ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

原点とは?

2025-02-15 00:08:30 | 対話型鑑賞

作品:「パルコ:あゝ原点。」(1977年)

 「石岡瑛子Iデザイン」展 「みるみると石岡瑛子を見てみる?」の対話型鑑賞会

  https://www.grandtoit.jp/museum/ishioka_eiko_idesign_iwami

日  時:2025年1月12日(日)14:00~14:30

場  所:島根県立石見美術館  講義室 

参加者:19名(みるみるメンバー8名)

ファシリテーター:房野伸枝

アートディレクション:石岡瑛子、PARCOポスター「あゝ、原点。」1977年

 

《作品の選定について》

 この展覧会のキービジュアルの一つでもあったこの作品は、パルコという1970年代のファッションを牽引するファッションビルの広告です。私はまず、その横長の大画面と鮮やかな色彩に目が留まり、日本の広告なのに、なぜ、この写真と、キャッチコピーなのか?という疑問が浮かびました。それを明らかにしたいという好奇心と、この作品にまつわるエピソードに惹かれ、対話を通してみんなでこの作品を解釈していきたいと思ったのでした。

~この作品にまつわるエピソード~

 70年代に入り、石岡瑛子はインドやアフリカなどへの関心とともに、民族衣装に焦点を当て、日本のファッションを原点から捉えなおそうとしていたそうです。この作品はそうしたコンセプトでインドにある村の女性を撮影したものです。しかし当初、その撮影は村の男性の合意なしには許可されず、数週間も待った後、砂漠の向こうから色鮮やかな衣服に身を包んだ赤ちゃんから年配者まで、様々な世代の女性が一斉にやってきたところを写真にとらえたものです。男性優位の村社会の中にあっても、女性たちはあんなにも美しく、鮮やかに着飾り、堂々とこちらに歩いてくる光景に撮影クルーは思わずため息を漏らしたとのこと。このエピソードは「あゝ原点。」というキャッチコピーのゆえんでもあります。

 私には写っている人物は全員女性に見えていたので、様々な国でそれぞれの装いがあり、女性が衣服をまとう喜びがどの地域でもあるということが「原点」というコピーに込められていると感じました。そこが、男性優位の社会であろうとも、女性なりの主張が込められていると考えましたし、次の鑑賞作品「角川書店:女性よ、テレビを消しなさい 女性よ、週刊誌を閉じなさい」ともリンクすると考えました。上のエピソードについては、鑑賞のどのタイミングで開示するかを図りながら進めるつもり。以下時系列に従って鑑賞を要約しながら、ファシリテートの意図や反省点をまとめてみたいと思います。

《鑑賞の流れの要約》

 ・は鑑賞者の発言   Fはファシリテーターの発言

 (  )はファシリテーターの意図や振り返りでの反省点

①人物について

・人がたくさんいる。

F:それはどんな人で、どんな様子?どこからそう思いましたか?

(パラフレーズで詳細なディスクリプションを促したが、さらに細やかなディスクリプションが必要だった。)

・女性が多いが男性や赤ちゃんもいる。(根拠をもって男性もいるという発言から、男性がいると感じている人を否定する要素は出したくなかったので、エピソードの情報提供は控えることにした。性別についての発言があった時点で、もっと性別について鑑賞者へ投げかけていれば、さらに詳細なディスクリプションができたのだが、そうしなかったのが残念。ここでは情報は伝えずに見えていることから鑑賞を深め、パルコの広告であることと、「原点」というコピーを掘り下げることにした。)

・黄色や赤、緑や、模様など鮮やかな衣装。どうやって染めたのかな?お祭りかな?特別な日のように見える。

F:カラフルで日常というよりは非日常で、着飾っているということでしょうか。

・赤色が鮮烈。塩田千春の作品に通じる。塩田の作品からも、情熱や生命感、プリミティヴなものを感じるが、それと同じものを感じた。コマーシャリズムのためなのだろうが、どこで使われたのだろう?ポスター?当時の流行もあったか、人類の原点、アフリカを意識しているのでは。

F:情熱や原始的なものを感じるということを話してくださいました。(この作品に直接関わらないアーティストとの類似点に関しての発言。他の鑑賞者が混乱することを避けるために無関係な要素は排除してパラフレーズした。)

②文字について

・「原点」って何の原点だろう?

