先日、CDショップで偶然に「ジョージ川口に捧ぐ」と題されたアルバムを見つけました。
ぼくは、まだ川口氏のCDを持っていなかったし、日本の誇る偉大なドラマーの音をぜひとも聴いておきたいと思ったので、即手に入れました。
このアルバムには、1953年から62年にかけての、ジョージ川口氏のベスト・テイクが並んでいます。
ジョージ川口氏は2003年11月に76歳で亡くなっています。1927年に京都市で生まれ、5歳の時から20歳頃まで旧満洲(中国東北部)で過ごしました。満洲飛行学校の教官として終戦を迎えた川口氏は、1947年春に日本に引き揚げます。その後、「ジョージ川口とビッグ・フォー」を結成して日本に空前のジャズ・ブームを巻き起こし、日本ジャズ界の黄金時代を築き上げました。
実に派手で、豪快なドラミングです。聴いているだけで楽しくなってくるような、華やかさがありますね。このアルバムでは川口氏の技と力を尽くした、パワフルなドラム・ソロがたっぷり堪能できます。
しかし、伴奏に回った時のドラミング、これがまた的確です。曲に色合いや広がりを出し、力強いグルーヴ感を生み出して、フロントをしっかりとサポートしています。
豪快といえば、氏のホラ話は有名ですね。まさにドラミングそのままの、豪快というか、壮大というか、スケールの大きなホラ話、好きだった人も多いんじゃないかな~
「ビッグ・バンドの一員として慰問に行った先が、ベトナムの最前線。演奏中に北ベトナム軍の攻撃が始まった。
急にクラリネットの音がしなくなったと思ったら、撃たれている。今度はアルト・サックスの音がしなくなったと思ったら、これまた撃たれている。
メンバーが次々に倒れてゆく中、シンバルに当たる弾の『カンカンカン』という音を聴きながら、私は必死にドラムを叩いていたんだよ、ワッハッハ」
「米軍のベース・キャンプに仕事に行った時にバクチに加わり、勝ちまくって潜水艦を一隻ぶん取ってきたが、置いておく場所がないから横須賀に係留してあるよ」(横須賀の米軍キャンプで演奏し、ギャラとして駆逐艦を貰ったが置き場所がないので横須賀に置いたままにしてある、またはB-29をもらったが置き場所がないから飛行場に放置してある、というバージョンもある)
その他にも「終戦直後の満州でソ連兵相手のバンドでドラムを叩いたところ、あまりに気に入られてソビエト本国に連れて行かれそうになったため、一升瓶の醤油を飲み仮病を装って諦めさせた」とか、「戦時中フィリピンから米軍の空母を操舵して逃げ帰って来た」、「同じく戦時中南方の収容所を脱走して、ついでに虎退治をしてきた」などという見てきたようなホラ話もあるらしいです。まるで落語を聞いてるみたいですね。
これらの豪快な話、当時のバンドマンならではの雰囲気に満ちた、とても面白いものだったそうですよ。
しかしこういうキャラクターのミュージシャンも少なくなってきたような気がします。
ぼくにはあんまり面白いホラ話が思いつかないんですよね~
「ウソ」は人を傷つけるけれど、「ホラ」はみんなで笑えるもんね。せいぜいネタ集めを頑張ってみようかな~。
◆ビッグ・バン・ブロウ フィーチャリング・ビッグ・フォア ジョージ川口に捧ぐ
■演奏
ジョージ川口
■アルバム・リリース
2003年12月25日
■コンピレーション・プロデューサー
森谷秀樹 ほか
■収録曲
① オール・マン・リヴァー/Ol'man River (Jerome Kern)
② ホワイト・ジャケット/White Jacket (ジョージ川口, 松本英彦)
③ ビッグ・フォア・プラス・ワン・テーマ:ラヴァー/Big Four Plus One Theme:Lover (Richard Rodgers)
④ ビッグ・フォア・モッブ/Big Four Mob (松本英彦)
⑤ セヴン・カム・イレヴン/Seven Come Eleven (J. Charles, B. Christisn, Benny Goodman)
⑥ バラード・メドレー/Ballad Medley (Hoagy Carmichael~Richard Rodgers~Vernon Duke)
⑦ ドラム・ブギー/Drum Boogie (Gene Krupa, Roy Eldridge)
⑧ ジャングル・ドラムス/Jungle Drums (Ernesto Lecuona)
⑨ チェロキー/Cherokee (Ray Noble)
⑩ 今宵の君/The Way You Look Tonight (Jerome Kern)
⑪ 四月の思い出/I'll Remember April
⑫ スイート・ジョージア・ブラウン/Sweet Georgia Brown (Ben Bernie, Maceo Pinkard, Kenneth Casey)
⑬ 死刑台のエレベーター/Ascenseur Pour L'echfaud (Miles Davis)
⑭ ウォーキン/Walkin' (Richard Henry Carpenter)
