「猛暑の昼間に、一体どうしたら良いかと思って、扇で仰いでみても
風は生ぬるいし、氷水に手を浸したりして、騒いでいるとき、満開の
石竹の一茎に結びつけた真っ赤な薄紙の文を受け取ったのですが、
それを書いた時の暑さや、その気持の深さが推し量られて、絶えず
使っていても不満に思っていた扇も、思わず置いてしまいましたよ」
枕草子百九十二段「いみじう暑き昼中に」拙訳
今から千年も前、平安時代に書かれた文章です。地球温暖化で暑いの
なんのいっても、やっぱり昔から夏は暑かった。エアコンなどあるはず
もなく、ましてや京都。暑いんですよ、京都の夏は。祇園祭を見に行っ
て倒れそうになったことがあります。氷水があったというのがむしろ意
外です。でも、文章の後半が、今の時代とは大違い、風流です。酷暑
の中で書かれた文が届きます。一本の唐撫子に結びつけて。それで
扇の風がぬるいなんて行っていた自分が恥ずかしいって言うんです。
エアコンの効いた部屋でタンクトップにショーパン姿で、アイスコー
ヒー飲みながら、「メチャ、暑いね」なんてメールしている自分の
「あさましく」も「すさまじい」こと!