3月4日 編集手帳
一たび濯(すす)げば形容(かたち)端正(ただし)く再び浴(あび)れば万病悉(ことごと)く除かる、
とは8世紀の出雲風土記にある温泉の効用を説いた一節である。
大地からとうとうとわき出る湯に古来、
日本人は特別な思いを抱き続けてきた。
文豪たちもまたしかり。
『温泉文学事典』(和泉書院)を開くと近代以降の800超もの作品が紹介されている。
湯煙や硫黄の香りの向こうに目に映らぬ何かを見るのだろう。
長野や静岡と並び、
しばしば舞台となるのが群馬だ。
<時間湯のラッパが午前六時を吹くよ。
朝霧ははれても湯けむりははれない。
湯ばたけの硫気がさつとなびけば
草津の町はただ一心に脱衣する。>。
昭和2年、
白根山方面を歩いた高村光太郎の詩である。
本白根山の噴火から一月余り、
草津の温泉街はにぎわいを取り戻しつつある。
ただ、
まだ本調子ではないらしい。
「今は、
別府行くより、
草津行こうぜ」。
大分県別府市がこんな新聞広告でエールを送ったというから泣けてくる。
「いでゆ奇談」「ざぶん」「怪人二十面相の湯」…。
事典にある数々の作品名が想像をかき立てる。
あぁ、
もろもろ投げ出し、
どっぷり湯につかりたい。