今日も元気で頑張るニャン

家族になった保護猫たちの日常を綴りながら、ノラ猫たちとの共存を模索するブログです。

モドキよ・・、そしてシンの登場

2022年06月18日 | その他・一見さん
モドキのタイトルなのに、一見さんカテゴリーとはこれ如何に。
店を空けていたこのひと月半、数日前に復帰してからもモドキを見ていません。
喘息と心不全で店を休む少し前に、新顔サビ子猫が現れてモドキと競合状態になった。
「夜の店番猫」など持ち上げつつ、こうしてみると何と希薄な存在なことか。
自分の休業中は専ら妻から情報を得ていました。

問題は2匹とも来店時間が遅くなり、どっちがどう食べてるのかわからなくなった。
サビは食欲旺盛なので見つければ何でも平らげてしまう。
モドキは少し残すのが癖で、しかも安いのや古いのは食べない。
乾物もシーバ以外はあまり食べない。
この違いを頼りに、2匹の食べ場所を共存させようと考えた。
そして置き餌を試行錯誤で違う場所に置くように頼み、最終的に場所を決めた。

一見余裕のありそうなモドキだが・・

どっちがどう食べているのか毎日食べ跡でチェック。
たまにサビが残したりモドキが空にしたりするので、完璧な判断ではない。
そのうち、サビがモドキの場所でも食べていることがわかった。
その頃からモドキの消息がどうにもつかめなくなった。
全部空になっていると、果たしてモドキも食べたのかわからないのです。

モドキはこのひと月半の間に1度しか確認されてない。
出会ったのは遅くまで仕事していた妻で、「痩せたみたい」と言っていた。
一方サビの方も、2週間前を最後に確認されてない。
でも置き餌は毎晩消化されているのです。

(前回のを再掲)すぐ逃げるサビの写真は少ないです

果たして誰がどう食べているのか。
そうこうしているうちに、またまた新手が現れた。
いや、新手と言うより、あの懐かしいシンです。
(2019年の秋に登場、去年の春にも1度現れた。)
シンが達者でいたことは何ともうれしい限り。
でも、モドキとサビの動向はますますわからなくなってきた。

1年に1度くらい顔を出す懐かしいシン

いよいよ本気で監視カメラでもつけてみようか。
まあチェックしたところで、コントロールできるわけではないけれど。
自分にとって何より寂しいのは、付き合い歴5年以上の当ブログ重鎮モドキが、一見さんたちにまみれてしまったことだ。
やっぱり斯様な関係を長く続けるのは難しいのかな。
改めてモドキとの希薄な関係という現実を思い知りました。
過去にも何度か消息を絶ったモドキ。今回もまた復活すると信じるしかない。
会わないだけで実は毎晩来てた、なんてこともあるし。

※この話は「Mさん」(「ノラたちの幸せを願って」カテゴリー)に続きます。

シンの雄姿:初めて"タヌキのようなシッポ"をカメラに収めました

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ニャーの近況とマーキング対策

2022年06月16日 | ニャー
ますますおっとりしてきたニャーです。
かつて「追い役と追われ役」という記事で、シロキのことを書きました。
一番弱そうに見えても、泰然自若とした様は誰より堂々としていると。
一方ヒエラルキーの頂点にいたニャー、今やシロキの境地に近づきつつある?
ニャーもいつの間にか推定8才、人間で言えば46才の中年だ。

「カッコいい猫」を地でいくニャー

他猫を追うことも睨みつけることもなくなって、危うきを察すれば先逃げ専門。
そう言えば店時代のニャーがそうだった。
当家に来て以来張りつめていた何かが消えて、本来の自分に戻ったのかな。
ニャーの変化で当家猫社会の緊張感が減り、猫たちがリラックスしてきた。
まずは歓迎すべき変化としよう。

自分がしばらくベットで寝てなかったので、ニャーもちび太も寝場所を変えた。
折しも季節の変わり目。猫たちはこの夏の居場所を模索中。
特にニャーは次々と新場所を開拓。でも相変わらず直ぐみんなに真似される。
ちび太やポニーどころかシロキやリンにまで。
それでも楽しそうに、せっせと新しい居場所を開拓しています。

「変な臭いはないかな」・・庭の点検にも余念がない

そんなニャーの困った行動がマーキング。
家のなかでも外でも、こっちの顔を見ながらちょびちょびやってます。
当初は決まった場所だったけど、最近はどこでもやるようになった。
マーキングについては、随分前から調べています。
共立製薬さんの記述(「困った行動の解決方法・猫編」)がわかり易い。

