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なぜ、進化の進んだ赤色巨星なのに異常に高いリチウム存在量を示すのか? 星の進化過程における未知のメカニズムの解明へ

2024年08月11日 | 宇宙 space
近年の天文学において、星の進化と元素合成に関する私たちの理解に挑戦する、“2MASS J05241392-0336543”と呼ばれる並外れた星が発見されました。
この星は、これまで知られているどの星よりもリチウムの含有量が極めて高く、その起源や進化について多くの謎を秘めています。

今回の研究では、“2MASS J05241392-0336543”の特異な組成、その進化の状態、および考えられるリチウム濃縮のメカニズムについて調査を実施。
現在、この星はレッドクランプ星ではなく、レッドジャイアントブランチ上または初期漸近巨星分枝星ブランチ上にある可能性が高いと結論付けています。

研究チームは、“2MASS J05241392-0336543”で観測された極端なリチウムの存在量は、星の内部におけるリチウムの生成、または外部からのリチウムに富む物質の降着などの現象による可能性があると推測しています。
この研究は、フロリダ大学天文学科のRana Ezzeddine助教授と卒業生(現大学院生)のJeremy Kowkabanyさんを中心とした研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”とプレプリントサーバーarXivに“Discovery of an Ultra Lithium-rich Metal-Poor Red Giant star”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2209.02184
Credit: Pixabay/CC0 Public Domain
Credit: Pixabay/CC0 Public Domain


非常に古く、金属量の少ない星

“2MASS J05241392-0336543”は、天の川銀河のハローに位置する赤色巨星として分類され、その分光分析から非常に低い金属量と、高いrプロセス元素の存在比が明らかになりました。

恒星内で起こる核融合反応は、鉄やニッケルのような重い元素を生成しますが、原子核がさらに中性子を獲得するとより重い元素が形成されます。

超新星爆発や中性子星同士の合体のような極限の天体現象のもとで起こるのは、速い中性子捕獲過程“rプロセス(rapid neutron-capture process)”です。
一方、より軽い星の進化の最終段階である漸近巨星分枝星などでは、遅い中性子捕獲過程“sプロセス(slow neutron-capture process)”が起こります。(※1)
この2つのプロセス、つまり2種類の環境では、異なる割合の重元素が形成されることになります。
※1.年老いた軽い星である漸近巨星分枝星は、太陽のような低質量星の一生の末期にあたる。sプロセスは、この星の寿命の後期に達した恒星内で起こる、原子核の中性子の吸収とそれに伴う崩壊で原子番号が上がっていくプロセス。s過程の名は、数秒未満という“速い(Rapid)”過程であるr過程とは異なり、数千年以上かかる“遅い(Slow)”過程であることに由来する。
このため、rプロセス元素の過剰は、この星が中性子星合体などの極限の天体現象に関連した物質から形成された可能性を示唆することになります。

超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が、その一生の最期に迎える姿が赤色巨星なので、“2MASS J05241392-0336543”は非常に古く、金属量の少ない星ということが分かります。


星の進化過程における未知のメカニズム

リチウムは、ビッグバン元素合成によって生成された元素の一つで、その存在量は星の年齢や進化段階を知る上で重要な指標となります。

一般的に、星は進化するにつれて、対流や核融合反応によってリチウムを消費するので、その存在量は減少していきます。
でも、“2MASS J05241392-0336543”のように進化の進んだ赤色巨星でありながら、異常に高いリチウム存在量を示す星が少数ながら存在しているんですねー

このような“リチウム過剰星”の発見が示唆しているのは、星の進化過程における未知のメカニズムの存在。
近年、天文学者たちの注目を集めることになります。

その並外れたリチウム存在量は、“2MASS J05241392-0336543”を真に特異な星としました。
3次元非局所熱平衡(3D, NLTE)補正を施して得られた値は、この星が既知のどの巨星よりもリチウム存在量が有意に高く、星の進化に関する既存の理論に重大な疑問を投げかけることになります。

“2MASS J05241392-0336543”のリチウム存在量は、現在の太陽の年齢におけるリチウム存在量の10万倍にも達しています。


リチウム過剰を説明するシナリオ

“2MASS J05241392-0336543”の並外れたリチウム過剰を説明するために、いくつかの仮説が提案されています。
その仮説は大きく分けて二つ。
外部からリチウムが供給されたとする“外部供給シナリオ”と、星内部でリチウムが生成されたとする“内部生成シナリオ”です。