・「PARCO」とあるので、パルコというファッションビルのポスターであろう。 

・商業目的のポスター。 パルコは当時のファッションの先端的存在で、ビルを飾る広告。人目を引くための形、構成、文字。

・キャッチフレーズ「あゝ原点。」の「。」にこだわりを感じそれが気になる。

③再度人物について

・妊婦もいるし、赤ちゃんから年寄りまでいろんな世代の人がいる。女性を対象にしていると感じる。(①でしっかりディスクリプションをしていれば、ここでの繰り返しを避けることができたし、女性をモチーフにしている意味を深められたかもしれない。前述のエピソードを情報として伝えるチャンスになったかも?)

F:これまで人物、服装、文字、など見てきましたが、その他何か考えられることはないでしょうか?(小まとめして、そこからどう考えるか、他の視点への転換を促そうとした)ここはなんでしょうか?

④撮影場所や人物の様子について

・背景が気になる。背景は空なのか?青い(人工的な)背景なのか?地面が土のようなので、外だと思うがどこなのか?

・ほとんどの人が目線をこちらに向けているので、日常を切り取ったというよりは、このトリミングで、写真に写りに来ている。そういうモデルとしての意思を感じる。(「意思」について、どこから?というパラフレーズがあるとよかった。)

F:ほとんどの人の顔がこちらを見ているということから、こういう並びでこちらに向かっている。作品のモデルとして写りに来ているのではないか。それは日常ではなく、モデルとして写真に写ろうとしているということでしょうか。

・こちらに向かってきているということの根拠が明らかにされていないまま、そうであるかのように話が進むのは問題があるのでは。集合写真にも見えるが、向かってきているのか、静止しているかで、この状況のとらえ方が変わると思う。

F:今のご指摘から、向かってきているというのはどこから?(根拠を明確にしていないという指摘から聞き直した)

・視点の高さはみぞおち当たりなので、地平線がそのあたりに見えるはずだが、実際の地平線はかなり低い位置。向こうから向かってきているのなら、地平線がもっと上にないと遠近法としておかしい。ということは向こうが崖なのではないか。向かっているようには見えない。(この発言について、遠近法という専門的な内容もあったので、他の鑑賞者と共有できているのか、確認が必要だった。)

・足が浮いているし、脚の曲がり具合から、こちらへ歩いているように見える。

(場所について考えてもらう場面で、人物の様子についての話になった。もう少しリンキングすれば深められるチャンスだったかもしれない。)

⑤これまでの話から解釈へ

F:「あゝ原点。」や「PARCO」という文字とこれまでの話を踏まえて考えられることはありますか?

・このポスターはポスターの中の顔がこちらに向いていれば1970年代の時代背景を考えると、バブルの前の労働者へ、ファッションを楽しむということはこういうことなのだとキャッチな色、広告の変形サイズなどで目を引くものにしている。

F:ファッションの広告の被写体として、なぜ、こういう表現なのか、何の原点なのでしょうか。

・ファッションを楽しむ原点という意味では。70年代の日本はまだこういうカラフルな色彩ではなかったかも。

・黄色や赤などの鮮やかな衣装から、アフリカを想起させ、カラフルな一張羅の服を着ることを楽しむ人たちだと感じる。そういうファッションの原点が、高度経済成長時代後の日本人への訴えとして表現されている。

F:日本でもなく、西洋でもない国の写真を使って、着飾ってファッションを楽しもうということを主張しているということでしょうか。

・ここがアフリカだとしたら、人類がアフリカから始まっていることからも「原点」につながるのでは。

・人の骨格や顔からアジアっぽい、インドっぽい人に見える。とすれば、原点の意味合いも変わって、布が交易でアジアから広がったという、布の原点ともいえる。ファッションビルであるパルコの広告として、装いの原点とも考えることができるのでは。

