天燈茶房 TENDANCAFE

さあ、皆さん どうぞこちらへ!いろんなタバコが取り揃えてあります。
どれからなりとおためしください

追憶の線路を求めて ~エピローグ 去り往くものたちへ~

2008-05-23 | 鉄道
写真:東京駅10番のりばプラットホームで出発を待つブルートレイン「はやぶさ・富士」

平成20年のゴールデンウィーク、長崎県島原半島で自然に還ろうとしている島原鉄道南線跡を辿り最後の九州ブルートレイン「はやぶさ」で夜の日本列島を東進し、更に東北を目指して、眠りに就いた小坂製錬小坂線(小坂鉄道)で過ぎた日の想い出と向き合い今もなお愛され生き続ける南部縦貫鉄道のレールバスに会って、日本を縦断して追憶の線路を追いかけた僕は、再び東京駅の10番のりばプラットホームに立っていた。
最後に再びブルートレイン「はやぶさ」に乗って、今回の旅を締め括りたいと思う。

平成20年5月4日

青森県七戸からの徹夜の長距離ドライブで東京に戻った僕は、そのまま東京駅へと向かう。
USACO、こんな鉄道巡りばかりの無茶苦茶な行程の旅に付き合ってくれてありがとう。この次は、『鉄分抜き』のまともな旅行に一緒に行こう。今度こそは、約束するよ。」

今や東京駅を発着する唯一のブルートレインとなった「はやぶさ・富士」は発車時刻の40分以上前に品川の操車場から回送されてきた。
プラットホームで一旦停車する編成には早速ファンが群がる。


今夜は「はやぶさ」のB寝台1人用個室「ソロ」、往きに乗ったのと同じ寝台を予約してある。ただし、「ソロ」個室には1階部屋と2階部屋があり、往きは2階部屋だったのに対して今夜は1階部屋を指定買いしてある。往きと帰りで違うタイプの部屋を試して乗り比べてみようという寸法なのだ。

東京駅入線後、一旦神田秋葉原方面に引き揚げて機関車を付け替え方向転換(機回し)した「はやぶさ・富士」編成は、改めて10番のりばに入線して据え付けられる。
早速、「ソロ」車輌の連結されている3号車へ向かうが、何か様子がおかしい。出入り口ドア付近にJR東日本の制服を来た社員が待機していて…それに、どういう訳だ?この車輌は個室の小窓が2段に並ぶ「ソロ」じゃなくて、普通の開放型2段式B寝台車じゃないの!?
「3号車のきっぷをお持ちのお客様ですか?」
とJR社員に声を掛けられる。
「何かあったんですか?この車輌は個室車じゃないようですけど」と聞くと、「大変申し訳ありません。窓ガラスが破損するトラブルがありまして、通常型の車輌に差し替えています」とのこと。
「ええ~!?折角個室を予約してたのに残念だなぁ」
「申し訳ないのですが…今夜は個室の部屋番号と同じ番号のベッドをお使い願います。寝台料金と特急料金は熊本駅で半額分お返しします。それから、ベッドは上と下のどちらもお使い頂いて結構ですので。」
えっ?料金半額払い戻しで、しかも2段式B寝台を上下段シングルユース出来るの?
「それなら…ええ、分かりました。異存はないです。」
いや、むしろラッキーだったかも。狭い個室じゃなく2段ベッドを独り占めしてゆったり使ったほうが快適だものね。

かくして定刻の18:03、第1列車寝台特別急行「はやぶさ・富士」は九州に向けて東京駅を発車した。

前回、ブルートレイン「なは」ファイナルラン帰りに乗ったときに比べて、だいぶ陽が高くなったね。東京駅の赤煉瓦や丸の内のビル群が見えている。


さて今夜は、「ソロ」個室1階部屋ではなく一般型の開放2段式B寝台(略称:2段ハネ)に寝ることになってしまったが、このベッドも居住性はそんなに悪くない。何より、壁がなくて広々としているので、「ソロ」より「2段ハネ」の方が快適だという意見も聞く程だ。


せっかく上下段両方が使えるので、起きている間は下段ベッドに腰掛けて車窓を眺め、寝る時はハシゴを登って、走行音や通路の足音が気にならない上段に潜り込むことにした。
いつもは「車窓が見え難い」「起きているときに身の置き所がない」などの理由で敢えて「2段ハネ」上段の寝台券を買うことはないので、上段ベッドによじ登るのも随分久し振りだ。10年以上前、北海道旅行中に下段が売り切れで止むを得ず売れ残っていた上段を買って網走から「夜行オホーツク」号に乗ったとき以来かな。そう云えば「夜行オホーツク」もその後廃止されたんだよな…
それに、JRの「2段ハネ」はヨーロッパの夜行列車の「簡易寝台(クシェット)」と基本的に同じ構造なんだよな…スイスのChurからパリ東駅までクシェットに乗った国際夜行列車は今でもあるんだろうか…
などと、上段ベッドに横になってとりとめもなく考える間もなく、東北縦断の長距離ドライブの疲れですぐに眠りに落ちた。

