私の好きなエミリ・ディキンスンの詩 | |
新倉 俊一 | |
金星堂 |
「一輪のバラの花で人の心が買えるなら If I chould bribe them by a Rose」
という暗示に満ちたエミリ・デキンスンの詩についてのエッセイから、上の魅力的
な小エッセイ集は始まっています。この「一輪のバラ」とは彼女の詩そのものをさ
すこと、詩を創造することが、彼女の生きた十九世紀のアメリカの家父長的で、抑
圧的宗教性の中でどれほどの困難を伴うことであったか、またその中で創造され
た彼女の詩がどれほどに素晴らしく意味深いものであるかを解き明かすエッセイ
に思えます。それにしても、多少外国語をかじった私などには、外国語の,特に詩
を邦訳する難しさをこの最初の短い一行ですでに思わずにはいられません。bribe
themは「人の心が買えるなら」と訳されていますが、bribeは「わいろを贈って何か
を得る、買収する」という意味です。このニュアンスを伝えるのは至難の業です。
この本はエミリ・ディキンスンの様々な詩についての二十数編のエッセイから
構成されています。どれも彼女の代表的な詩についての考察ですが、時々浅
くデキンスンの詩に触れる程度の読み手であるアマチュアの私には、ちょっと
専門的に過ぎるものが多いようですが、ある意味専門書であるこういう本の
性質上、仕方のないことかもしれません。でも、その中でも五番目の「希望は
羽あるもの"Hope" is the thing with feathers-」が気に入りました。一番読み
やすく、具体的だからかもしれません。書き手の若いころ、また高校教師時代
の印象深い経験と絡めて、読み物として最も面白くまとまっていると感じました。
とまあ、ぐだぐだ書きましたが、この中のエッセイはどれも、なかなかに手ごわ
く、難解なエミリ・ディキンスンの詩のとてもよい入門書になっていると思います。
エミリー | |
バーバラ クーニー,Michael Bedard,Barbara Cooney,掛川 恭子 | |
ほるぷ出版 |
エミリ・ディキンスン家のネズミ | |
クレア・A・ニヴォラ,長田 弘 | |
みすず書房 |
上のエッセイ集でもなお手に余るけれど、ディキンスンの詩を味わってみたい人
には、こんな絵本や児童書も手掛かりになると思います。「エミリー」はお向か
いの家に住んでいた少女の目から描いたエミリ・ディキンソンの姿、「エミリ・
ディキンスン家のネズミ」はディキンスン家に住み着いているネズミの視点で
描かれたエミリ・ディキンスン家、どちらももちろんフィクションですが、彼女の
詩がふんだんに入っていて、何よりもバーバラ・クーニー、とクレア・ニヴォラ
の絵がたまらなくチャーミングで、読み終わると、エミリ・ディキンスンの親友に
なったような気持ちになります。
まぶしい庭へ | |
ターシャ・テューダー | |
KADOKAWA/メディアファクトリー |
ターシャ・テューダーがイラストを描いた、こんな美しいディキンスンの詩集も出ています。