ATSUー歴女(おばさん?)のひとりごとー

見たこと・聞いたこと・ちょっと調べたこと,気ままに「My 日記」として書いています。

ソメイヨシノ(龍野)

2021-03-17 14:56:29 | 日記 地域
  ピンボケしていますが,
今日の龍野のソメイヨシノです。

今にも咲きそうなソメイヨシノの蕾がいくつかありました。

今日はいいお天気!
今,龍野では,第15回龍野ひなまつりが行われていて,(3月13日~21日)
たつの市立龍野歴史文化資料館や民家でも,お雛様が飾られていて,
散歩をしながら見ることができます。

また,「お殿様への贈り物!」と称して,
昔(「龍野惣絵図(部分);寛政10年(1798年)」)の地図を見ながら,町をめぐり,
シールを集めると,
龍野歴史文化資料館の1日入館券がもらえます。

で,今日は,ひなまつりは置いといて,
ソメイヨシノです。

龍野歴史文化資料館でおひな様他を見て,(この「他」については後日)
建物を出た時,
たまたま学芸員の方が通られました。
すれ違いざまに,
「今年は早いですね,桜」と私が話しかけました。
すると,その方は,
「ソメイヨシノですね,ここのは」
その学芸員の方は,実は,たまたま用があって,歴史文化資料館に来られた
たつの市立埋蔵文化財センターの方でした。
私が「以前,瓦の展示を見ました。」というと,
その学芸員の方は,「あれは私が担当したんです。」とのこと。
そこから,少し新宮宮内遺跡のお話を聞くことができました。

新宮宮内遺跡は弥生時代だけでなく,
縄文から平安時代の遺跡が重複して出てきているのですが,
ここでは,弥生時代が重要とのことで,
弥生時代に焦点を当てているそうです。
例えば遺跡内の木は,弥生時代にあったと思われる木を植えています。
だから,ソメイヨシノは1本もありません。
発掘から,住居の中の炭などを調査して,栗の木が使われていたことがわかり,
復元された竪穴住居の柱も栗の木などが使われています。
年代は,発掘して出てきた土器から推測します。
私は昔習った,カーボンフォーティーンによる計測のイメージがあったのですが,
それは使っていないとのことです。
あの竪穴住居も勝手にボランティアが建てたのではなく,
国にこんな形の・・・と申請し,許可を得て作られているそうです。
「すみません。お仕事でこちらに来られたのに,お話を聞いて」と私が言うと,
「いえいえ,お話するのも私の仕事ですから」と。
その後も,残される遺跡と,
網干周辺のように,道路建設の前に,発掘調査をし,その後埋められてしまう遺跡の話など・・・。

また後日,ソメイヨシノを見に龍野へ,
そして,新宮宮内遺跡を見るために新宮へぜひ行こう!と思いました。
多少記憶違いがあったらすみません。



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