secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

イコライザー THE FINAL

2023-10-14 17:56:19 | 映画(あ)
評価点:52点/2023年/アメリカ/109分

監督:アントワーン・フークア

残酷描写に必然性を感じないため、品のない印象を受ける。

イタリアのシチリア島を訪れたマッコールは、ブドウ園に潜んでいたマフィアを一掃した。
その帰り、銃撃されて重傷を負うことになる。
その近くの街で倒れていたところを、発見されて地域の医者に助けられた。
次第に回復していくマッコールは、とっさに「ロベルト」と名乗り、周囲と打ち解けていった。
しかし、街をリゾート開発させようと考えていたマフィアたちが、住民への弾圧を強めていた。

デンゼル・ワシントンのアクション映画、「イコライザー」シリーズの最終章。
最後まで気づかなかったが、「マイ・ボディーガード」のダコタ・ファニングとの競演である。
いわゆる一般人だと思っていた人が、実は凄腕エージェントでばったばったと人を殺しまくるという「必殺仕事人」のハリウッド版である。
96時間」や「Mr.ノーバディ」、「ジョン・ウィック」といった作品が同じジャンルと言えるだろうか。

とくに見たかったわけでもなかったが、何も考えずに見られる映画を、ということと、そろそろ映画館に行かないと私のアイデンティティが脅かされると感じていたので、見ることにした。
R15指定ということもあり、残酷描写が非常に多い。
その時点で好き嫌いが分かれそうだ。

監督はこのシリーズをヒットさせたアントワーン・フークア。
あの「トレーニング・デイ」の人だ。
まあ、興味があればどうぞ、という程度の映画ではある。


▼以下はネタバレあり▼

日常にある危険を、圧倒的な力と技術によってそっと解決してくれる。
それがマッコールの魅力であり、この映画の肝になっている。
日常に潜む危険は、どの地域でもあり、そして多くの人はその危険に対抗するべき力をもっていない。
格差と分断が歴然とある現代では、悪と賢さを備えた権力が、今も人々を蹂躙している。
そういう世界観を多くの人が共有しているということを、この映画の基盤にある。

この映画にある重要な結構は、日常とその影との対比だ。
前々回は、ホームセンターを舞台に、前作はタクシードライバーを、日常に設定し、その日々に映る弱者と悪人とを見つけ出して成敗する姿を描いてきた。
今回は、舞台をイタリアに移して、異邦人として振る舞うマッコールを描く。

アメリカから飛び出して、根無し草のような生活に土を与えてくれるのは、港町に住む人々だった。
これまでの対比と違って、彼は与えるもの、守るものという立場ではなく、守られ、癒やされるものとして振る舞うことになる。
最終章として「ここで生きたい」と思わせる展開になっている。

だが、そう簡単に彼に安住の地を与えてくれない。
ブドウ園にマフィアの組織が隠されていたことをつかんだマッコールは、再びトラブルに巻き込まれる。
ブドウ園での出来事と、イタリアでの街のトラブルとの二重性が、この映画の主な結構(プロット)になっている。
舞台設定としてはおもしろく、ミステリアスな部分もあり、退屈そうなイタリアの療養生活に、一定の緊張感を与えるものになっている。

シリーズのおもしろさを理解しながら、最終章として描く流れはおもしろかった。
だが、こうなると狭い世界を描くことになり、ご都合主義的な展開に陥らざるを得ない。
二つのプロットが重ならなければおもしろくないし、同じマフィアが糸を引いているとなって重なってしまうと「イタリアの世界はどんだけ狭いねん」という不自然さを感じてしまう。

それだけではない。
この映画はとにかく残酷描写が強烈すぎる。
しかも、映画としての単なる「演出」にすぎず、重みがない。
はっきり言えば、そんな残酷に描く必要はない、という無駄さが映画の重みを奪っている。
それならもっとうまく、残酷さや重みを生み出す演出や展開はあったはずだ。
特に、地元警察の署長を呼び出して、腕を切り落とすシークエンスは全くの不要だった。

ぜんぜん怖くないし、ただ気持ち悪いだけだ。
それで事態が好転したか、といえば、結局ボスが自ら街に乗り出して弟の敵を見つけてしまう。
観客のストレスを高めただけで、後の展開につながらない。
もっと言えば、マッコールがその弟を殺すシークエンスも、ちょっとリスクが高すぎて「スマート」とは思えない。
その後住民たちが報復されることが明らかなのに、殺害をしてしまうことで住民たちを逆に危険に陥れている。

残酷な殺し方をすることで、カタルシスを得ることができるか、といわれればそうでもない。
冒頭から残酷描写が多すぎて、演出が効果的でなくなってしまっている。
大衆にとっての日常にある悪、というよりも非日常な悪になってしまっているわけだ。

そして、ラストの敵のアジトを壊滅させるシークエンス。
これが尻切れトンボで、見せ場になっていない。
「明日、街を焼く!」と意気込んでいたマフィアたちは、結局ぬくぬくとふかふかのベッドで就寝してしまう。
そしてそこをまんまと襲われて、ジ・エンド。
そこには悪を倒したというカタルシスよりも、ほとんどホラー映画のような演出しかない。

とことん悪いやつであることは分かっているが、映画としての起伏は演出以上に感じられない。

もっともおもしろいところは、エンドロールで、気にかけていた捜査員がダコタ・ファニングだったということがわかるところだ。
そこが一番意外で、衝撃を覚える部分になっている。

もうちょっと、シンプルな勧善懲悪で良かった気がする。
たいした期待もしていなかったが、それ以上に期待外れな印象は拭えない。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 岩井克人「経済学の宇宙」 | トップ | 体調と心調と。 »

コメントを投稿

映画(あ)」カテゴリの最新記事