「葛城ユキ」と言うと、「あぁ、『ボヘミア~ン』、ね」くらいの反応の人って多いような気がします。その「ボヘミアン」がヒットしたのは1983年だから、もう25年も前になるんですね~
でも、彼女は「ボヘミアン」だけの一発屋ではないんです。
ユキさんとぼくは同郷です。縁あって、スタッフとしてユキさんのライヴを手伝わせて頂いたことがあります。それは、ユキさんの出身地である岡山県での、記念すべき初ライヴでした。
まだ青春真っ盛りのぼくがその頃ひたっていたライヴハウスがあります。ある日、そこの常連のT君が、「これ知ってるか?すごくいいぞ!」と言いながら持って来たのが、「哀しみのオーシャン」が収められているアルバム「寡黙」でした。
ちなみに、このアルバムに収められている「ミッドナイト・エンジェル」という曲も、とてもカッコいいロック・ナンバーなんです。
オリジナルの「哀しみのオーシャン」は、ボニー・タイラーが歌っていました。ユキさんは、もともとは演歌歌手としてデビューしたのですが、鳴かず飛ばずでした。不遇の時を過ごした後、ロック・シンガーとして再起を図るのですが、再出発にあたって選んだ曲が、この「哀しみのオーシャン」だったというわけです。
そして彼女は、この曲で1980年の世界歌謡祭のグランプリを獲得しています。
でもぼくらは、そういうエピソードなんぞ全く知らないまま、パワフルでほのかにカントリーの香りがする彼女のロックに聴き惚れていました。潰れかかったようなハスキーヴォイスの持ち主であるユキさんの歌は、どこか寂しげでしたが、開き直ったような自信も感じられ、たいへんみずみずしく聴こえたものでした。
ある日、ユキさんがぼくらと同郷だということが解りました。というか、そんなことも知らずにファンになってたのがおかしくて、不思議でした。
もう当然のように、そのライヴハウスで「ユキさんを呼ぼう!」という話になったんだと思います。最初はそのお店で。少し間を開けて、2度目は400人収容級のホールで。
ライヴは2度とも大成功でした! ぼくは2度ともスタッフとして、いろいろお手伝いをさせて頂いたわけなんです。本当に、いい思い出です。
そして、これが足がかりとなってユキさんはスターになったんだ、と思っていたい。
ユキさんは高校時代はバレーボールの名選手として知られ、卒業後は強豪実業団チームに入りましたが、ケガのため選手生活を断念して歌手に転身した、と伺ったことがあります。あのパワフルな歌声はバレーボールで鍛えた体が生んだもの、と言っても差し支えないようです。
また、独特のハスキー・ヴォイスについては、「酒で潰したのよ、アハハハハ~」と陽気に笑っていました。
この「哀しみのオーシャン」、今では知る人も少なくなっているかもしれませんが、機会があったら皆さんにぜひ聴いて欲しい歌です。せつなく、同時に力強いメロディの歌です。ぼくは、この曲には、逆境をはね返そうというたくましさがある、という気がしてならないのです。
ユキさんは今も変わらず、元気に歌っていらっしゃるそうです。まだまだこれからも素晴らしい歌を歌い続けてほしいと思っています。
[歌 詞]
◆哀しみのオーシャン/Sitting on the Edge of the Ocean
■歌
葛城ユキ
■シングル・リリース
1980年2月21日
■日本語詞
佐藤ありす
■作曲
スティーヴ・ウルフ/Steve Wolfe
■収録アルバム
寡黙(1980年)葛城ユキ 『哀しみのオーシャン』