F:作品を見ながら「あゝ原点。」の意味について、皆さんでいろいろ話をしてもらいました。ここがアフリカであれば人類発祥としての原点と考えることができ、インドであれば布の原点ともいえる。それらに共通するものとして、衣服を身にまとうファッションの原点として、この写真とキャッチコピーがパルコの広告として表現されたのではないか、という意見でした。この作品を通して、ファッション、装うということについて、皆さんで考えることができました。

 

《鑑賞者の感想》

〇赤、青、黄の色がまず飛び込んできた。 ~色の原点~

〇お祭りのように様々な楽しいことをファッションに反映して以降 ~ファッションの原点~

〇歩いているから ~未来に向かってGO~

〇「じっくり見る」ができて満足

〇「あゝ原点」というキャッチコピーや被写体の衣装、構図などから、はじめ見たときにとても強い印象を感じました。特に女性が中心に映り、何もない場所に色とりどりの艶やかなサテンなど、不自然さもありました。

〇他の方の意見を聞きながら、世代の違い、見方の違いを感じ、より自分の見方を深められたように感じます。(同様の意見2名)

〇作品を見てじっくり考えることがなかったので、勉強になった。面白かった。

〇場所や時代、民族から考えられることを結び付けていくのが面白かったです。今日は文字もあったので、そこを結び付けることさらに考えが深まりました。

〇商業広告としての作品をじっくり見ることができて、また、色彩についてとても印象的で面白かった。

〇画像の中身とコピー(テキスト)の間で発言が行ったり来たりすることをファシリがどう統合していくのかが肝かなと思いました。難しいですが…

 

《まとめ》

 今回の展覧会の作品のほとんどは商業広告という、クライアントの意向と、デザイナー自身のコンセプトをギリギリにせめぎ合わせながらも、社会に疑問や主張を投げかけたような作品だと感じます。鑑賞した作品も、単なる宣伝のための広告ではなく、既存の価値観を揺さぶり、新しい価値観を見せつけ、広めようとする制作者の強い意志を感じます。今よりももっと男性優位な社会の第一線で活躍した石岡瑛子が、世の女性へ問いかけ、煽動しているような・・・。そうした熱を鑑賞者の皆さんと対話を通して共有したいと思いました。

 対話や鑑賞者の感想にもあるように、何の原点であるのか、なぜこの被写体なのか、という問いをそれぞれが考え続け、様々な解釈が生まれ、共有することができたように思います。この機会を提供してくださった石見美術館、鑑賞会に参加してくださったみなさん、みるみるの仲間に深く感謝します。ありがとうございました。

 振り返りで指摘されたことは今後にも生かし、限られた時間内に深い解釈まで進めることができるように頑張りたいと思います。

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出版社のポスターを鑑賞しました

2025-02-09 16:56:55 | 対話型鑑賞

みるみるの会 1月例会

島根県立石見美術館 石岡瑛子Iデザイン

https://www.grandtoit.jp/museum/ishioka_eiko_idesign_iwami

日時:2025年1月12日(日)14:00~

鑑賞作品:石岡瑛子「女性よ、テレビを消しなさい 女性よ、週刊誌を閉じなさい」角川書店ポスター(1975)

参加者:19名(みるみるメンバー8名)

ファシリテーター:吉田理沙

 

1.作品選定について

 個人的に読書・本がとても好きなので、出版社の広告、特にキャッチコピーにひかれて選定した。石岡さんの作品は、当時の女性の生き方に示唆を与えるものが多く、メッセージ性も強い。このポスターの女性のまなざしも印象的で、この女性のまなざしや女性の生き方についても鑑賞者と共に考えたいと思った。

 

