CubとSRと

ただの日記

年の瀬 或る一日

2024年12月30日 | 日々の暮らし
 12月20日(金)

 今日20日は昨日とうってかわって、サボることなく6時5分から6時45分まで散歩。

 まず、カブで鈴蘭台の生協まで行き、資源ごみを分別廃棄。
 その後、ガソリンスタンドに寄ってタイヤの空気圧調整。
 それから衝原湖に向かい、帰りには夕食用の買い物。
 ・・・・という予定で出たのが9時半。

 丁字路まで行ったら後ろからバイクが一台。何気なく見たら年金ライダーの一人。
 こちらのウィンカーは逆方向に点けていたので、「えっ?」というような顔をされる。
 「あとから行きます」と言い残して、こちらは右折、あちらは左折。

 ごみを捨て、ガソリンスタンドで給油、空気圧調整。
 筋向いのガソリンスタンドの表記が「1ℓ/180円」となっていたのを見て驚く。昨日まで172円だったように思うが。
 ・・・ということは、こちらは? 178円だった。また値上がりしたらしい。

 衝原湖へ向かう。しばらくいたが、酒の肴のことが気になるので一足先に帰る。
 
 大きいスーパーマーケットで鰹のたたきと鮭の切り身。
 近所のスーパーマーケットで刺身と鮭の切れ端。
 焼酎1,5合。酒5勺。サワー一杯。

 寝たのは3時。


 
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生きてる間は「かまって」ちゃん  (後)

2024年12月29日 | 日々の暮らし
 続き)

 昨晩やっと、たった十枚の年賀はがきに「謹賀新年」の判を押す。
 絵を描き、印刷して出すということをしなくなって、もう十年以上になる。
 さらにここ数年は、年賀状自体一枚も書いてない。
 
 このまま静かにフェイドアウト、と思っていたのだが、70を過ぎてから逆に考え方が変わって来た。
 逆じゃないか? 人はみんな他人に無関心だ。でも自分には無関心じゃない。
 能く言う。「命あってこそ。死んで花実が咲くものか」沖縄の「命どぅ宝(ぬちどぅたから)(いのちこそたから)」。
 自分のことが気になるからこそ他人のことが気になる。
 「嫌われたり無視されたりするうちはいい。無関心が一番怖い」というのはそういうことだろう。見てくれているか否か。

 「ああ、最近年賀状が来なくなったけど」、「最近うわさを聞かなくなったけど」に続いて、「そうか。もうこの世にいないのか」と言ってほしい。
 「すっかり忘れていた。で、それが何か?」なんて言われたら化けて出てくる気力も失せる。そんな世の中は嫌だ。
 「さみしい時は 僕の好きな 菜の花畑で泣いてくれ (by森田童子)」なんて贅沢な要求はしないけど。

 「発つ鳥 後を濁さず」。こちとら「鳥」じゃない。第一、鳥は雄飛する。
 人間は飛べない。地面の上を右往左往して一生を終える。
 その代わりに思考の翼で、鳥なんか比べ物にならないほど、世界のみならず時間までも縦横無尽に飛び回ることができる。

 フェイドアウトなんかしない。生きてる間中考え続け、喋り続け、書き続けてこそ人間。日記も然り、ブログも然り、年賀状もその一つ。
 年賀状が来なくなったらこの世に居なくなった、と納得してもらう。
 そういうロマンもあり、じゃないか。

 で、今日は宛名を書いた。
 真っ直ぐ書いたつもりが十枚が十枚、一文字ごとに微妙に右へずれていく。
 筆ペンのせいではない。頭は右寄りだが、字は完全に左傾化している。
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生きてる間は「かまって」ちゃん  (前)

2024年12月28日 | 日々の暮らし
 12月19日(木)

 朝5時前。
 昨晩はあまりの冷え込みに閉口しながら寝た。それが1時過ぎ。
 それでもまあ、散歩には出られるだろうとカーテンの外を見る。
 暗い中ながら、一面雪で白くなっているのが分かる。

 これじゃあ寒い筈だ。いや、それ以前に散歩はどうする?
 殊勝に一瞬ながら思う。が、次の瞬間結論が出る。
 「今日は散歩は休み」。
 サボり、ではない(かもしれない)。降雪後凍った雪は滑りやすい。
 足元が危ない。転倒したらコトだ。「脚下照顧」だ。(ちょっと違う?)

 再び目が覚めたのは10時過ぎ。陽射しは強い。
 が、部屋の中はカーテンを開けなければ暖かくはならない。
 で、カーテンを開けたが、思ったほど暖かくはならない。

 血圧を測ろうとするが、胸が痛い。勿論、恋煩いではない。
 血の巡りが悪い。狭心症の発作みたいで(狭心症じゃないけど)、今年一年間服薬の御蔭で110~120台だった血圧が今朝は140を超えていた。
 何回か測るうちに120少々になったのだが、その辺りで胸の痛みもおさまった。

 酒を飲んだのは一昨日だから、直接にはアルコールのせいではないだろうと思うのだが。じゃ、急な冷え込み、か?
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大変動?

