なんか、ものすご~~~~~く今更ですが、映画『ゲド戦記』の感想を。
というか、これって、見たの8月初旬だったのに~(><)
ちょっと言い訳というかA^^;;
感想を書いたつもりで居てて、ブログの過去ログを見たら、書いていなかった・・・というボケボケな真実に気が付きまして・笑
という訳で、以下、感想です。
ちょっと、厳しめな感想になっていますが、あくまでも、私個人の感じたことです。もし、ファンの方がいらっしゃいましたら、スルーしてくださいマセマセ。
ル・グゥイン原作の長編ファンタジー『ゲド戦記』のスタジオジブリ・アニメーション。
人の世が、文化が爛熟しはじめて来た世界。
魔法使いは魔法が使えなくなり、自然災害は増え、家畜は死んでいき、農作物は実をなさず、流行病が広がっていく・・・。
何かが狂い始めた世界の中、物語は、主人公・アレンが父王を殺すところから始まります。
死ぬのも怖いし、生きていくのも怖い。自分の影に怯えるように、アレンは、国を逃亡。
そんな中、ゲドという賢者と出会い、また、不思議な運命を持つ少女テルーとも出会います。
狂った世の中で、ちゃんと「生」と向き合い、真摯に生きる彼らの姿を見る内に、やがてアレンも、心の落ち着きを取り戻し始めます。
最初は仲良くしてくれなかったテルーとも心が通い合い、汗を流して働き・・・穏やかな生活を送り始めたのも束の間。
ゲドに私怨を持つ、魔法使いクモの魔の手が、アレンに、テルーに、ゲドにと伸びていきます。
「魔」の手に落ちそうになり、極限状態のアレンに訪れた衝撃的に真実とは・・・。
この映画は、全6巻という長~い原作の第3巻を中心に描かれているとのことです。
私は、原作小説は未読のまま、映画を見ましたが、とりあえず、長い小説の中のワンシーンの抜粋という感じで、人間関係など微妙にわかりにくいところが多かったように思います。
また、冒頭でアレンが父王を殺すシーン。
これは、原作にはない、オリジナルストーリーとのことです。
あくまでも、映画ですから。原作にとても忠実である必要は無いのかも知れません。けれども、敢えて、原作と変えてしまうのなら、その変えることの意義や意味が無くては、変えるメリットがないと思うんですよね。その点、この作品の中では、原作と変えてまで、アレンに父親を殺させた意図がハッキリしないんですよね・・・。意味がないのなら、わざわざ、原作をむやみに変えなかった方が良いのでは・・・と思えてなりませんでした。
とりあえず、ストーリー全体にまとまりが無く、消化不良感は否めない作品だったような気がしました。
そして、さらに気になったのは・・・。
この映画は『ゲド戦記』と銘打って、原作も、ル・グウィン著となって居るんですよね。
そ・れ・な・の・に。
原案は、宮崎駿の『シュナの旅』という絵本なんですよ。
ここの所の、意図するところもちょっと不信感を抱かせてしまいましたね。せっかく、世界有数のファンタジー作品を原作とするのに、なぜ、そこに、別の人の書いた「原案」を持ってくるのか・・・。それでは、まるで、タイトルと登場人物だけを『ゲド戦記』から頂いてきたのでは・・・と捉えられかねないですよね。なんだか、原作者さんに失礼なのでは・・・。
そして、それは、映画を鑑賞すると尚、いっそう、強く感じられます・・・。
と、少し、批判的な感想になってしまいましたが、原作とかを気にせずに、単に一つの独立した作品として見るのでしたら、おもしろかったと思います。
見せ場は色々とあったのではないでしょうか。
また、ジブリらしい、美麗な映像に、壮大な音楽。
また、今回の映像の着色方法は、西洋古典絵画チックなもの。
これは、今までとは違う新鮮さというか、物珍しさというか、興味深かったです。そのアイデアは、評価したいと思います。
とりあえず、原作自体や、ファンタジー性などを気にせず、単に独立した作品として鑑賞することをお奨めしたいと思います。
最後に。
ゲド役の菅原文太さんのお声は、もの凄く良かったです。
低く落ち着いて、かみしめるような、包み込むような、暖かい響きを持ち。賢者・ゲドにふさわしかったと思います。