2.鑑賞の流れ

【前半】被写体とキャッチコピーについて

F:「まずはじめに、みえたものとか、考えたこと、感じたこと、印象でもいいのでお話しください」

〇上と下2枚あるが同じ女の人 上が遠くをみている、下はバチっと目が合う

 流行に惑わされるな!というメッセージ 女性の輪郭がはっきり 週刊誌の広告かな

〇テレビを閉じて、週刊誌も閉じて、本を読め というメッセージでは

〇上と下でつながりがある、カラー写真であるのに色が少ない、暗い

 「…なさい」と口調が強い 本を読みなさいというメッセージだと思う

〇冬っぽい グレーで寒空 水辺に見える 季節は冬に見える

 襟付きのコートで 寒いきりっとした印象

 髪も風に吹かれてなびいている

◇2枚の写真、被写体の女性、キャッチコピー、印象など一気にいろいろな気づきが出てくる。

F:「2枚あるが、上と下を比べて、上の方から気づくことはありますか」

〇女性が同じポーズなのでカメラがぐるっと女性の周りを回って撮ったのでは

 何十枚か撮ったうちの1枚かな

〇私は女性が動いたと思う 背景が変わっていないように見える

 あと、女性の襟の形が変わらないから首だけ動かしたのでは

F:「2枚あることの意味はどう考えますか」

〇上は最初の呼びかけで 下はもう一度呼びかけられて、こちらを振り向いた

 「女性よ」という呼びかけが気になる 今の時代なら問題になりそう 時代的に

【後半】時代背景や女性に対するメッセージ性について

F:「時代はどれくらいだと考えておられますか」

〇80年代初頭?テレビでもない週刊誌でもない、別の媒体にあったのでは。角川文庫が映画を作っていた時代 

 とか…経営が思うようにいかず、文庫本になっている映画を見せたかったのかもしれない

〇テレビは映像が流れていて、ただつけているだけで見られる受け身なもの。週刊誌は自分で開くから能動

 的。だが、内容はゴシップだったり・・・書籍を読むことよりも内容が大衆的で堕落的。女性も目覚めなさ

 い、社会的にきちんと学んで世の中変えていこう、的なメッセージがあるのでは

〇書籍を読んだほうがいいというメッセージかなと。でも、この女性は書籍を閉じている。 上(の写真)は

 遠くを見ていて、下は人を見ている。活字を読むのも大事だけど、1人になって自分を見つめるのも大事。

 1人で行き詰まったら活字を。活字から得られるものもある、本もそばにあるよ、というメッセージにも感

 じられる

〇本を読みなさいよ、だと思うが、1枚のフィルムで撮られた、CMのよう。本を読むことで真実を見つめな

 さい、みたいな?本が純白であるのも意味があるのでは。角川文庫は女性だけをターゲットにしているわけ

 ではないから、男性ver.もあると思う

F:「70年代、80年代をイメージされたときに、この時代の女性って?」

〇この時代はテレビ、新聞、ラジオなどの媒体が主流。石岡さんを使うことで、企業イメージをあげるため? 

 角川文庫の今後を担う存在であったのか

F:「女性への働きかけはなぜ?」

〇女性が文庫本を読むという行為は遠かった。今よりも専業主婦が多かったのではないか。 昼間のなんとな

 くの時間に、テレビや週刊誌を見るのではなく、本を手に取ってほしかったのでは。本が白であることも、

 それぞれに必要なものを手に取ってほしいというメッセージかもしれない

〇この時代の後に女性が社会で活躍する時代がくる。専業主婦が多かった時代に、女性に変わろう!というメ

 ッセージ。男性でなく、女性の作り手であることも大きな意味があるのでは

◇はじめはキャッチコピーから、テレビや週刊誌など媒体に関するメッセージについて話したが、当時の社会背景や女性のあり方(生き方)にも話が及び、鑑賞が深まった。男性・女性それぞれの視点からお話をいただけたのも興味深かった。

 

3.ふりかえり

・はじめの方で、テーマに沿うような意見(キャッチコピーや色彩、女性の印象など)がたくさん出てきたので、どこを焦点に話していくかを決めきれず、自身がはじめに考えていた進め方(上の写真から下の写真へ順を追って話していくこと)を優先してしまった。午前中に受けた研修で、鑑賞者から出た意見“点”をつなげて“線に、そしてそれをさらに広げて“面”に、“立体”にしていくというお話があったので、意見をつなげていくことを意識したかったが、少し焦ってしまったように思う。どこにフォーカシング(焦点化)していくか、順序だてて話していくことの大切さを学んだ。