2024年12月27日 | 心の持ち様
 
書評 BOOKREVIEW 
~~~~~~~~~~~~~~

 中国は鎖国状態、「巨大な北朝鮮となる」と大胆な予測
 米国ディープステーツには英国守旧派の暗躍があると指摘

  ♪
藤井厳喜『藤井厳喜 フォーキャスト2025』(ワック)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 政治学者の藤井さん、未来学者でもあり、アメリカ経験が長いうえワシントンに太い情報パイプを持つ。それゆえワシントンの裏情報が間断なく、速射砲のように飛び出す。
 その意味で本書はしられざる重要な情報源、それも日本のメディアのような米国左派論調のコピペではなく、本物の保守思想に裏打ちされたデータだから、これをもとに次の予測も出来る。

 評者(宮崎)が本書で驚いた情報は幾つもあるが、就中、保守系シンクタンクの現在の状況に関する最新情報だった。
 トランプ次期大統領は閣僚の多くを自ら主催するシンクタンク「米国第一研究所」から抜擢し、また選挙運動の中枢にあった忠臣たちと、献金グループから能力とは別に忠誠度と献金額から論功行賞のごとくに選抜した。伝統的な人種別配分、派閥均衡という「組閣」を無視したかたちとなり、歴代政権の特質とされた派閥均衡的な性格を持たない。
 「トランプの政党」となった共和党において、いまや「反主流派」となったのが「旧エスタブリッシュメント」だ。
 かれらをRINOと喚ぶ。共和党の曾ての主流派である。
 それにしても、定番とされたシンクタンクからの抜擢で、トランプが何故、「ハドソン研究所」と「ヘリティジ財団」から、レーガン、ブッシュ親子がそうしたように多くの逸材を起用しないのか、不思議と考えていた。
 藤井氏がこの謎を解いた。ふたつともネオコン、隠れ民主党が支配する似非保守シンクタンクに変貌していたというのだ。

 思い返せば1980年代のレーガン時代、ヘリティジ財団とハドソン研究所が保守政治を牽引していた。ワシントンへ行く度に評者もヘリティジ財団に立ち寄って、多くの出版物を購入してきた。
 ハドソンとは、ハーマン・カーンの高弟らと随分親しく付き合っていたので、東京でもワシントンでも飲み歩いた。
 ハーマン・カーン博士の死後、研究対象がかわり、一時は日高義樹氏らも加勢していた。第一次トランプ政権では、このシンクタンク所長を駐日大使に任命した(議会審議が時間切れとなったため実現しなかった)。もうひとつがAEI(アメリカン・エンタプライズ・インスティテュート)だった。実に多くの研究員と議論したが、何人かがその後、次官、次官補クラスで政権入りした。
 CSISとカーネギーは当時からリベラルなシンクタンクだったので立ち寄りもしなかった(苦笑)。

 さて藤井氏はトランプのつぎの四年をきわめて楽天的に展望し、平和と繁栄がアメリカに活気を呼び戻すだろうと予測している。
 トランプにより、国連、IMF、WTO、世銀など「国際機関」の役割が大きく後退するだろうとし、G7,G20も同様だとする。そのうえで断言的な予測は「脱炭素」が世界的に大きく後退する。日米貿易バランス是正にはアメリカからガスを大量に輸入すれば良いと日米関係の暗転を克服できる提言も含まれる。
 ディープステーツに関しても、藤井的独創的解釈はアメリカのディープステーツには英国守旧派の暗躍があるとの指摘である。ロシアゲートのでっち上げは元英国MI6が絡んだことからも明白だとする(103p)。
 そして民主党がふれてもらっては困る「不都合な真実」は美女売春の島で展開されたエプスタイン事件だが、この背後にも英国守旧派がいるとする。
 アメリカ要人のスキャンダルを握ることによって籠絡するわけでエプスタインはその穢れ役だったという推論になる。エプスタインは獄中死しており、深層は闇に葬られた。ビル・クリントンは近刊のなかで、噂をいまごろになって否定した。
 中国に関する予測はすでに現状が鎖国状態であって中国(藤井さんは「チャイナ」と書く)は「巨大な北朝鮮となる」と大胆な予測である(174p)
 ともかく日本の大手メディアがまるで伝えない裏舞台の動きが掴める。



 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
     令和六年(2024年)12月22日(日曜日)弐
         通巻第8561号 より
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不具合色々

2024年12月26日 | 日々の暮らし
 12月18日(水)

 例によって、昨晩はつい飲み過ぎた。
 と言ってもいつもの量プラスみかんサワー一杯、だけだが。

 大体が燗酒を一合飲んで、焼酎を飲み始める前にサワーを一杯飲んだだけ。
 続けて焼酎を猪口に2,3杯で寝てしまったんだから、飲み過ぎたと言ってもたかが知れている。
 それで今朝は5時40分から6時15分まで散歩。
 もうすぐ冬至ということで、6時40分になっていてもまだ明るくはならない。

 ここ数日、冷え込むので出掛けるのが遅くなっている。
 今日などは10時半を回ってから出て衝原に着いたら誰もいなかった。
 
 それにしても今日の腰痛は酷かった。散歩時は往復とも特にどうこうはなかったのだが、帰って来てから習字を始めたら正座をしていても痛い。
 あまりの痛みに「もう、今日は習字、途中で止めようか?」と真剣に思ったくらい。
 習字をやっている間に、2度ストレッチをしてみたが習字をやっている短い時間さえ辛抱できない。ほんの20~30分。

 「もう本当に、今日は外出できないかも」
 と思っていても、11時頃にはSRに乗っているんだから、傍目からすれば
 「本当に腰痛なんて患ってんの?」みたいなことかも。

 SRのアイドリングが今冬はもう一つ。安定するまでに普段の何倍も時間がかかる。もしかしてバッテリー、弱った?
 そう思って「しかし、ウィンカーにまだ異常はなかったし」と思い直す。

 衝原から戻る際には、まだいいかな?といった感じで、北町から出る時も特に問題はなかったので、ただ冷え込んだせい、とは思ったのだが。
 
 明日はカブで出るつもりだけれど、その時、もう一度様子を見てみようか。
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