リンを見る目もやさしくなりました

そもそもなぜマーキングをするのかと言うと;
・交配相手に自分をアピールする性的行動
・競争相手に自分の存在を誇示する防衛・威嚇行動
・不安・葛藤を解消する転位行動
てなことらしい。

で、提案された対策は;
・去勢・不妊手術をする
・猫が脅威と感じるものをできるだけ取り除く
・スプレーされた場所は徹底的にきれいにする
・スプレーされた場所に食べ物を置く
・家族からの罰は与えない
・スプレー行動を見つけたときの家族の反応が行動強化になっているときは
 (疑いがあるときも含む)、スプレー行動を無視する

かつてのみうとの関係のように、"雨降って地固まる"になるか

といろいろあるけれど、ニャーの場合はどれに当てはまるのかよくわからない。
出会ったときは既に手術済で(先生の話)、自分は当初♀と間違えた。
本当は奥に引っ込んでいるだけで未手術だった、なんてことはないのかな。
いずれにしても、手術をすれば90%治まるとどのサイトにも書いてある。
ニャーは残りの10%らしい。

しかも最近は滅法丸くなってきたし、不安や悩みがあるようにも見えない。
すると残りは・・・、原因は他猫ではなくて保護者?
もしかしたら自分(保護者)に何か訴えているのか、あるいは誇示しているのか。
マーキングのそんな動機ってあるのかしら。
それにしても、一番最後の「無視する」ってのは強烈だね。
家がいくつあっても足りないよ。

いやはや、何だか真剣味がなくてすみません。
後日仕切り直しとします。

のんびり感あふれる最近のニャーです

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猫愛 ~ほんわか、そしてちょっぴりせつない猫たちの物語~

2022年06月13日 | 猫愛 ~特選・猫たちの物語~
「猫愛」というカテゴリーを作りました。
「猫の愛情」でもあるし、「猫たちに携わる人の愛情」でもあります。
このカテゴリーでは、自分がネットから拾った珠玉の物語を紹介する予定です。

今やネットには沢山の猫の物語が溢れています。それらの物語は人間模様(人生ドラマ)と何ら変わりなく、100匹の猫ちゃんがいれば100の猫生があるのです。ネットによくある不幸な猫が幸せになった話。あるいは幸せそうに暮らしている話。でも猫愛に溢れた読み手を満足させてくれる記事は、実はそう多くない。

例えば多頭飼育崩壊から救い出された猫が引き取られて幸せになった話。兄弟と一緒に捨てられた猫が保護されて幸せになった話。それはそれでほっこりするのだけど、気になるのは他の猫たち。残された猫たちはどうなったの? 記述がそこに回ってないと、猫愛の読者は消化不良になるのです。他の猫たちがハッピーエンドではなかったにしても、そこを知らないと先に進めない。

一事が万事そうなんです。猫愛に溢れた読者なら、いつもすべての猫たちのことを考えているからです。猫愛に溢れたライターさんは決して猫愛の読者を裏切りません。そして、猫たちの物語を読者と共有する。それはノラ猫の場合が多く、せつない話が多いけど、でも読めば読むほど猫愛が深まっていく。ここではそんなライターさんの記事を紹介していきたいと思います。

「ホスト役のニャーです、このカテゴリもよろしこね」

ここで主に紹介するのは当ブログでもおなじみsippoの猫物語シリーズと、ねこけんブログから引用したORICON NEWSの記事です。Sippoには以前にも紹介した佐竹茉莉子さんのシリーズをはじめ、「ぽんた」や「スンスン」の話などノラとの出会いから別れまでを淡々と描いた珠玉のドキュメンタリーが沢山あります。ねこけんさんのブログには、「彦爺」や「マーチ」のように悲劇を背負いながらその猫生の最後につかの間の幸せをつかんだ猫たちが沢山登場します。

物語と言ってもすべて実在した猫たちです。逆境の中で懸命に生きた猫と、彼らを思いやる人たちの実話です。しっかりと味わえるように、1回につきひとつの物語だけ紹介します。第1回目の今回は下記の話。ある日突然飼い主を失い、厳しいノラ生活を強いられてボロボロになった猫「チャッピー」が、再び保護されるまでの日々を佐竹さんが綴ります。(前後編あります。) ハッピーストリーではあるけどその途中に悲しいことがあって切なさが募る。猫はものを言いません。だからそのせつなさを読み手がくみ取ってあげたらと、そんな思いで選びました。

(クリックしてポップアップ)