・前回(10月)の反省点だったパラフレーズ(鑑賞者の意見を言い換えること)、サマライズ(鑑賞者の意見を小まとめすること)を意識したが、ファシリテーターの解釈が加わり過ぎると、鑑賞者の発言の意図とは異なる価値観や解釈を生じてしまう危険があると分かった。鑑賞者の発言に沿った的確なパラフレーズやサマライズを心がけたい。

・座席配置も大事。ファシリテーターが鑑賞者を全員視界に入れられるよう配置すること、鑑賞者がどこに座っても声が届くような立ち位置を考える必要がある。

・自身も一緒に鑑賞しながら作品をみることを楽しむことができた。作品の時代背景は私が生まれる以前のことなので実体験が伴わないところも多く、自分より年長の鑑賞者に学ばせてもらいながら、ファシリテーターと鑑賞者がフラットな関係で作品をみることができたと感じる。 

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懐かしくも存在感大・・「くど」のある作品を鑑賞しました

2025-01-07 20:22:34 | 対話型鑑賞

2024.12.15 浜田市世界こども美術館  「コレクション展」

1.鑑賞作品

「ひととき」 中木征一郎 (制作:2007年) 油彩100号 キャンバス

 描かれている女性とその脇のくどというモチーフより、対話型鑑賞を初めて体験する人でも発言しやすい作品であろうと考えたため、物語性の強い作品を選んだ。郷愁を感じる作品というだけでなく、作者の作画の思いや描かれている女性との関係について発言が及ぶことを期待して鑑賞を始めた。

2.鑑賞者 

60代男性1名・ 50代女性1名・ 途中参加男女2名・会員1名 計5名

ファシリテーター(F)正田裕子

3.対話型鑑賞の流れ

F:見える物、何でも良いので言っていただいてもよろしいですか。(対話型鑑賞に初めて参加される方あり。)

・缶コーヒーの発見

 鑑賞者1:右下に長年デザインの変わらない缶コーヒーがある。

・高齢女性の描写

 鑑賞者3:おばあちゃんに近いぐらいの年齢の女性が座っている。缶コーヒーの傍に座っているからちょっと1人になって一息入れているのではないか。

・くど(竈)の存在           

 鑑賞者2:幼少期の頃を思い出す。家の中にくどがあってこんな感じにおじいちゃんがくどの隅に腰かけていた。ご飯を炊いていた。(その後、くどの使用方法を自らの体験も交えて説明をする。)

F:おじいさんの手伝いをされた事を思い出されたのですね。作品は年代としてはどれぐらいですか。

・時代背景

 鑑賞者3:昭和40年代ぐらいまでは残っていた。缶コーヒーがあるので、はっきりわからない。

 鑑賞者2:昭和50年代には、我が家にもなかった。

 鑑賞者3:羽釜や神棚があって,くどは傷んではいるが日常的に使っている感じがする。だから、昭和30年代から戦後とか……ぐらいの感じがある。

 鑑賞者1:私は、昭和30年代か40年代ぐらいかなと思った。

 鑑賞者2:電球が裸電球である。くどの近くには、火事が起きないように神棚があった。

F:裸電球が使われていた時代なのですね。神棚と思われたのはどこからですか。

・家屋と当時の家庭の様子

 鑑賞者2:榊が立ててある。そしてろうそくみたいなものがあるから。

F:あと何か見える物とかありますか。

 鑑賞者2:土壁がある。

 鑑賞者1:バックは土壁ではないか。そして、ここは土足で入る土間ではないか。

 鑑賞者1・2:日本家屋の構造と土間の様子について語る。

F:土間で食事の準備か何か……ご飯を炊くなどしていらっしゃる方なのでしょうかね。

 鑑賞者1:女性の服装の様子から女性の生業が農業を主体としている家庭の人ではないか。

・窓の向こう側の景色の発見

 鑑賞者1:この家、先程の薪や木の枝の話からも、多分近くに畑や田圃が広がっているか、もしくは山の途中にあるバックグラウンドではないか。窓の向こう側には、緑色も見えるし。

