さあ~てと 帯しめましょか。

人生、山あり谷あり
向かうはわが身の置き場所よ。
帯締め、気を染め、往きましょか・・・  ~part 2~   

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タンジブル・ビッツ?

2009年08月07日 10時29分00秒 | 環境・科学・生活

石井 裕(Hiroshi ISHII):MIT Media Lab., Part1 of 2

 

39歳でMIT教授!タンジブル・ビッツを生んだ石井裕

 http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=000789 

形のない情報を直接手に触れる(タンジブル)ことによって、

より実態感のある表現ができる。

(物理的な接触を重視したユーザインタフェース)

この間TVでみたものは、

カメラの組み込まれた筒(筆のようになったもの)を

筆代わりにして画像(情報)を取り込み、それを即、

コンピューターにあらわすことができる凄いものでした。

動くものでもそのまま取り込めるんですよ!

瞬きしている目なども、それをモチーフにして絵が描けてビックリ!

見たこともないようなアートが描けそうでした。

 

クリアボード」からはじまり、「ミュージックボトル

 「タンジブル防災シミュレータ」などいろいろな方面での

使い道が広がっています。

 

 

 

「人間的なぬくもりや感動を伝える情報の中身は何なのか」

デジタルの世界に欠けているもの。

それが今の研究の思想につながっていったんです。

学生時代から好きだった宮沢賢治の『永訣の朝』。

日本を出る前、そのしみだらけの肉筆原稿を見て、

彼の体の痕跡や苦悩のプロセスを感じ、衝撃を受けた。

「何かのプレッシャーがなければ、必死さは生まれない」

「飽食の時代で恵まれすぎていることは、意外に不幸なこと」

「人生は長くない、だから急ぐ」

と石井教授 はおっしゃっています。

 

どんなに世の中デジタル化が進んでも

人間的なぬくもりや感動を与えるものが、

我々人間には欠かせないものだなあとつくづく思います。

 


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