平成20年5月5日

夢も見ずにぐっすり眠って、朝6時半、ハイケンスのセレナーデと「おはよう放送」で目が覚めた。そろそろ徳山かな、朝食のワゴンサービスが始まるから起きなきゃ…と、
「皆様おはようございます。只今、広島駅を発車しました。」え?まだ広島なの?
「お客様にお知らせします。昨晩、大阪駅から元町駅のガード下で火災があり、その影響で現在『はやぶさ・富士』号は約1時間遅れて運行しています」
ええ~!?昨夜、そんなことがあったのか!爆睡してたから全然気が付かなかったけど。。。
しかし、今まで「はやぶさ」には数えきれない程乗ってるけど、往きも帰りも遅れるとはね。こんなことは初めてだ。


急ぎの乗客は山陽新幹線「こだま」に乗り換えるよう案内があったが、それには及ばない。
なーに、後は熊本の自宅に帰るだけなので多少遅れるくらいは全然構わない。却ってゆっくりダラダラ出来ていいわな…と、下段ベッドに降りて朝の瀬戸内海を眺める。
山陽本線は海沿いを縫うようにカーブを切りながら進んで行く。列車も自ずと速度を落として、1時間の遅れなど気にせず朝の散歩を楽しむかのように軽やかに走る。敢えて回復運転などは行われないが、気にしない。せっかくブルートレインに乗っているんだ、急いで帰ることはない。
心ゆくまで旅を楽しもう!

徳山駅で車内販売員の女性が乗り込み、お待ちかねの朝のワゴンサービス開始。
下りの「はやぶさ・富士」号では徳山から博多までの区間でワゴンサービスが実施される。主に徳山駅で積み込まれる駅弁類や飲み物、そして朝から缶ビールなども販売されるが、最近ネット上の口コミで注目を集めているのが、柳井駅で積み込まれる「幕の内」。
柳井駅前の仕出し屋「水了軒」でその朝に作りたてのものが積み込まれるこの「幕の内」、中身は至って普通の幕の内弁当なのだが、1日限定5個しか販売されず、さらに柳井駅ではこの「はやぶさ・富士」積み込み以外の駅弁販売は既に廃止されているために「ブルートレインに乗らないと買えない、日本一入手し難い幻の駅弁」としてその筋の愛好家から熱い視線を集めている超レア駅弁なのだ。…中身は至って普通の幕の内弁当なんだけど。
という訳で、1号車からワゴンサービスが巡回を開始すると同時にその筋の人たちが車内販売員の許に殺到し、果たして3号車の僕の席までワゴンサービスが周って来た時点では「幻の柳井幕の内」は売り切れ御礼。あ~あ、間違えて徳山駅の幕の内を買ってしまった前回に続いてまた食べ損ねた。

朝食を食いっぱぐれて不貞寝しているうちに、「はやぶさ・富士」は本州最後の停車駅下関に到着。



早速、この人だかり。
切り離される機関車EF66を囲んで、ちょっとした撮影大会状態。


関門トンネル専用機EF81が連結されるのを確認して、車内へと戻る。
すぐに下関駅を出発して、関門トンネルを走り抜けて10分足らずで九州の玄関口、門司駅に到着。


門司駅では機関車を九州内専用機ED76につけ替えて、編成後ろ半分の大分行き「富士」号を切り離して発車となる手筈だが、今日は約1時間の遅れを引きずったまま到着したせいで駅構内が他の列車で塞がれているせいか、なかなか機関車交換が行われない。
暫くプラットホームを散歩して、機関車が交換されるのを待つ。


程なく、機関車ED76が登場。
御馴染みの“ナナロク”の真っ赤な顔を見ると「ああ、九州に帰って来たねぇ」という気分になり、安心します。


で、やっぱりこの人だかり。

この時点で更に列車の遅れが拡大しており、のんびり機関車見物してると発車してしまうかも知れないので、ナナロクの連結を確認したら急いで車内へ戻る。
しかし、「お待たせしました、熊本行き『はやぶさ』号発車します」と放送があったきり、一向に列車は動かない。そのうちに、向かいののりばに停まっていた鹿児島本線の普通電車が先に発車してしまった。
「…一応特急列車なのに、舐められたもんだな。まあいいけどさ。こうなったら気の済むまでゆっくりじっくり行こうじゃないの!」

「富士」と別れて第41列車と名を変えた「はやぶさ」はようやく門司駅を発車し、鹿児島本線を順調に走って行く。と、突如速度を落としたかと思うとやや大きなブレーキ衝撃と共に急停車。
「何かあったかな?」
…あったんである。「お客様にお知らせします。現在、先行しています快速電車が踏み切り通過の際に異常な音を聞いたため緊急停止しました。同時にこの付近にいます全ての列車が緊急停止しております。」何だってー!?