F:すごいですね。私は気付かなかったのですが、窓の向こう側に緑が鮮やかに見えていますね。

・女性について 

 鑑賞者1: 女性の表情とくどに火が熾きていない状況から、時間的に晩ご飯の支度前の午後ではないか。のんびりさせてもらえる時間だと思う。

 鑑賞者2:缶コーヒーもそうだったんですね。

F:さっき、表情のお話が出たのですが、この方はどんな風に感じたり思ったりしているでしょうか。また、どんな生活をしていらっしゃると考えますか。

 鑑賞者3:表情だけでなく首を傾けている様子から、夕飯を作る前の一息休んでいる状況ではないか。 目をつむっていることからも、オンタイムの前で居眠りしていてもおかしくない。

 鑑賞者1:キャプションの「ひととき」にもあるように、オンとオフならオフの一時かな。

F:キャプションも確認して頂きました。この方にとって、ゆったりしている時間ということですね。

・季節の推測

 鑑賞者1:季節なんですが、今は夏ではないかと思います。団扇もあるし。(F:根拠を確認する)そうです。服装にしても、袖をまくっている様子と肌がちょっと黒くて働き者のお母さんかな。

F:服装などから季節やこの方の人柄、今の状況について話していただきました。では、この方と作者の関係についてはどうでしょうか。

 鑑賞者1:キャプションにより作者の年齢が10代の頃ではないか。するとおばあちゃんを描いたことになる。昭和50年頃の時代を描いたとすると、当時中学生の頃を描いたのではないか。ぱっと見た様子からもモデルとして描いた状況ではないと思う。とすると、祖母か母親を描いた作品で、こ ういった風景の頭の中の印象で……穏やかなとか優しい感じがする。色合いからも。

F:キーワードとなる雰囲気が出ていると思われたのですね。(新たに2名の鑑賞者が加わる)

F:(それまでの対話の概略を伝える。)作品で何かこれって気になる点はありませんか。

・くどの火の焚き方と日常生活の描写

 鑑賞者4:かまどでご飯を炊いているところだと思う。モンペのズボンもはいとるし、それなりに高齢の人だと思う。今時はこのような様子もないからね。

 鑑賞者5:こういう物が昔はありました。モンペも…モンペをはいて働いている人は大変やもんね。

 鑑賞者1・4:手ぬぐいとマッチを見なくなった。マッチは、ちょっとした時にも使っていた。神棚も。

F:(くどを指し)ここに使うだけでなく、神棚など生活の中で必要だったということですね。

 鑑賞者2:奥には白い陶器の調味入れがある。今はプラスチックですよね。そう思って見るとプラスチックの物が何もないなあと思って見ていました。

 鑑賞者全員:おおっ。(相づち多数あり。)

 鑑賞者2:しゃもじも木だし。(その後に、くどのお湯でお酒を燗にする生活などの話題に繋がる。)

 鑑賞者4:くどの火焚きの仕事は子どもの自分の仕事であったこと。くどだけでなく、五右衛門風呂の火焚きについても発言あり。(鑑賞者2:同意する発言)

 鑑賞者5:(描かれている煙突に着目して、くどで調理した実体験が述べられる。)こういうのを使っていましたよ。この人は私のような人だなと思いました。(微笑ましい笑いがもれる。)

 鑑賞者2:優しい感じですよね。(鑑賞者5「ふふふ」と笑みがこぼれる。)

F:(くどを指し)この辺りの熱や温かさが感じられたようです。そして、何か温かいぬくもりや雰囲気も感じてくださったようです。最後に、作品を見られてどんなお気持ちになられましたか。

