見習い百姓のつぶやき

宮仕えも一段落、半農半Ⅹを本格化。農的暮らしとさまざまなⅩを悩んで、楽しんで一歩づつ。

たったひとりの卒業式

2021-03-28 21:07:51 | 教育

たった一人の卒業式は自分の誕生日!!
なんと粋な計らいなんでしょう、それもこれも学年で一人の生徒、それもこの学習センター第一号、ここまで支えて貰って、、、
今、こんな学校が存在すること自体、稀有なことだと思いますが、子どもたちを支える多様なあり方が学校に、社会に求められているのではないでしょうか。

それにしても、一人の生徒の卒業式に30人を超える大人、それも、ある意味では錚々たるフロントランナーの皆さん。
そんなことが話題になってしまう時代、と言うのも変と言えば変かもですが。
また、明蓬館高校・雲南学習センター長の佐佐木瑠美子先生、定年のお歳かもしれませんが、普通に教員の仕事とセンター長というお仕事、経済で考えると3年で738万円のマイナス。けど、得たものを換算すれば350万円のプラスだと。
こう言える佐佐木先生はスゴイ!と思うけど、人を育てるのが教育本来のありかたとすれば、この構造はかなりおかしい!?

今日卒業したハル君の高いスキルの恩恵にあずかった“いけずご王国”、そのハル君の晴れ姿、参加された皆さんへの謝辞も堂に入っていました。
彼は、3年間、枕木山の中腹の家から松江駅まで自転車、そしてバスで大東学習センターに通いましたが、3年間の自転車ん距離は7,500キロ、東京からシアトルの距離だとか。
この一点である意味他はどうでもいいくらいかも。

もう一つ、明蓬館高校には“マイプロ”という独特の学習プログラムがありますが、それは、その子の特性に合わせて生きる力を育む、今日日見かけないシステムかな?
彼の数学の授業では、“玉掛”免許取得のテキストを使って、簡易計算式を使うという実践に即した授業、これなら彼もやる気にならざるを得ない!
ある意味では至れり尽くせりかもしれませんが、少子化の時代であり後継者難の時代、その課題にじっくり取り組むマイプロ、凄いかも!

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学ぶ喜びを体得する、これ凄くないですか?

2020-03-01 20:01:29 | 教育

通信制の高校、明蓬館高校の博多サテライト校のさらに出先?のような、生徒二人の教室が大東の民家の一室にあります。
位置づけは聞いていたけど、忘れちゃいました、が、そんなことは取るに足らないこと。かな?

今日は、昨年に続いて、一年間の学びの成果の一部を発表する発表会に声をかけていただき、とても楽しみにお邪魔させていただきました。
1年生と2年生、二人の生徒の発表は、まさにこれこそが今の教育(という言葉好きじゃないけど)に一番求められていることなのかなあ?
二人の生徒は、生きるスキルを高めるカリキュラムを先生と一緒に考え、周りの温かい大人たちの力も得ながらそれに取り組んでいます。


一番印象に残ったこと、それは、大嫌いだった数学、彼は、マンツーマンの授業を通して学ぶ喜び、発見する喜びを会得した、これ、凄くないですか~!
恐らく、中学校の進路指導のままに進学したら、なかったんじゃないかな?
もう一人の女子生徒、発表が嫌だ、嫌だ、嫌だと駄々をこねながらも、元気でよく通る声で臆面もなく発表していたんだけど(^^;;


多様な子どもたちが、多様に成長できる場所があるって、とても大切だと思います。
コロナ騒動に独自路線を取った島根県、いや、あっぱれかも(*^^*)
同様に、子どもたちの多様な成長を支える場づくりにも、先駆的な取り組みを期待したいものです。

古代出雲の民は大らかだった?
発表の余韻を持ちながら、気になっていた巨石(磐座)を見に行ってみました。
足元はあまり良くなかったけど、古代出雲の原点、子作りと子孫繁栄を願ってやまない幸ノ神信仰の原型そのものがそこにありました。

この写真、やばくないですか?(^^;;
ただ、古代出雲の民はとても大らかだったのかもしれません。

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教育の魅力化って

2019-12-15 11:43:27 | 教育

一昨日の地元紙一面のコラム“明窓”、「教育の魅力化って何?」を読みながら、そうかなあ?って思った僕は脇が甘いのか、、、
隠岐島前高校から始まった島根の教育の魅力化事業、多くの魅力ある大人が関わり、僕が中学生だったら行きたくなるだろうと思えるプログラムがてんこ盛りでした。
その他にも、いくつかの事業に取り組む中山間地域の高校に足を運びましたが、それぞれに工夫を凝らし、ここで学べる子どもたちっていいよなあと思ったもの。

ここには何もない

「ここには何もない」というのは、多くの地域の多くの大人の皆さんに常套句のように語られるもっともポピュラーな言葉です。
子どもの頃から常套句を繰り返し刷り込まれて育ち、そんな大人の価値観に絡め取られたような学校教育を通り抜けていくと、自ずと“良い”大学、“良い”(安定した)就職先こそが頂点にあるような社会観、人生観が腰を据えるようになってしまう。
教育の魅力化って、実はそうした社会や人の既存の価値観を壊し、本当に人が人らしく楽しく、豊かに生きていく、そんな精神の涵養にこそあるんじゃないか。

