去年に続き、今年もサロベツでのロードレースに参加させていただき、結果はS3で19位でした。
<写真はKGMさん提供>
4月から仕事が忙しく、自転車に乗る時間が少なくなったことが影響しているのか、2月、3月にピークパワーを更新した勢いはどこへやら、これまでは、道新杯では完走がやっと、藻岩はやる気なく完走するのみ、エンガルクリテでは屈辱の周回遅れ、ニセコでは去年の記録を下回るという散々な今シーズンのレースリザルトでした。
それでも、S3残留の目安である30ポイントを既に獲得したことから、「DNFでもいいや」と開き直った気持ちもありました。
なんとなくコンディションが戻ってきつつあるような感覚があるものの、距離を乗っていない不安はあり、しかも去年のゴールスプリント直後の落車事故の恐怖が心の芯に残っている状態で、サロベツは遠い事もあって、どうもモチベーションが上がりませんでした。「エントリーしなければよかった。」と弱音を吐く自分に妻も「やめときなさい!」と厳しいのか優しいのかわからない反応。
稚内に生まれて初めて訪れるという楽しみもあって、なんとか重い腰を上げることができました。
去年のレースでコースはだいたいわかっているので、試走はせず、18日(土)はのんびりと11:00頃に札幌を出発。
道央自動車道から留萌へ抜けて、海岸線を北上し、およそ5時間かけて宿泊地の稚内に到着。ベッドが硬くてなかなか寝付けずに熟睡感のないまま4:45に起床。朝食を食べて、軽量化を完了(朝食を食べたら出る物はすぐに出るのが習慣です。)し、5:45頃にホテルを出発し、6:30頃にレース会場に到着。
受付を済ませ、暑くなりそうな気候のためヘルメットキャップにうんざりしながらコースを逆走してウオームアップ。
今年はS3の参加者が少なかったような気がします。
スタートは8:45。クリートを嵌めるのに手間取っている選手もいましたが、スムーズにレースはスタートしました。
特にスピードアップするわけでもなく集団は淡々と進みました。
少し登りが出てくると走力の差で少し集団が縦に伸びました。
最初の下りから交差点を左折したところでわずかに先頭と差が開きましたが、後続は離れまいとダッシュをかけて、間もなく全員がひと塊となって平坦区間を進みます。
ふと前方をみると数名が飛び出していましたので、自分が先頭に出て少しスピードアップして吸収しようとしましたが、ちょっとしたスピードアップで簡単に差が詰まったため、逃げ切れないというのが集団内での共通認識で、最大で45秒差まで集団内では逃げを容認していました。
この「逃げ」は集団の予想よりも頑張って、2周目の終盤まで逃げ続けました。敢闘賞に値する強い逃げ集団でした。
左折して登りに入ってからも逃げとの差を開き過ぎないように集団は淡々と進みました。時々、逃げとの差が開き過ぎないようにスピードアップのために先頭に出て集団を牽きました。
先頭を牽く選手はいつものように限られており、ローテーションを回すということはほとんどありませんでした。
先頭が少しスピードを緩めると、後方から中途半端に上がって集団が右に膨らんでゆく傾向があり、そのまま前に出てゆかないのはなぜなのか、いつも不思議な気がしています。
そこでとどまっていられると、後続の選手は前に蓋をされた状態になってしまい、前に出てゆけないのです。
サロベツの登りは、登りが苦手な僕でさえ遅れることが無い斜度です。
集団は登りでも大きくバラけることなく進みました。アップダウンが続く終盤ではカーブも多く落車が起きやすいので、できるだけ前へ前へ進み、ゴール前のシュミレーションとして500m手前から少しギアをかけて集団の先頭でゴール前の登りに入りましたが、けっこう頑張って踏んでいても後ろから軽くかわされるので、「これは最後のスプリントはダメだな…」と、この時点で「早がけ作戦」を決めました。
2周目も逃げは続いていましたが、平坦区間で少し差が詰まってきて、終盤のアップダウン区間で集団から少し前に出て、逃げメンバー(3名?)に追いつき、「ガンバロー!」と声をかけましたが、そのまま逃げ続けるというアクションは起こりませんでした。
自分は2ラップ目をトップ通過して写真を撮ってもらおうと少しがんばってゴール前で踏みましたが、やはり軽くかわされました。
後ろを振り返っていなかったので、3周目に入ったところで集団の人数がどれだけ減っていたのかわかりませんでしたが、ほとんどの選手は残っていたのではないでしょうか?
3周目も後半の登り始めまでは、大きな動きは無く集団は牽制状態でした。
一番長い登り区間でH野さんを含む3名ほどが先行したのが見えましたが、自分の場合、ここで頑張ってしまっては足が終わってしまうので、なんとか追いつける距離を保って追走し、少し集団から抜け出して、アップダウン区間の一番てっぺんあたりで3名をとらえました。
そのまま最後まで走り切る自信がなかったので、下りでは脚を緩めてゴール前の「早がけ」に備えました。5、6名が自分より先行していたと思いますが、早めに仕掛ける作戦通り、残り500mの看板が見えた時点では自分が先頭になっていました。
最後の100mにダッシュをかけましたが、キレがなく50mを残して一気に大集団に追い越されてしまい、完全に集中がきれてしまい、踏むのをやめて、「ちくしょー!」と言いながら流してゴールとなりました。
早がけが間違っていたとは思いません。ベストの選択でしたが、気持ちで負けていたと思います。
去年のサロベツでは、同様にゴール前で早がけして捲くられて7位に沈みましたが、最後まで粘って踏んだため、ゴール直後に他の選手と絡んで落車してしまい、右肩脱臼とろっ骨骨折を負い、1ヶ月半ほどトレーニングを休まなければなりませんでした。くしゃみをすると激痛が走り、寝返りもうてない状態で、とても辛かった経験でした。
このことが頭に残っていて、ゴール前の集団スプリントが怖かったのが、今回、ゴール前で簡単に踏むのを諦めた理由の一つです。
去年のリベンジを誓って臨んだレースでしたが、次年度に持ち越しすることになってしまいました。
レース中、知り合いの選手達と話しながら、お互いに励まし合いながら競えた事がとても楽しかったです。来年も参加したいと考えていますが、万が一、S2に昇格していたら「100km」のレースですから、自分にとっては完走も難しい厳しいレースになりそうです。