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昭和の男はヤワじゃない

2022年06月10日 | その他(分類なし)
2週間ぶりの記事となりました。
思わぬ重病になったチキンとオジン(自分)。
その後の明暗は分かれた。
尿道に管を通し垂れ流しにしての点滴という、超荒療治に耐えたチキン。
その甲斐あって血液数値は正常に戻り、オシッコも自力で出せるようになった。
一方の自分には、とんでもない病気が隠れていました。

回復したチキンはまだ膀胱炎治療中

喘息の薬を最高ランクまで強くしても改善しない呼吸困難。
先生も首を傾げ、総合病院に紹介状を書いてくれた。
しかし初診予約は1週間後。素直に待つことにしたが、その間に地獄を見た。
前記事で書いた殺処分の絶望と恐怖を、嫌というほど味わうことになったのです。

問題は横になると呼吸ができなくなること。
ネットや先生が言うようなレベルじゃない。立って70度、座ればほぼ90度。
それ以上上体を傾けると息ができなくなる。
状態を起こしたままの生活。夜寝るなんて当然できない。
立ったまま台に寄りかかって少しは眠ったかもしれないが、そんな記憶もない。

とにかく、呼吸困難の発作は主に夜半から早朝にかけて出る。
その間は立ったままでも息苦しい。そうなるともう方策がない。
でも唯一の救いがあった。ネットにもない、先生も理解しない自分だけの救い。
最近夜が冷えるので、玄関やキッチンの小窓の隙間から冷気(外気)が入ってくる。
その冷気を吸うと、まるで酸素マスクをつけたみたいに空気が肺に染み渡った。

毎夜毎夜、家中の小窓の隙間(固定した網戸)を渡り歩いた。
4時頃になると外が白んでくる。
(ああ今日も何とかやり過ごした。) でも今度は新たな苦難に襲われる。
朝になると外気が温まり、あの冷気がなくなってしまうのです。
同時に発作(呼吸困難)もやや沈静に向かうが、その競争が苦痛と恐怖を生んだ。
そんな拷問のような日々を10日以上も過ごしたのです。

昼間は病院で点滴を受けると少し楽になる。
ただ、目を閉じただけで意識が消えていくので車の運転ができない。
ただでさへ店に出放しの妻には大きな負担だった。
総合病院呼吸器科での初診の前日、X線写真を新しく撮り直すことになった。
その写真を見て先生の顔色が変わった。自分の心臓が、3倍ほどに膨れていた。

先生は自分の夜の状況を改めて問い直し、足のむくみをチェックした。
足のむくみは1週間ほど前からひどくなっていた。
心臓の検査をする前に、看護師を薬局にやってまず薬を飲まされた。
「時間との勝負だから」と先生は言った。「間違いなく心不全だ。」
そして心電図、心エコーなどで詳細にチェックした。

横になると呼吸ができないというのは、心不全の特徴的な症状のひとつです。
それは自分もネットで勉強して知っていた。
だが重度の喘息という検査結果が得られてからは、喘息改善に集中したのです。
当初は心不全の兆候はなかったのかもしれない。
真相は不明だが、その日から自分の状態が快方に向かい始めたのでした。

呼吸器科の初診はキャンセルした。
採血検査の結果が出た2日後、先生は再び驚きを隠さなかった。
心不全の指標となる物質の血中濃度、125以下が通常で500以上だと要注意。
心臓が突然止まったりする可能性があるそうだ。
そのときの自分の測定値は、9000を超えていた。

「心不全は何度も診てきた。でもこんな数値の人はまず来ない」と先生は言った。
「ここまでの人は当院に来る前に救急車で運ばれるだろう。そして入院先でも、危篤状態ということで家族も呼ばれるんじゃないか。」
いつ心臓が止まってもおかしくない、そういう状態だったのだそうだ。

今は快方に向かい、横になることもできるようになった。
まだ息苦しさが残るが、処方薬(βブロッカー)はいきなり強くできないらしい。
それでも平常生活の半分くらいは取り戻しただろうか。
様子を見ながら薬を強くすれば、もっと良くなると言われている。
その安心感が半端なく大きい。

本記事のタイトルの表現はもちろん自慢話ではありません。
何度も救急車を呼ぼうとした古女房殿は「呆れてものが言えない」とおかんむり。
自分は、周囲の人のサポートによって救われた。
感謝以外の何物でもない。

しかしその一方で、あの絶望の苦しさから救われないまま朽ち果てる命がある。
何の罪もないのに殺処分される猫たち。
その理不尽さがどんなに悔しく、苦しく、底なしの恐怖であることか。
自分は地獄体験で味わったあの苦しさと絶望感を決して忘れまい。
少なくとも、世の中から殺処分がなくなるまでは。

「オジン、まだこっちに来るのは早いぞ」(ハナ、テツ、くもの旧3匹組)

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