3月31日 編集手帳
都電の乗り場に立っていた。
この電車は池袋に行きますか?
やって来る電車の乗務員に尋ねたいのだが、
そんな言い方はしたことがない。
「池袋さ、ングか?」ならば言える。
でも、
言いたくない。
僧侶で教育者の無(む)着成恭(ちゃくせいきょう)さんが以前、
山形から上京した当時のほろ苦い思い出をラジオで語っていた。
結局、
5台の電車を見送ったという。
のちにラジオ番組「全国こども電話相談室」の回答者を務め、
人気を博した話術の名手にして、
そうである。
お国なまりに限るまい。
未知の土地で生活をはじめる人に、
戸惑いの種は尽きないだろう。
きょうで3月が終わる。
なじみのない都会を下調べしていたのかも知れない。
朝の駅で、
網の目のような地下鉄の路線図を真剣に目でたどっている青年を見かけた。
故郷を離れて、
週明けには慣れない街で勇躍、
夢多き一歩を踏み出す人は多かろう。
いいことずくめとはいかないのが会社勤めだが、
失意も困惑も、
やがては上がる通り雨である。
濡(ぬ)れていけばいい。
〈人はみな悲しみの器(うつは)。
頭(づ)を垂りて心ただよふ夜の電車に〉(岡野弘彦)。
ときには、
そういう夜もあるだろう。