・人物の特徴と当時の生活そして描いた作者との関係へ  

 鑑賞者4:懐かしい感じ。自分のおばあさんとかモンペスタイルだったから。

 鑑賞者3:手が日焼けしていて、たくましくて働き者であったという話もあったのですが、団扇の花柄もそうだけれど、モンペの上の前掛けも淡いピンク色で藍色の入った手ぬぐいを被っていておしゃれな感じだと思う。働く時の野良着の格好だけれど結構キレイにおばあちゃんを描いてあって、そこから思うと、作者のこの人に対する愛情というかね、うちのおばあちゃんおしゃれなんよという配慮というか、そういう気持ちもあったかなと思う。そして缶コーヒーも含めて、当時あったかどうかはっきりしないが、当時の時代背景の中でもおしゃれな女性に描かれていたのではないかな。

 鑑賞者1:キャプションの制作年代と描かれている時代背景から、作者が中学生くらいの時期に印象深く残っている光景を後になって描いた心象風景ではないかな。

・締めくくりと感謝

F:「懐かしい感じのする作品」だったり「作者の作画の思いや描かれている女性との関係」だったり、とそれぞれに見ていただいたように思います。貴重な時間の中、沢山発言いただき、ありがとうございました。

4.対話を深める可能性があった発言

・「心象風景ではないか。」という発言について、「そこから何を思いながらこの作品を描いたと思われますか?」とこのタイミングで訊くことによって、作者と描かれている女性との関係について話題が繋がった可能性がある。それぞれの鑑賞者の多様な意見を求めるチャンスとなり得た。

・キャプションの情報から生まれた発言を作品の描かれているもの・ことがら・色や形に求めていく必要があった。鑑賞者の活発な意見に流された感が否めない。鑑賞者同士で意見を繋いでいく様子もあったが、さらに作品の見方を広げ深めていくためにも、「どこからそう思ったのか」という基本的な問いかけを大切にしたい。

5.ふり返り

・「プラスチックが一つもない」という発言より、鑑賞者の共通認識として描かれている時代は限定できていた。

・鑑賞者1人1人が、自分の体験を語りながらも、「家事の前の一休みできる憩いの時間を描いた作品」「優しいおばあちゃんを描いた作品」「作者との親しい人との日常を描いた作品」などの解釈が生まれた。途中参加の鑑賞者もいたが、互いの発言を大切にする雰囲気があり、温もりのある鑑賞会となった。

・経済成長期に幼少期を過ごした人々にとっては「郷愁」を誘う作品で、鑑賞者の体験を踏まえた対話になるであろうと予想はしたが、それだけでなく、描かれている女性と作者との関係性まで考えられることを目標とした。何とか描かれている女性と作者との関係について話すことはできたが、それまでに、実体験を元にした発言と見えたことからの推測とを往復することが多かった。解釈をさらに深める対話にしていくためには、サマライズのタイミングを逃さないことやパラフレイズの質を上げていくことが今後の課題である。

・作品に描かれていることを根拠として確認し、鑑賞者の発言に対して「そこからどう思うか」具体的な問いとして対話を広げられるとよかった。

【今後にむけて】

 会員からもあったが、大きく描かれているくど自体の様子を人物との関係性として見ることができれば、「このくどを使うことで家族の生活や人生を支えてきた女性」、「隣に描かれたくどと共に、誇りを持ちながら自分の人生を生きた女性」、「くどは描かれている女性を象徴している」など多様な解釈に繋げることができた。大きく描かれていることにはやはり意味があり、詳細なディスクリプションを求め、そこから考えられることをくり返し問いかけることで、さらに豊かな鑑賞者の解釈に繋げていきたい。

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研修会のご案内です

2025-01-06 23:01:17 | 対話型鑑賞

新年を迎えました。今年もみるみるブログをよろしくお願いします。

1月の連休に,以下の内容で冬季研修会を行います。

 ①②は実践してみたい方向けの研修会です。

 ③④は,みるみるの会の例会としての鑑賞会です。こちらは,いつも通り鑑賞者としての参加も大歓迎です。

 対話型鑑賞の基礎基本とファシリテーションについて興味のある方は,経験の有無に関わらずお気軽に下記のQRコードからお申し込みください。

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じゆうのめがみをかたちづくるのは・・

2024-12-31 21:31:42 | 対話型鑑賞

みるみるの会 10月例会①

浜田市世界こども美術館 光と影の不思議展 https://www.hamada-kodomo-art.com/

日時:2024年10月20日(日)11:00~11:45

鑑賞作品:佐藤江未「FREE?」

参加者:10名(来館者8名、みるみるメンバー2名)