僕は、今の教育って完全に行き詰っていて、PISAの学力調査で読解力が下がり続けていることに象徴的に表れているのではないかと感じています。
各地域で期限を区切った上での目標設定、取り組みの検証、成果の公表が不可欠だ。地元の子どもたちのための魅力化であることが大前提になる」、行政的にはもっともらしい言葉だけど、そうかあ?
ユニークな取り組みで成果を上げている現場をたくさん見てきたけど、この言葉は常に意識され、もっと大胆にシフト出来たら、もっと成果がでるんじゃないかと感じたもの。

地域の自治権を認めるって
決まり事って両刃の剣かなあ、その決まり事が細かくなればなるほど一方で息苦しくなるし、創造力が発揮し辛くなってくるように思うんだけど。
ただ、政治って、多くの市民が求めているだろうと思える社会の規範を決めるためのものだから、今の在り方が居心地良いんだよなあ。
大幅に地域の自治権を認めた治外法権的な地域を認定し、それぞれが競い合う、そんなことができると日本はもっと面白くなるんじゃないか。

そんな入り口として、島根の教育の魅力化があれば楽しいなあと夢想しました。
そんな現場で働きたい教師はたくさんいそうだし、そこで学びたい子どもや親もたくさんいるんじゃないかなあ。
タブレット配備やプログラミングを教えるより、余ほど意義ありそうに思うけど。

山の景色が変わりました
たった1週間ですが、すっかり山の色が変わりましたね。



上は今日の北山、ほとんど錦の葉が落ちました。
下は1週間前の北山、錦秋の最後。
違いがよくわからない写真ですけどね(^^;;


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PISA調査で思う読解力

2019-12-04 17:58:27 | 教育

昨日、今日、随分話題になっている「読解力」、現職だったころこの言葉をどれだけ使ったことでしょう。
ブログで、議会質問で、視察の現場や関係者との意見交換などで、そして、読解力を育む環境整備って、一生のテーマかもと考えていたのですが。

下がり続ける読解力
ニュースで報道されているのでご存じの方も多いと思いますが、経済協力開発機構(OECD)が、昨年行った国際学習到達度調査(PISA)で、わが国の子どもたちの成績は、数学知識、科学知識、では前回並みだったものの、読解力は15位、前回2015年は8位、前々回2012年は4位ですから、下がり続けているんですね。
でも、何が問題?PISA調査って、平たく言えば、15歳の子どもたちの生きる力を推し測ろうとするもの、かな?
知識は、繰り返し教え込む、競わせることで蓄積される、テストで競わせ輪切りにしていく(もちろん、全てじゃないけど)日本は得意ですね。

今までも取り上げてきたように思いますが、日本の若者は言われたことは卒なくこなすけど、自分で考えて創造していく力が弱いように思います。
それが、今回の調査でも端的に表れ、その力が一層後退してきているとしたら、これは一大事かも。

学習内容のスリム化!?
昨夜のどこかのニュースで、どこかの大学の先生が、小学校現場は授業を工夫するにしても英語が入り、今度はプログラミングまで教えなきゃならないから、そんな時間を取ることができない、学習内容をどうスリム化するかが課題とコメントしていました。
まさにそうだろうと思いますし、英語にプログラミング!!?その前に国語力や日本文化理解の深化や自分で考え、自分の意見を人に伝える読解力を深めることが必要なんじゃないかと思えてなりません。

日本って、この先大丈夫?
ブログに使える画像を検索してみたら、この本が出てきました。
算数でも、科学でも、問題を読み解く力が正答率に直結しますよね。
問題を理解できなきゃ、正解なんて導き出せない、当たり前のことなんだけど、そこに資源を投入できないなんて、この先、わが国の国力って大丈夫?

でもね、生きていくことは大概ならできる。
今の社会ですから、どんな凄惨な人生でも許容できればの話ですけどね。
それでよければ、PISA調査、ケセラセラかもしれません。

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学校はドイツの方が自由でいい

2019-11-24 20:47:02 | 教育

そうかなあ?何か勘違いしているんじゃないだろうか?
今朝になって見た昨日の地元紙の1面、「小5~中3に一人一台」。
あっ、各自にパソコンを持たせるんだそうです。

昨夜、NHK?のドイツ人が多く住む街を取材した番組の予告で、中学生くらいの男の子が「学校はドイツの方が自由でいい」と話しているシーンがとても印象的でした。
これ、とても重い言葉だと思ったのは僕一人?

振り返れば、現職時代にはITを一番理解している議員として通っていた!?
それは、松江発のRubyというプログラミング言語に着目し、ITを地域振興の柱の一つにしたいと思ったからで、義務教育現場でもその活用をと取り組んだものでしたが、今はその不明を恥じるような気分です。
もちろん、子どもたちが自由に親しむ環境を整えておくことは必要としても。

不明を恥じる~巨費を投じて全ての子どもたちに一律にという発想に危うさというか、嫌悪感を感じるようになった自分がいます。
その前に、もっと子どもたちの多様性を育む取り組みに力を入れるべきではないか。
例えば、森の幼稚園やシチェチニン先生の学校のように、自然の中での体験や生きることをテーマとした取り組みを受け入れ、サポートしたほうがいいのではないか。

わが国の政治家も官僚も、焦りの余りかなり近視眼になってるんじゃないかなあ?

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