ったもので、一番熱心に聴講していた中西さんがちゃんと画面にも映っていました。ちなみに、このとき日比野さんが洗米し、中西さんたちもちょこっと作業を手伝っ たのが、〈かなや日和〉の原料米である「あいちのかおり」でした!
安陪先生が提供してくれた自作の盃で、ぬる燗の〈かなや日和〉を味わうと、うんちく屋さんだったら1杯1000円ぐらい付けるんじゃないかと思えるほどの味わい! 家具職人&デザイナーの野木村さんも、「酒も料理も家具も同じ、モノづくりはこうでなきゃ」とメンバーとの語り合いを満喫されていました。
ただ仲間を集めて電車に乗って呑みに行っただけ、のサロンでしたが(苦笑)、感度の高い参加者には、たぶん、「ただ呑んで食べただけ」以上のものが受信できたのでは、と思っています。
ちなみに今回かかった予算はさんざん呑んで食べて一人2630円…勘定書きを見た時は「ここは台湾?」と目を疑いました(笑)。たぶん少しお勉強してくれたんだと思いますが、この店はふだんでも3000円でお釣りがきます。「電車やタクシーを使ってもモトが取れる」って決して誇大表現ではアリマセン。
片岡さん&中屋酒店のみなさま、本当にありがとうございました!
中屋酒店の紹介記事はこちらへ。
ついでに河良さんはこちら。
湧登さんはこちら。
安陪絹子さんの店シルクロードはこちら。
野木村カンパニーはこちら。
なお、しずおか地酒研究会に参加してみたいと思われた方は、ぜひ鈴木真弓のメールアドレス(プロフィール欄参照)へご連絡くださいまし!