水やりせねば!!ある種強迫観念のように、東出雲の畑に少なくとも3週間ぶり以上に(^^;;
着いてびっくり、水やりもだけど、この雑草、どうしたもんじゃろね~~(><
大豆を植えた畑は、大豆の勢いが凄くてこりゃ心配いらんわだけど、サツマイモの畑は、完全に雑草に埋まっています(><
水が心配だった大豆畑、スコップを立ててみるとこれならもう数日は十分大丈夫そう、ということでパス。
種が落ちて自生したニンジンの種、もう少ししたら採取できそうで、この夏はワクワク自然農園で育てる3年目のニンジンの播種ができそうで、もっと美味しいニンジンができる!?
嬉しい夕立、明日からも厳しい夏 肝心の水やり、東出雲はパスと決めましたが、西津田の畑は里芋とヤブツルアズキ、どっちも水が好きなんだよなあ、、、
だけど、昨日積み込んだ水タンクへの給水、当てにしていた配水設備からホースへの接続金具がなかった!ということで、取り合えずあきらめて帰ってきたら、降りそうで降らない空から超嬉しい夕立!!どれだけの足しになるかわかりませんが、まさに恵みの雨。
明日からの週間予報は晴れマーク続き、気温も33℃から34℃、今年も厳しい夏ですね。
それにしても、この雑草の逞しきこと、人もこうありたいものです。
ちょっと所用で大分に行く予定です。
ということと暫らく雨もなさそうだということで、ポンプの調子確認もあり年初めての畑の水やり。
その前には草刈り機で畑の雑草の手入れでしたが、ホケ清君の独演会を聞きながら。
終ってシャワーを浴び、一杯始めるとねこしゃんたちの大喧噪、何とも賑やかな新庄です。
学校図書館活用教育って!
なぜか?草刈り機を回し、水遣りしながら思い浮かんだのは昨日のブログへのマオさんのコメントと、現職の時代に長年取り組んできた学校図書館活用教育。
その中で、今でも忘れられない授業風景が幾つかありますが、一番印象に残っているのは揖屋小学校の学校図書館を活用したお客さんのいない授業の光景です。
それは4年生の授業だったと思いますが、一瞬もじっとしていられない多動の児童に注目していると、授業が3/4も過ぎた頃、ちゃんと椅子に座って授業に参加、こんな授業ができるんだ!と。
もう一つ、県内のある小学校の5年生、全く授業に参加できない男の子が、ある日大きな松ぼっくりを拾って図書館にやってきて、「これ何?」と司書に聞いた。
司書は、一冊の図鑑を取り出してその子の前に置くと、その子は1頁目から丹念に広げて調べ始め、やがてその松ぼっくりと木の写真に行き当たるんですね。
以来、その子は学校図書館にさまざまなものを持ち込んでは調べるようになった。
「学び方」を学ぶ
現職の時代に、学校図書館活用教育の充実と推進に突き動かしたのはこうしたことがあったから。
それを思い起こさせたのは、「下流志向」でちょうど読んでいたのが「『学び方』を学ぶ」という節だったからなんですね。
「『学び方』を学ぶ」って、学ぶにおいての一番のポイントで、学び方さえ手に入れてしまえば、どんなことにだって容易に取り組めるものですよね。
ただ、苅谷剛彦の言う業績主義的な価値が優先する学校では至難なことだろうと思えます。
相手は、消費主体として即物的な等価交換概念に支配されてしまった子どもたちですから。
しかも、家庭やコミュニティにその子へのコミットメント力が極めて脆弱だとしたら、、、
意味不明がたくさんあるかもしれませんね。
知りたいと思う方は「下流志向」をご一読ください。
そうは思っていたけど、本当に、本当にこういう状況にあるのか?