外部供給シナリオには、“惑星吸収シナリオ”と“連星合体シナリオ”があります

星が進化するにつれて、周囲を公転する惑星を吸収することがあります。
吸収した惑星にリチウムが豊富に含まれていた場合、星の表面にリチウムが供給されるというのが惑星吸収シナリオです。
見かけ上、リチウム過剰になる可能性がある訳です。

でも、“2MASS J05241392-0336543”のような低金属量の星では、そもそも巨大惑星の形成自体が困難だと考えられています。

また、仮に惑星吸収が起こったとしても、“2MASS J05241392-0336543”のリチウム存在量を説明するには、非現実的にリチウム存在量の多い惑星が必要となることがシミュレーションから示唆されています。

“2MASS J05241392-0336543”が過去に連星系を形成していて、伴星と合体した可能性もあります。
連星合体は星の内部構造を大きく変化させ、リチウムなどの元素を表面に穿り返すというのが連星合体シナリオです。

でも、“2MASS J05241392-0336543”では、視線速度の変化やHα輝線の時間変化といった、連星合体を示唆する直接的な証拠は見つからず…
ただ、連星合体が過去に起こり、その影響でリチウムが表面に供給された可能性は否定できません。

一方、内部生成シナリオは、星の内部では対流や回転による物質混合が起こっていて、これによってリチウムが生成されるというものです。

特に、赤色巨星分枝星の“バンプ”と呼ばれる段階、または漸近巨星分枝星の初期段階では、“リチウムフラッシュ”と呼ばれる現象が起こると考えられています。

リチウムフラッシュは、星の内部深部で生成された新鮮なリチウムが、対流によって星の表面まで一気に運ばれることで起こると考えられている現象です。
リチウムフラッシュの間、星の光度は一時的に約5倍に増加し、質量放出も約2倍に増加するお予測されています。

“2MASS J05241392-0336543”はリチウムフラッシュが予想される進化段階にあり、実際にその光度はモデル予測よりも約5倍明るく、初期の漸近巨星分枝星の開始よりも約2倍明るい状態です。

さらに、“2MASS J05241392-0336543”の高速回転は、リチウムフラッシュに伴う内部からの角運動量輸送を示唆している可能性があります。

また、赤外線超過とHα輝線の検出は、リチウムフラッシュ中の質量放出の増加によって形成されたダストシェルの可能性を示唆しています。


星の一生における物質進化の解明

“2MASS J05241392-0336543”の進化段階を理解することは、そのリチウム過剰の謎を解く上で非常に重要となります。
観測データと恒星進化モデルの比較から、“2MASS J05241392-0336543”は赤色巨星分枝星のバンプ、または初期の漸近巨星分枝星の段階にある可能性が高いと考えられています。

“2MASS J05241392-0336543”の特異な組成は、星の進化における未知の側面を明らかにする上で重要な手掛かりとなります。

リチウムフラッシュを含む様々な内部混合シナリオを、より詳細な数値計算によって再現し、“2MASS J05241392-0336543”の観測結果と比較検討する必要があります。
特に、低金属量、低質量星におけるリチウムフラッシュの発生条件や、リチウム輸送の効率を明らかにすることが重要となります。

“2MASS J05241392-0336543”と同様の組成を持つ星を、大規模な分光サーベイ観測などによって系統的に探索し、リチウム過剰星の出現頻度や特性を明らかにすることも必要です。
これにより、リチウム過剰を引き起こすメカニズムの普遍性や、星の進化における役割を理解することができます。

星震学は、星の内部構造を探る強力な手法です。
“2MASS J05241392-0336543”に対して星震学的観測を行うことで、その内部構造や進化段階に関するより詳細な情報を得ることができると期待されます。
星震学によって得られる星の質量や半径の精度の高い測定値は、リチウムるラッシュのモデル計算の精度向上に大きく貢献すると期待されます。

今後、詳細な理論モデルの構築や、他のリチウム過剰星の探索と観測を進めることで、“2MASS J05241392-0336543”の謎の解明に近づけるはずです。

“2MASS J05241392-0336543”は、星の進化における私たちの理解に挑戦する、まさに宇宙の謎と言えます。
その謎の解明は、星の一生における物質進化、そして宇宙における元素合成の歴史を紐解くカギとなる可能性を秘めています。


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