『FBI捜査官ー奪われた名画を追え』は、全くのノンフィクションですが、すばらしくおも
しろくて、一気に読みました。原題は"Priceless How I undercover to rescue the
world's stolen treasures.です。「はかり知れない価値、世界中の盗まれた宝物を救
うために私がいかに秘密の捜査をしたか。」アメリカ映画でよく出てくる「おとり捜査
官ロバート・ウィットマンの回想録です。ウィットマンさんは日米のハーフで、母の家
系の「サムライ」の精神を心に秘めた気骨のあるFBI捜査官。ちょっと不思議な感じで
すが。2011年に出たこの本の巻末には、彼の東日本大震災への、またそれを耐え
ぬこうとしてしている日本の人々への思いが感動的に綴られています。
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FBIでは近年まで美術品の盗難事件捜査は、麻薬や犯罪の捜査のようには重きを置かれ
ていなかったのが、彼によって、ロダンの彫像や、ノーマン・ロックウエルやレンブラ
ントの絵、南北戦争時の貴重な旗など取り戻されたことで日の目を見るようになったよ
うです。彼によれば潜入捜査は、1ターゲットを見つけ 2自己紹介し 3信頼関係を
築き 4そして裏切り 5最後に家に帰るという手順で行われます。その一部始終は映
画顔負けのスリリングな展開です。一つ間違えば命に関わるような。もちろん彼の美術
品に関する知識、造詣、愛情も大変なもので、そこいらのキュレーターなどとてもかな
わないでしょう。日本女性と日本の美術に恋をしたという父親の血筋でしょうね。
1990年にボストンのイザベラ・スチュワート・ガーデナー美術館からフェルメールやレ
ンブラントの傑作など数点が盗まれました。これらをもう一歩の所で取り戻せそうにな
り、世紀の盗難事件解決かと思われたところが、上層部の権力争いや何かで、うまく事
が運ばず、失敗して、定年退官することになるのですが、これは、読んでいても、残念!
と叫びたくなる結末でした。結局あのフェルメールの傑作『合奏』は今も闇に埋もれた
ままです。
イザベラ・スチュワート・ガーデナー美術館からの美術史上最悪のこの盗難事件につい
ては、朽木ゆり子さんの『盗まれたフェルメール』にくわしく書かれています。フェル
メールには外にも盗まれた絵があります。それは戻ってきましたが。モナリザも盗まれ
たことがあります。途方もなく高価な額で取引されるので盗まれるのでしょうが、それ
は人類にとってはpricelessな、値がつけられないほど価値のある宝物でもあるわけです。
pricelessなものにpriceをつけて欲を満たそうとする、人間って複雑怪奇な生き物です。