10月2日 読売新聞「編集手帳」
未来と過去、
今この時間もその境に立たない人はない。
平野啓一郎さんは長編小説『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)で、
主人公の男性にこう言わせている。
「人は、
変えられるのは未来だけだと思い込んでる。
だけど、
実際は、
未来は常に過去を変えてるんです。
変えられるとも言えるし、
変わってしまうとも言える。
過去は、
それくらい繊細で、
感じやすいものじゃないですか?」
小説の描く男女の恋愛という枠を超え、
万人への普遍性のある問いかけだろう。
きのうテレビで、
繊細な過去がみるみる形を変えるかのような競泳選手の泳ぎを見た。
白血病から復帰した池江璃花子さん(20)である。
「日本学生選手権水泳競技大会(インカレ)」の女子50メートル自由形決勝で、
4位に入った。
昨年12月に退院してからまだ1年もたっていない。
インカレへの出場を目標に定めたのは、
まだ病床にいた頃だったという。
伸びやかに水をかきながら、
白血病と知ったときの悲しみ、
苦痛を伴う治療を受けた日々は彼女の中で形を変えたにちがいない。
未来と過去の境に凜と立つ姿に、
元気をもらう人は多いことだろう。