先日、地元紙に元島根県知事・溝口善兵衛さんが鬼籍に入られたと報道されていました。
その記事には、子どもたちで賑わう揖屋小学校図書館を溝口知事が視察している写真が。
僕の議員時代のライフワークの一つが学校図書館。
千葉県市川市の小学校図書館での授業を見せていただき、子どもたちの瞳がキラキラと輝く様子に驚きました。
帰って県内の学校の授業の様子を見て、子どもたちの様子が大きく違うことに衝撃を受けました。
子どもたちの瞳を輝かせたい
あの市川の子どもたちのような授業を受けさせてあげたいと各地への視察を繰り返し、議会の度ごとと言っていいほど議会で取り上げました。
ある時、知事に、是非学校図書館での子どもたちの様子を見て欲しいとお願いしたところ、毎朝子どもたちで賑わう市内の小学校に出かけてくださいました。
それからです、県の直接の所掌でもない義務教育学校図書館への人配置に取り組んでいただいたのは。
そのお陰で、どれだけの子どもたちの瞳が輝いたかと思うと、善兵衛さんには、感謝しても感謝しても仕切れるものではありません。
僕自身も、全国の300を超える学校図書館と活用した授業の様子を視察し、向上策などを提案させていただいたことは、議員時代の一番の思い出です。
溝口善兵衛さん、本当にありがとうございました。
安らかにお眠りください、そして、またいつか、素敵な仕事でご一緒できたら、、、
うわぁ~~、懐かしい!
そして、今も続いていることがとても嬉しく思えました。
今日、県立図書館に行き、普段目にとめることがないのに、たまたま張り出してあるポスターを見るていると、最後にビブリオバトルの文字。
それは、「全国高等学校ビブリオバトル2023島根県大会」の案内ポスターでした。
現職時代、学生たちのビブリオバトルや高校生のビブリオバトルを仕掛けて開催したり、全国大会に京都大学や東京などに足を運んだ記憶がよみがえりました。
??ビブリオバトルって?
どこでも手軽に楽しめる書評ゲームで、2007年、京都大学の大学院生が、輪読会で読む本は自分たちで決めようと考案したんですね。
「人を通して本を知る、本を通して人を知る」のキャッチフレーズの通り、思いがけない本に出会うことができると同時に、参加者についても知ることができる。
必要なものは、本、5分のプレゼン時間と2,3分の質疑応答時間を測る時計だけ。ルールは簡単。
ホームページを見てみると、今年の県大会参加校は12校、島根県の発祥は僕の母校の松江南校だったはずで、南校の名もあって、やってるね!
ただ、松江市の普通高校の東と北の名前がなかったのは寂しいなあ、と。
先生だったり、図書館司書がその気になって取り組まないとできない仕組みなので、ぜひ、再びトライして欲しいものです。
ポスターの画像、大きな画像にリンクが張ってあるので、ご覧ください。
そういえば、10年ほど前だったかなあ?古事記1300年で列島が随分盛り上がりましたね。
今日の地元紙に、「人麻呂没後1300年でイベント」というローカル記事が掲載されていました。
人麻呂、島根県の益田が生んだ不世出の歌人、“歌聖”とも言われている柿本人麻呂、島根県人でも僕を含めて余り意識したことないですよね。
新聞には、持統天皇に重用されたが、権力闘争に巻き込まれて宮廷を去り、最後は益田で亡くなったと言われているとありました。
その人麻呂、ほぼそういう角度で言われていることはないと思いますが、天武天皇のご落胤で、古事記の実質上の作者と言うか、編者と言うか、、、
出雲に伝わる口伝をベースに、人麻呂の歌を読み解き、人麻呂の生涯も書いた本では、歌の才が認められて持統天皇に重用されたが、古事記編纂の全容を知っていることと、ついつい本音を歌にしてしまう率直さが災いしてか、左遷や遠流の憂き目に遭い、愛する女性たちとも断腸の別れを重ねたという人麻呂像が語られています。
どうあれ、郷土が生んだ歴史に名を刻む偉人、鎮魂の祈りを捧げたいものです。
本を読もうと思っても読めない
という記事を読み、今読んでいる本に書かれていることがやけにリンク。
それは、言語学者の大野晋氏の「戦後の教育漢字改革で教える漢字を881字と決めた。それしか基礎を持たないと、大学に行って本を読もうと思っても読めないのです」との言葉。
そりゃあ、万葉集や記紀の歌を理解することや、敷衍して人麻呂の生涯を知ろうとすることってあり得ないよなあ、、、
一昨日、ブログに「本屋は文化?」と書きましたが、ネットの利便性や語学力からも面倒な本は手に取らなくなるよなあ(><)
本屋って、まさに文化の象徴のように感じていて、後退感の否めない今の本屋業界の姿は、日本の庶民文化の行く末を暗示しているように感じられます。
本が売れなくなると、図書館機能だって先細り、本好きにはちょっぴり寂しい。
「記紀」編纂を総括したのは藤原不比等と言われていますが、帝紀編纂というにはあまりに作為が多く、どう真実の古代史を見極めるのか、百家争鳴の感です。
そういう意味では、藤原不比等の罪はあまりにも大きいと言わなければなりません、、、
が、そのお陰もあって?活躍でき、国民を楽しませもできる人たちも数多。
そんな一冊、高山貴久子著「姫神の来歴」には、そうか!そんな見方もありかとちょっぴり感動。
ヤマタノオロチ伝説の真実とは?
