先ごろ、韓国では合計特殊出生率が0.78となり激震が走っているが、1.26の日本だって対岸の火事ではないことを書きました。
また、我が国の2100年の人口推計についても書いたことがあったと思います。
2100年における人口推計のおさらいですが、高位推計6400万人、中位推計4770万人、低位推計では3770万人、中位推計でも現在より7500万人減ることになります。
ただ、関ケ原の合戦のあった時代には1200万人、明治維新当時は3300万人だったそうですから、そう驚くことではないかもしれませんが、、、
内田樹氏は、これからの社会について、限界集落に行政コストをかけるのは「金をどぶに捨てるようなもの」という言説が行き交うようになり、里山は無住地化し、人々は地方の中核都市に集住させられるようになる」とし、、
でも、人口減が止まらない以上、そこもまた「過疎の都市」という逆説的な存在になる。
「過疎地に行政コストはかけられない」というルールで始まった以上、地方の中核都市も捨てられるほかなく、気が付けば、都市部しか人の住める場所はなくなる。と。
カムの宿がぽつんと一軒家?
カムの宿のある新庄では、カムの宿がぽつんと一軒家になり、松江市内にもぽつんと一軒家が何所帯か、僅かに人が住んでいるかも、って感じでしょうか。
電気や水道ガス、病院や学校、マーケットなどの社会共通資本存続に振り向ける原資が枯渇するので、“選択と集中”だとどぶに金は捨てられなくなる。
今の“ぽつんと一軒家”は、電気は来ているし、道路が流されれば災害復旧工事で直されますけど、それは当然できなくなるでしょうかね?
てなことをついつい考えてしまいましたが、さて、人の叡智はそういう悲観を凌駕していけるのか?
考古学的には、全てを共有できるコミュニティは150人までと言われていますが、地方に暮らし続けるには、寛容性や成熟性が不可欠かもしれません。
内田樹は、政官財は前述のようなシナリオで合意ができているだろうと書いています。
聞いたことがないけれど、果たして、政治や行政はそういう時代へのロードマップをどう描いているのでしょうね?
お借りした本が想像以上!読み始めてすぐに自分の本でと本屋に走り、、、
ついでに、久しぶりに内田樹の本を買い求めました。
やはり、買い求めて良かった!と一気に読み終えました。
相槌を打つところ、これは同意しかねるなそれぞれありますが、そういうことなのか!と自分の中で妙に腑に落ちるところがあり、それだけでも十二分の価値がありました。
そして、今日読み始めた内田樹、ええ~~!橋本治、亡くなったんだ、それも3年も前に。特にエッセー、考え方が好きだったんですよね。
読み進めると、人の文章を読む時には、「批評的でありながら礼儀正しい言葉づかいができる」かどうかを基準に採るようにしている、と書かれています。
ここに過敏なくらいに反応してしまいました。
俯瞰的だけど対極?
というのは、最近読む本は、記紀以外に記録が残されていない古代の姿を考察した歴史本ですが、歴史家や考古学者などの専門家は、俯瞰的に歴史を語ることが必要ではと思ってきましたが、本命本は俯瞰的に見ようとする意識が伝わってきます。
先日、同じような視点を持って書かれた別の本は、とても共感できる内容でしたが、多くの専門家の所見を実名を挙げながらぶった切り、いつでも受けて立ちますよと嘯く、僕的にはちょっと品性が、、、
この2冊の本のスタンスは似ていますが、「批評的でありながら礼儀正しい言葉づかいができる」という点で対極か?
情報提供してもらったときに結論は最後に纏められた5項目と聞き、正直、余り期待せずに読み始めた「古代出雲王国考」ですが、その結論を読んでしばらくして、そうか!今まで時系列に縛られていて、ストンと落ちなかったんだ!と。
著者は出雲出身で読売の記者をしていた木佐芳男氏、「全編にスクープをちりばめた本を書きたかった」と帯に書かれているように、僕にはとても斬新な視点が集められていると思えました。
スサノオのオロチ退治とは
それは、副題にもある“オロチ退治”、著者は、スサノオのオロチ退治は、大国主の出雲国を滅ぼしたことだと結論付けています。
今までは、時系列や細かい(でもとても大切)ことに捉われて、それしかないかなあと思いながらも腑に落ちていませんでした。
時系列を外すという言葉に何度も触れ、俯瞰的に見るとそれしかないと。
それは、三輪山の巫女だったモモソ姫は赤い箸でホトを突いて亡くなるという神話がありますが、それは蛇神だった大物主がバカにされたと思ったからなんですね。
また、大国主は大己貴神とも呼ばれますが、己は蛇、他にもさまざまな形で蛇神に比定されています。
スサノオって誰?何のこと?がわかると、パズルの解はもっとわかりやすいかも。
まさか!?
