NHK教育テレビを見ていたら、トルコのノーベル賞作家オルファン・パンクさん(うろ覚えで正確な名前が思い出せない)と大江健三郎さんが同朋大学講堂で対談をしていた。
オルファンさんがこういう趣旨の発言をしたのが耳に残った。彼は若い頃ずっと絵描きになろうとして絵を描いていて、急に小説に転向をしたらしい。
「絵を描いていると指先に<わたし以外の力>のようなものが動いてきてそれがわたしに絵を描かせます。その力に打ち任せていればいいのです。小説も文章でやはり描きますが、そのときにもまた指先に<わたし以外の力>のようなものが働いてきてわたしはそれに従っているのです」と。
彼をして描かせよう描かせようとしているその<力>とはいったい何者なのか? しかし、暮風もそれをときおり感じるのだ。感じるのだ。科学的には説明ができないのだけど、たしかに感じるのだ。やさしく厳かに背中を押していてくれる慈悲者の存在、何処かへ導こうとしている叡智者の存在を感じるのだ。
オルファンさんがこういう趣旨の発言をしたのが耳に残った。彼は若い頃ずっと絵描きになろうとして絵を描いていて、急に小説に転向をしたらしい。
「絵を描いていると指先に<わたし以外の力>のようなものが動いてきてそれがわたしに絵を描かせます。その力に打ち任せていればいいのです。小説も文章でやはり描きますが、そのときにもまた指先に<わたし以外の力>のようなものが働いてきてわたしはそれに従っているのです」と。
彼をして描かせよう描かせようとしているその<力>とはいったい何者なのか? しかし、暮風もそれをときおり感じるのだ。感じるのだ。科学的には説明ができないのだけど、たしかに感じるのだ。やさしく厳かに背中を押していてくれる慈悲者の存在、何処かへ導こうとしている叡智者の存在を感じるのだ。