結局、15分ほど停車していただろうか?
「先行快速電車が車輌周辺の点検をしましたが、異常が見つかりませんでしたので発車しました。この列車も間もなく発車出来る見込みです」
やれやれ、石でも跳ね上げたか、犬か何かの動物を轢いたりしちゃったのかな。。。


遅れに遅れが重なり、もうグダグダのリラックスモードの車内。
ベッドも朝寝でこの有様。見苦しい写真で恐縮ですがw

ベッドに寝転がって、僕が時々遊びに行く熊本県民天文台の台長さんも執筆に参加しておられるブルーバックス「発展コラム式 中学理科の教科書 第2分野」を読む。これが実に面白い。「ああ~そうなのか!ああ~そうだったな!」とか独りごちながら、案外忘れてる中学理科の復習をするのもまた楽し。
それにしても、寝台車のベッドでの読書は何故かページが進むんだよなぁ。

緊急停車騒動で更に遅れは拡大し、博多駅を発車した時点でもう午前11時を回っている。
博多で交替して乗り込んできた車掌さんが「あれ?何で今日は個室が付いてないんだ?」と独りごちながら通路を通っていく。
遅れに車輌不具合と、今日の41レ乗務はホントに大変ですね。お疲れ様です。

久留米に到着する頃、正午を回った。
お昼を過ぎても走り続けるブルートレインに乗車する機会なんてそうそうあるものではない。
「そう云えば以前、熊本からさらに西鹿児島まで直通運転していた頃の『はやぶさ』が終着駅に到着するのがちょうど午後1時過ぎだったな。いや、西鹿児島直通最末期にはダイヤが更に繰り下がって午後3時半頃まで走ってたっけ」




午後1時過ぎ、「はやぶさ」は1時間15分遅れで終着駅熊本に到着した。
「着いた~ああ、19時間にも及ぶ長旅だった!
…でも、着いてしまえばあっという間だったな」


そう、どんなに長い旅も、終わってしまえばほんの束の間の出来事だ。
…そして、今となっては全てが過ぎ去った思い出だ。後に残るのは思い出だけ、そして思い出は常に楽しく美しく、愛おしい…

今回、島原と小坂と七戸とを結び、九州から東北まで日本を縦断して、僕の心の中の追憶の線路を求める旅をしてきた。
或るものは地に還り記憶と歴史になり、或るものは奇跡の復活へ向けた模索を試み、或るものは情熱に支えられて見事に生き続けていた。
それぞれすべてが、僕にとってかけがえのない思い出である。
思い出の今を辿り、そしてやがて追憶の彼方へと旅立つ運命の列車に乗って、僕は帰って来た。旅を終えた。
去り往くものたちよ、追憶の、記憶の中の線路よ。それらは記憶の中で永遠に走り続ける…

「mitsutoはいつでも、過去ばかり見ているのね」

ふいに、USACOの言葉が甦ってきた。

「…そうかも知れない」

でも僕は思うんだ。過去と向き合わなければ、人間は未来へ進んで行くことも出来ないのだと。
追憶の線路は、僕に「記憶の中で生き続ける」ことの永遠を教えてくれた。
人の想い出の中にあるそれは、決して消えない。そして、語り継がれる。
僕は、絶対に忘れない。かつてこの地に、人々の絆となった線路があったことを。そこには、たくさんの数え切れない想いがあったことを。
そんなたくさんの想いに支えられて初めて、人は自分自身の旅に出ることが出来るんじゃないかな。

ありがとう、追憶の線路よ。去り往くものたちよ。


大幅な遅れで終着駅の熊本に到着した「はやぶさ」は、約3時間後に迫った折り返し東京行きの発車に備えてただちに熊本車両センターへと回送されていった。
そしてまた、新たなる旅が始まる。

ありがとう「はやぶさ」。やがて去り往く列車よ。
素晴らしい想い出をありがとう。また会おう…

追憶の線路たちよ、ありがとう。
そして僕のパートナーUSACO、いつも大切なことに気付かせてくれて感謝している…

追憶の線路を求めて ~廃線探訪 島原鉄道南線編~

追憶の線路を求めて ~去り往くブルートレイン 寝台特急「はやぶさ」編、その1~
追憶の線路を求めて ~去り往くブルートレイン 寝台特急「はやぶさ」編、その2~

追憶の線路を求めて ~再び走る日は来るか 小坂製錬小坂線編~

追憶の線路を求めて ~レールバスとあそぼう! 想い出の南部縦貫鉄道編~


人の想い出の中にあるそれは、決して消えない。そして、語り継がれる。

追憶の線路を求めて 終


小惑星探査機「はやぶさ」情報:提供 JAXA宇宙科学研究本部
天燈茶房TENDANCAFE/mitsuto1976は
2010年6月の地球帰還を目指す日本の小惑星探査機「はやぶさ」を応援しています


はやぶさ2・はやぶさマーク2 ‐はやぶさまとめ‐
天燈茶房TENDANCAFE/mitsuto1976は
日本の小惑星探査機「はやぶさ」の同型機「はやぶさ2」と後継機「はやぶさマーク2」を応援しています