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ぼくはそのころ何歳だっただろう。
まだ幼稚園には行っていなかったと思うんです。だから保育園に通っていたころかな。
アルバムを繰ってみると、ぼくが幼稚園に通ったのは6歳の時の1年間だけ。(今の今まで2年通ったとばかり思っていた。)
ということは、3歳くらいから5歳くらいの間のことか。。。
なんともあやふやな記憶なんだけれど。
当時住んでいた家の雰囲気は、記憶によるとちょっと薄暗い感じ。
午後の3時くらい、あるいは夕方前だったかもしれない。
居間に置いてあったテレビ(まだ白黒放送とカラー放送が混在していた)で、地元局が放送している天気予報を、ぼくはいつも見ていました。
父は自営だったので、事務所で仕事をしている時間です。母と姉がいたはずなのですが、不思議なことに、この天気予報を見ていた記憶の中にほかの家族の姿は現れてきません。だから、記憶の中のぼくは、ひとりきりでテレビの前に座っています。
天気予報って、「岡山県のあすは、晴れ ときどき曇り」という、丁寧なナレーションがあるはずなのだけれど、アナウンサーの声がぼくの耳に届いていたかどうかも全く記憶にないのです。
天気が気になっていたわけではないのです。
バックでたんたんと流れている美しい曲が、まだ小さかったぼくの心にじんわりと染み込むのです。
その曲は、ぼくが天気予報を見るたびに、まるでペンキを丁寧に何度も何度も重ねて壁や家具に塗るように、徐々に濃く記憶の抽斗に刻まれました。
ピアノで奏でられるその曲は、どことなく愛らしく、品があり、清楚でした。
これがぼくのいちばん古い、ジャズにまつわる記憶です。
やがて家の近くの幼稚園に移ったぼくは、園を終えて家に帰るやいなや、友だちと遊ぶためにすぐに家を飛び出して行くようになりました。
平日の午後にテレビを見ることはなくなり、いつしかその曲のことをまったく忘れてしまいました。
大人になったぼくは、音楽にどっぷり浸るようになっていました。
ジャズを演奏する頻度もとても多くなりました。すべからく、ジャズ・ナンバーをたくさん知っておく必要に迫られるようにもなりました。
そこで、「ジャズ名盤ガイド」的な本などを参考にしながら、とにかくいろいろなレコードを有名なものから手当り次第に漁ったものです。
当時のぼくにとってのジャズといえば、マイルス・デイヴィスだったり、オスカー・ピーターソンだったり、ハービー・ハンコックだったり。もちろんビル・エヴァンスもその中に入っていました。
数あるエヴァンスのレコードの中で、いろんな本で見て馴染みだけはあった、女性らしきシルエットが浮かんでいるジャケットのレコードを手にしたときのことです。
優しく可愛い3拍子のメロディが流れてきました。2曲目でした。
思わず、はっとしました。
これは、幼稚園のときに見ていたテレビの天気予報でかかっていた曲じゃないか!
頭の片隅にひっそり眠っていた記憶が、一気に甦りました。
この曲こそが、「ワルツ・フォー・デビイ」だったのですね。
「ワルツ・フォー・デビイ」は、エヴァンスの兄の娘、つまり姪のデビイに捧げられた曲です。
エヴァンスの初リーダーアルバムである「ニュー・ジャズ・コンセプションズ」(1956年)に、ソロとして収められています。
「わたしが幼い頃、ビル(エヴァンス)がよく目の前で弾いてくれました」と、デビイは後年語っています。
デビイ・エヴァンス(右)
◆ワルツ・フォー・デビイ/Waltz for Debby
■初出
1956年(album 「New Jazz Conceptions」)
■収録アルバム
ワルツ・フォー・デビイ/Waltz for Debby (1961年6月25日 ニューヨーク、ヴィレッジ・ヴァンガードで録音)
■レーベル
リヴァーサイド/Riverside
■演奏
ビル・エヴァンス・トリオ/Bill Evans Trio
■作曲
ビル・エヴァンス/Bill Evans
■プロデュース
オリン・キープニュース/Orrin Keepnews
■レコーディング・エンジニア
デイヴ・ジョーンズ/Dave Jones
■録音メンバー
ビル・エヴァンス/Bill Evans (piano)
スコット・ラファロ/Scott LaFaro (bass)
ポール・モチアン/Paul Motian (drums)
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