ファシリテーター:吉田理沙

 

1.作品選定について

 企画展「光と影の不思議展」は体験型の作品が多かったため、じっくりみて鑑賞できる作品を選んだ。中でも佐藤江未さんの作品は、光を当てたときに実物からは想像もできないようなシルエットが浮かび上がり、また、実物と照らし出される影(シルエット)の持っているメッセージが強く感じられる作品だったので、みんなでじっくりみて作品のもつメッセージについても考えたいと思った。

2.鑑賞の流れ

【前半】作品について、素材について

F:「まずはじめに、何がみえるかとか、感じたこと、なんでもいいのでお話しください。」

〇自由の女神

〇怪獣とかロボット

〇望遠鏡

〇武者の姿

 作品はゆっくりと回転しているため、角度によって壁に映る形(見え方)が変わるので、それぞれどんなものに見えるか話した。

 「何かに見ないといけないんですか。」という意見も。

 見えたものをどんどん尋ねていったので、何かの形に見立てないといけないという風にうけとられてしまったようだった。

〇何にも見えないときもある

 影の形ばかりを見ていたが、手前にある物体をみてみてもいいのでは、との声から手前にある物体に注目する。

〇ケータイやスマホ

〇基盤

〇腕時計

〇タブレット(土台)

〇最新機種ではなく古いもの、ガラケーとか

〇ケータイについてるストラップ→誰かが使っていたもの?

【後半】作品のもつメッセージについて

 前半に出てきた、投影された形と、実際に手前においてある物を結び付けて、考えられることを話してもらった。

〇積み上げられている形がぐるぐる回っている。「バベルの塔」のよう。文明のツール、通信手段であるこの素材で作られているのにも意味があるのでは。

F:「スマホなどを積み上げてつくった意味とは?」「他のものではだめだったのでしょうか。」

〇スマホは情報を得られるものだが、それについつい時間をとられてしまう。自由に情報を得られるけど、それに費やした時間って気づいたらものすごい時間になっていることもある。

F:「ご自身の経験とむすびつけていかがですか。」

〇怪獣に見える。スマホって一見自由にコントロールできそうなものだけど、怪獣のように私たちを侵食するものととらえることもできるのでは。

〇(ここにあるものは)この30年くらい?アナログ時計、ガラケー、音楽プレーヤーなど。時代の流れを感じる。作品が回ってる(動いてる)ことにも意味があるのかな。

〇手前にみえるものは3次元で、影でみえるものは2次元。実際にあるものとないものの対比?シルエットは光があって成り立つもの。ケータイも電気がないと成り立たない。

〇物質文明に対する批判?私たちは電気に頼っているが、電気を生み出すことが温暖化、自然破壊につながっている。でもこの便利なもの、もう手放すことはできない。手放すことができないもので自由の女神をつくっている。私たちは便利なものを手に入れたけど、本当に私たちは自由なのか?アイロニー…皮肉めいている。私たちに「気づけよ!」と言っているよう。

 作者が何を伝えようとしているのか、さまざまな視点からお話いただき、聴いている方にもさまざまな発見があった様子。物体とそれがつくる影(シルエット)からさまざまな解釈ができる作品だった。

3.ふりかえり

・現代アートは作品のメッセージ性が強いものが多いので、作品のもつメッセージを読み取る力が求められる。

・意見を出してもらうだけでなく、ときどき整理して、どんなふうにみてきたのかをまとめることも必要。

・鑑賞者から出てきた意見をどうつないでいくか。

4.今後に向けて

 点(要素)→線(そこから考えられること)→面(作品のもつメッセージ)へとひろげていけるかがファシリテーターの腕のみせどころだと感じました。

 鑑賞者と一緒になって楽しむ、というよりは、作品の世界へ誘う(いざなう)力が求められるので、今後もっと経験を積んでいきたいです。

 

 

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