蛇に睨まれたわけではなかった(1000%の確信ではありませんが)と思います。
きっと、欲をかいたからだと思いますが、三脚から落下して腰を強打😢😢
1週間経ってやっとPCを開きました。
その前には日本髪イベントがあって出張。
久しぶりのブログです。
ただ、病院こそ行かなかったものの体調はかなり悪いかな?
ヒーラーの方や鍼灸師の方の施術を何度も受けることができたので、最初と比べると噓のようです。
それと、ベッド、歩行器、サイドテーブルの神器が揃い、QOLは格段に向上。
後は、薄皮を剥ぐように回復あるのみ(*^^*)
なぜ「蛇」?
そうそう、なぜ“蛇”が??ですが、横になりながら読み終わった吉野裕子著「蛇」、なぜ、古代から龍蛇信仰だったのか?その系譜や現在の姿を知りたかったからですが、引き込まれる面白さと説得力、で、まさか!?
蛇その他の爬虫類に人類が抱き続けてきた崇拝と嫌悪、あるいは畏怖は、それは人類の遠祖であるとともに、最も恐ろしい敵であったから、、、
縄文から古墳時代、熱烈に崇拝された“蛇”。
『常陸の国風土記』には、筑波の山の神に「公認」、むしろ「すべし」とされた「カカシ」という行事が書かれていると。
いやはや、激しい!!!というか、凄まじい!
弥生期に銅鐸祭祀から銅鏡祭祀に変わったが、この銅鏡って、そういう意味があったんだ!そしてそれは、鏡餅にも受け継がれ今に至っている、その意識はないけれど。
そんな「カカシ」や銅鏡などの話、またの機会に。
えっ!!今頃になってどうすんの~~💦💦
今年のカボチャの種だと思うのですが、己生え、芽を出して、、という写メはUPしていましたが、どんどん伸びて近くの木によじ登り、、、
しかも、実を生らしています(^^;; 今頃からどうすんの!?です💦
スイカも何本か苗ができていますが、流石にこれは!ですよね。
その下では、ヤブツルアズキの鞘がそろそろ収穫だよ!って教えてくれています。
そうか~!まだ花が付いているけどもうそろそろだ!
完熟すると鞘がすぐ弾けるので、収穫時期って少しづつ少しづつ色づいた鞘の物を収穫する感じ。
結構、根気のいる仕事ですが、だからこそ、機能性が高いのかも(*^^*)
驚くような発見がありますが、自然界の営み・循環は凄い!いや、凄すぎるかも。
先日の中秋の月があまりにも奇麗だったから、という訳ではありませんが、、、
あの中秋の月に合わせるように、リフレインされつい口ずさむ童謡があります。
しょう しょう しょうじょうじ しょうじょうじのにわは
ツ ツ つきよだ みんなでて こいこいこい
おいらのともだちァ ぽんぽこ ぽんの ぽん
ご存じですか?「證城寺の狸囃子」
若い皆さんや子どもたちは学校で習ったかなあ?
過日、高速道路のSAで衝動買いした「懐かしの洋楽 S盤アワー」という3枚組のCDに、「ショー・ジョー・ジ」という曲が収録されていて(*^^*)
これが「證城寺の狸囃子」のリメイク?で、一部だけ日本語ですが何とも味があり、耳の奥に残ってしまったようです。
口ずさんでみるけど、全部の歌詞が思い出せなくてググって、あっ、そうだった!でも、この歌詞の意味って?何で和尚さんに負けるななの?
調べてみると~ネットって便利~、木更津市の證誠寺に伝わる「狸囃子伝説」に着想を得て野口雨情が作詞したものだとか。
「しょうじょうじ」って実際あるんですね。
ただ、いろいろあってお寺の漢字が変えられているんですね、いつの時代も難しい方がいらっしゃるってこと?
それよりも、ちょっと悲しい伝説のようで、和尚さんと競争した狸の大将はお腹を叩きすぎてお腹が破れた!お月見をしながら明るく歌うのがいいかも。
印象的でステキな歌もYoutubeにUPされているので、月を愛でながらいかがですか?
初マコモダケ
早いのか遅いのか?よくわかりませんが、今年もマコモダケ!
全体に小ぶりですが、これから大きくなるのかなあ?
まずは、田んぼを勝手に使っていいよと貸して下さっているご近所に。
実りの秋、嬉しいですよね。