が、ほかの登場人物は、ちゃんと声優さんを起用して欲しかったです~。
というか、これって、見たの8月初旬だったのに~(><)
ちょっと言い訳というかA^^;;
感想を書いたつもりで居てて、ブログの過去ログを見たら、書いていなかった・・・というボケボケな真実に気が付きまして・笑
という訳で、以下、感想です。
ちょっと、厳しめな感想になっていますが、あくまでも、私個人の感じたことです。もし、ファンの方がいらっしゃいましたら、スルーしてくださいマセマセ。
ル・グゥイン原作の長編ファンタジー『ゲド戦記』のスタジオジブリ・アニメーション。
人の世が、文化が爛熟しはじめて来た世界。
魔法使いは魔法が使えなくなり、自然災害は増え、家畜は死んでいき、農作物は実をなさず、流行病が広がっていく・・・。
何かが狂い始めた世界の中、物語は、主人公・アレンが父王を殺すところから始まります。
死ぬのも怖いし、生きていくのも怖い。自分の影に怯えるように、アレンは、国を逃亡。
そんな中、ゲドという賢者と出会い、また、不思議な運命を持つ少女テルーとも出会います。
狂った世の中で、ちゃんと「生」と向き合い、真摯に生きる彼らの姿を見る内に、やがてアレンも、心の落ち着きを取り戻し始めます。
最初は仲良くしてくれなかったテルーとも心が通い合い、汗を流して働き・・・穏やかな生活を送り始めたのも束の間。
ゲドに私怨を持つ、魔法使いクモの魔の手が、アレンに、テルーに、ゲドにと伸びていきます。
「魔」の手に落ちそうになり、極限状態のアレンに訪れた衝撃的に真実とは・・・。
この映画は、全6巻という長~い原作の第3巻を中心に描かれているとのことです。
私は、原作小説は未読のまま、映画を見ましたが、とりあえず、長い小説の中のワンシーンの抜粋という感じで、人間関係など微妙にわかりにくいところが多かったように思います。
また、冒頭でアレンが父王を殺すシーン。
これは、原作にはない、オリジナルストーリーとのことです。
あくまでも、映画ですから。原作にとても忠実である必要は無いのかも知れません。けれども、敢えて、原作と変えてしまうのなら、その変えることの意義や意味が無くては、変えるメリットがないと思うんですよね。その点、この作品の中では、原作と変えてまで、アレンに父親を殺させた意図がハッキリしないんですよね・・・。意味がないのなら、わざわざ、原作をむやみに変えなかった方が良いのでは・・・と思えてなりませんでした。
とりあえず、ストーリー全体にまとまりが無く、消化不良感は否めない作品だったような気がしました。
そして、さらに気になったのは・・・。
この映画は『ゲド戦記』と銘打って、原作も、ル・グウィン著となって居るんですよね。
そ・れ・な・の・に。
原案は、宮崎駿の『シュナの旅』という絵本なんですよ。
ここの所の、意図するところもちょっと不信感を抱かせてしまいましたね。せっかく、世界有数のファンタジー作品を原作とするのに、なぜ、そこに、別の人の書いた「原案」を持ってくるのか・・・。それでは、まるで、タイトルと登場人物だけを『ゲド戦記』から頂いてきたのでは・・・と捉えられかねないですよね。なんだか、原作者さんに失礼なのでは・・・。
そして、それは、映画を鑑賞すると尚、いっそう、強く感じられます・・・。
と、少し、批判的な感想になってしまいましたが、原作とかを気にせずに、単に一つの独立した作品として見るのでしたら、おもしろかったと思います。
見せ場は色々とあったのではないでしょうか。
また、ジブリらしい、美麗な映像に、壮大な音楽。
また、今回の映像の着色方法は、西洋古典絵画チックなもの。
これは、今までとは違う新鮮さというか、物珍しさというか、興味深かったです。そのアイデアは、評価したいと思います。
とりあえず、原作自体や、ファンタジー性などを気にせず、単に独立した作品として鑑賞することをお奨めしたいと思います。
最後に。
ゲド役の菅原文太さんのお声は、もの凄く良かったです。
低く落ち着いて、かみしめるような、包み込むような、暖かい響きを持ち。賢者・ゲドにふさわしかったと思います。
が、ほかの登場人物は、ちゃんと声優さんを起用して欲しかったです~。