■録音メンバー
ジョージ川口とビッグ・フォア(ジョージ川口drums, 松本英彦t.sax, 中村八大pf, 小野満b)①②
ジョージ川口とビッグ・フォア・プラス・ワン(ジョージ川口drums, 松本英彦t.sax, 渡辺貞夫a.sax, 八木正生pf, 木村新弥b)③④⑤⑥⑦
ジョージ川口とビッグ・フォア・プラス・ワン(ジョージ川口drums, 林鉄雄tp, 村岡健t.sax, 鈴木宏昌pf, 鈴木順b)⑬⑭
松本英彦とジャズ・コンボ(ジョージ川口drums, 松本英彦t.sax)⑧
(ジョージ川口drums, 松本英彦t.sax, Fl, 中村八大pf, 上田剛b)⑨⑩
(ジョージ川口drums, 松本英彦t.sax, 渡辺貞夫fl,a.sax 中村八大pf, 上田剛b)⑪⑫
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2台のバスドラで、まるで機関車みたいに感じましたね~。
当時は、
「イイ年して、このおっさんかっこエエぞ~。」
と、思った事です。
それにしても、ホラ話、面白いですね~。
僕はこういうの大好きですね。
「しみったれたことが大っ嫌い」なお方で、それがドラムセットから衣装・ステージングからドラミングまで現れてた感じがします。
亡くなる数日前までステージに上ってた、というのもカッコ良すぎです~(^^)
ホラ話も川口さんらしい豪快なものばかりですね。こんなホラならいくら聞いても飽きませんね。(・∀・)
この人ホラ話は面白がられていたけど、ドラムはまともに評価されてなかったような気がするけど、いやいや豪快でスカッとするドラムはジーン・クルーパも真っ青ですね。キャラがドラミングによく出てるわかりやすい人(笑)
この人のドラムはジーン・クルーパだったかバディ・リッチだったかに「お前くらい叩ける奴は見たことがない」と言わしめたほどの力量があるんですよね、ほんとは。
これだけスター性のあるドラマーって今いるかな~
どういうコンサートでどんなメンバーだったかはすっかーり忘れてしまいましたが(汗)、とにかく舞台の真ん中でジョージさんが華々しく叩いていたのはハッキリクッキリ憶えていますわ~
ドラマーで目立つ人はわりと少ないですよね。
その昔、石川晶さんも目だってたけど(笑)
その他のことは忘れてもジョージさんのドラミングだけは覚えているところが、逆にいえばジョージさんのすごいところかも~
ジョージといえばジョージ大塚さんというドラマーもいらっしゃいますね。こちらのニックネームは「ジージョ」。ややこしい(笑)
石川晶さん、アフリカ人のような風貌でしたね~。あの方もスター・ドラマーでした。もうお亡くなりになったんですよね。
この記事を見てワタシもなんかおもろいホラ話をと考えてたんですけど、浮かびませんでした。ワタシはおじいちゃんコンプレックスの気があるのか、60歳overの面白いオジサマのジョーク大好きなんです(*^^*)
ナベサダさんのスーツ姿、珍しくないですか?
音楽のことに全然触れてないコメントだな~(汗)
いや、Dulgeさんならホラのひとつやふたつ作れそうだと思うんですが・・・(あ、いやホラ吹きというんじゃなくて、創作力があるという意味ですよ^^;)
MC取ってる時、あまりの美声にトリコになった男性陣の行列が控え室からできて、その行列が会場を三周したのよ、とか。
Dulgeファンから花束が殺到して、その花束の山のおかげで花粉症になったのよ、とか。
ナベサダさんのスーツ姿は珍しいかもですね。いつもカジュアルでお洒落ですよね~
あ、当方のコメント欄にはなにやら文字が書いてあれば良いのです~ 内容はなんでもOKでござる(^^)。
昭和53年とか54年ごろだったかな。
当時京都に住んでいた私は、とても場違いなライブハウス(高くて普通は入れない)に誰かに連れて行ってもらったことがあって、その夜はたまたまジョージ川口さんが来場していたんです。
ジャズはまったく知らない私でも名前ぐらい聞いたことがあった。
それほどのビッグネームの人の生演奏を聞いたわけですが、
演奏後に、彼のご贔屓のお客様だったのか、中年の女性と親しげにお話されているのが印象的で、それしか記憶にありません。
北山通りにあったそのライブハウスの名前も、高いテーブルチャージ料を出してくれた人が誰だったかも忘れてしまいました。(罰当たりぢゃ。。。)
でも、断片的にその頃を思い出したひと時でした。
あの豪快なドラムを聴いていながら、覚えているのは演奏後のお姿だけ。お話されている姿からもなんらかのオーラが出ていたから覚えているんでしょうかね~
当時のジョージさんは飛ぶ鳥を落としてそれを焼き鳥にして食べていたくらいの勢いがありました。すでにジャズ界の重鎮のひとりに数えられてました。そんな方の演奏をライヴハウスみたいに間近で見られる所で聴いたのはとても羨ましい出来事です。
この記事がきっかけでミドリガメさんが当時のことを少しでも思い出すことができたならぼくも嬉しいです(^^)。