4月18日 編集手帳
劇作家で歌人の寺山修司に『心臓』という詩がある。
〈心と
心臓とのあいだを流れる川を
血と名づける〉。
誰の胸にも川は流れている。
流れているが、
である。
その人が出くわしたのと同じ場面に居合わせたとして、
自分ならばどうしていたか。
この一両日、
考えている。
助けに行かねばと「心」では分かっていても、
おそらくは「心臓」を鷲掴(わしづか)みする恐怖で川は凍りつき、
立ちすくむだけだったに違いない。
銀行員の児玉征史(まさし)さん(52)が電車にはねられて亡くなった。
川崎市の京浜急行線八丁畷(はっちょうなわて)駅そばの踏切で、
線路上に立ち止まった高齢の男性を救助しようとして事故に巻き込まれたという。
優しい「心」とたくましい「心臓」のあいだを、
温かい川が流れていた人だろう。
勇気。
崇高。
無私。
浮かんでくる言葉は幾つもあるが、
そのすべてをもってしても、
夫を、
父をなくしたご遺族の悲しみは癒やせまい。
窪田空穂(うつぼ)の歌を思い出す。
〈哀(かな)しみは身より離れず人の世の愛あるところ添ひて潜める〉。
美しい心がもっとも美しく表れる瞬間を狙いすまして、
人を泣かせる。
天の計らいは、
ときに薄情にすぎる。