改めて考えさせられています。
内田樹の講演録を読んでいて、読んだような気がするけどなあ、にしても、読まなきゃ!と。
ネットで注文する一歩手前で、それでもと本棚を見てみると、ちゃんとありました。
付箋がいっぱい貼ってあり、おまけにマーカーで線も引いている、それでも記憶には超薄い(^^;;
韓国の先生が激しく同意
どうしてか、内田樹の本って、韓国でたくさん翻訳されている、しかもどこの国より多い。
韓国から何人かの教師が会いたいと訪ねてきた、それは、まだ翻訳されていないこの本を読んで、韓国の状況とあまりにもよく似ている、そういうことだったのか!と激しく同意していてもたってもいられずに。
それがこの「下流指向~学ばない子供たち 働かない若者たち」。 半分ほど読んだところですが、恐らく、読み終わったらもう一度読み始めるんだろうなあ。
学びからの逃走が自己有能感
今日、最後に読んだところ、学力低下は「努力の成果」という節何ですが、激しく頷き、激しく動揺させられます。
この節では、苅谷剛彦のデータから指摘した考察を引用しています。
比較的低い階層出身のの日本の生徒たちは、学校での成功を否定し、将来よりも現在に向かうことで、自己の有能感を高め、自己を肯定する術を身につけている。低い階層の生徒たちは学校の業績主義的な価値から離脱することで「自分自身にいい感じをもつ」ようになっている。
この引用の後、一定数の子どもたちが学びを放棄し、学びから逃走することから自己有能感や達成感を得ているということになると(そして、その数が増えつつあるとすると)、それは教育技術やカリキュラムの改定といったテクニカルなレベルでは解決できることではありません。社会の在り方全体についての身を抉るような考察を通じてしか、この道は見えてこないでしょう。と。
自己責任の言葉のもと
今の教育制度は完全に行き詰っているのではないか、そう感じてきましたが、この本を改めて読み始めてその思いを新たにしています。
読み始めて数日後、親しくしている先生にぜひこの本を読んで欲しい、そして、関心ある皆さんと話す場を持ちたいと電話をしました。
現場の先生たちの疲弊感、まさにこのことなんじゃないかと。
こうした子どもたちは、自己責任の言葉のもと、最下層に固定化することになるんでしょうね。
リスクヘッジできるセーフティーネットの喪失した社会の中で、、、
知人から、船でアジ釣りしませんか?との誘いに喜び勇んで出かけました。
小さい胸を期待で一杯に膨らませて、大根島へ。
大根島から船釣りに出るのは初めて、まして中海で船釣りするなんて、露ほども考えたことがありませんでした。
風はほぼないに等しい微風、鏡のような水面、そして、曇り予報だったのにピーカン。
船が止まったとたんに噴き出る汗。
ただ、仕掛けを降ろし始めて3投目だったか、柔らかい竿だったので、強~い引き。
聞いてたよりも大きめサイズで20㎝を少しオーバーする大きさ。
入れ食いに近い釣れ方、ってことで噴き出る汗もなんのその、あっという間の2時間弱で納竿。
新庄に帰って早速お刺身。
体高も高く、銀白色の鯵って本当にうま~~い!
今日の釣果はと、外道の良型サイズのキス!とエノハを入れて30匹!
ご馳走様~~~(*^^*)
20匹ほどは、背開きにして一夜干し。
蒸し暑くて風もないけど、美味しいのができるかなあ。
昨日、WBSの「白熱!ランキング」トレンド料理ワードでROWSONの「悪魔のおにぎり」が登場していましたが、これ、本当にすごいなあ!やっぱりそういうことなんだ!って。
「粗食のすすめ」の幕内秀夫さんは、“ドラッグ食”という造語をつくり、もはや「食」は「ドラッグ」となったとしています。
ハンバーガー、カップ麺、菓子パン、スイーツ、清涼飲料水・・・。蔓延する「ドラッグ食」が私たちの心と身体を狂わせている、なぜ、「やめられない」のか、食依存から抜け出すには、、、と書いています。
幕内さんは、食のドラッグ化の要因は、油と砂糖だと喝破していますが、発売してあっという間に4600万個も売れたという「悪魔のおにぎり」、まさにそれなんですね。
商品開発の担当者は、インタビューに答えて、また食べたくなるおにぎりを目指して最適な油と砂糖の量にしていますと、このおにぎりの味に依存してしまうよう商品開発をしているんですね。
WHOは清涼飲料水の販売をさせないよう各国に働きかけていると聞いていますが、清涼飲料水メーカーは、清涼飲料水に依存するよう極限まで砂糖の量を増やしているんだとか。
ドラッグのようにやめられなくなる食って、メーカーは絶対に目指さなければならないところなんでしょうね。
あっ、なぜドラッグ化した食はやばいのか?こういう食って生活習慣病への直道何ですよね。
「悪魔のおにぎり」、そのものずばり、なんともすごいネーミングだよなあ。