我々にはとても馴染みのある“ヤマタノオロチ伝説”、記紀に書かれ、地元でもさまざまな伝承が残っているのに、「出雲の国風土記」には登場しない。
そうなんだ!と思うと同時に、著者の奇想天外とも思える説に説得力があるのは、それによるところが大きい。
その奇想天外とも思える説は、ヤマタノオロチを退治し 櫛名田比売を娶った素戔嗚尊というストーリー、実は、、、
高山説は、ヤマタノオロチは大国主命で、素戔嗚尊が大国主を攻め滅ぼし、正妃を自分の妃にしたというもの。
奇想天外!?
奇想天外!とも思えますが、実は出雲に残る口伝では、大国主は、素戔嗚尊に比定される徐福の命令で、猪目洞窟に幽閉されて枯れ死しているというのです。
そして、出雲の国風土記を残した出雲臣果安は大国主幽閉に手を下したホヒ・タケヒナドリ親子の子孫なんだそう。
そりゃあ、出雲の国風土記にヤマタノオロチ伝説は書けないかもねえ。
不比等さんが正史を残すよう舵取りをしておけば、百家争鳴、例えば高山さんのような説は出てこなかったのかもですが、、、
天照大神とはどんな姫神だったのかについても、10年以上に及ぶ現地調査を踏まえた考察はとても面白い。
2013年4月発刊されていますが、著者の高山さんは直前に急逝されています。
お元気であれば、次にどんな本を手掛けられたのか、、、
とても残念!
3回目を読んでいた本がありましたが、バッグに入れるとパンパン。
で、手ごろな本を買って当座を凌ごうと、古本屋で手に取った須田努著「幕末社会」。
読み飽きるようなら途中で投げてもいいかなと開きましたが、、、
これが、なかなか途中で投げられないで、ついつい最後まで読み終えました。
激動の幕末期30年間を歴史的事実を簡単に抑えながら、なぜ幕藩体制は崩れたのか、誰が壊したのかを、特に、在地社会の個性ある個々に光を当てて描かれていて、とても興味深く読みました。
そこには、みずから動きだす百姓、自己主張を始める若者、新たな生き方を模索する女性など、活き活きと描かれています。
ただ、それはごく一部の地域、ごく一部の人たちであり、多くの民は薄っすらとした不安を持ちながらも懸命に日常を送っていたようです。
紹介された何人かの女性たちの中に、平田国学を学び、和歌に長じた伊那谷の松尾多勢子が取り上げられています。
彼女の肖像画が掲載されていますが、お茶目なおばあちゃん。
交通の要衝でもあった伊那谷は、平田国学もあって豊かな地域文化を形成し、地域としても独特な生き方をしていたようですが、そのネットワークの中核に多勢子さんもいたと。
地域からも社会に大きな役割を果たす女性が生まれてきた時代だったようですね。
著者は、おわりにの中で「わたしは、彼ら・彼女らの行動と思考を丹念に解きほぐし、現地を訪れ、その“空気”を感じようと努めた」と書いています。
現地を訪れ、その空気を感じる、歴史を学び、考える上で最も大切なことですね。