<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

競馬中継を見る

2015年05月31日 15時28分13秒 | Weblog

NHKテレビで競馬第82回皐月賞日本ダービーを見ています。まだ始まっていません。3時40分のスタートです。18頭のサラブレットが走ります。美しい体型をした馬ばかりです。さぶろうは初めて観戦します。もちろん馬券を買ったことなどはありません。出発前の馬が緊張をしているのが分かります。1番人気はドウラメンテです。2400mを駈けます。場所は東京競馬場です。12万人の観客が集まっています。割れんばかりの拍手が上がりました。ゲートに入りました。気性の荒い馬もいるようです。

あっという間に試合が終了しました。1番人気のドラメンテが新記録で優勝しました。ジョッキーは外国人ミルコデムーロ(36才)です。

さぶろうが競馬中継を見るのは珍しいことでした。いや、これが初めてだったのです。名馬中の名馬を見ることができました。お金がたくさん動いたことでしょう。

さあ、16時になりました。日が傾いてきたようです。風も出ています。痛い足を引きずって外に出ます。黒いトーモロコシを4株と赤いピーマン4株を買ってきています。これを畑に植え付けます。

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今朝花菖蒲が咲きました

2015年05月31日 10時14分35秒 | Weblog

しばらく神様とお話をしようよ。そうしようね。さぶろうは、そこで、目を閉じました。神様はさぶろうの胸の内側におられたからでした。「庭に今朝花菖蒲が咲きました。空色の美しい花菖蒲でした。たしかにこれを見ました。有り難うございました」さぶろうはお礼を言いました。神様は「そりゃよかった。よかったよかった」とお返しになりました。話はそれだけですみました。ほんとうはもっとあれこれ、生きている間のあれこれを話したかったのですが、話すこと話すこと全部がお礼になってしまいそうでした。花菖蒲の一を聞いて十を知るのが神様です。神様の目を見てこころが通じ合ったという一コマでもう十分な嬉しさでした。

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そっかあ

2015年05月31日 10時09分52秒 | Weblog

腹が減ったなあ。朝ご飯はパン一切れとメロン2口だったからなあ。

死んだら腹は減らないよ。腹が減るのは今のうちだけなんだよ。そっかあ。そうだったんだあ。

 

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延期されることが何度かあった

2015年05月31日 09時46分22秒 | Weblog

誰だってもうすぐ死ぬんです。まあ、早い遅いはありますけど。

死なないようにはできないかい? 蜘蛛のごろすけが聞きました。

誰に聞いたのか。ジョロウグモというお婆の蜘蛛に聞いたのです。

できないこともありません。できますできます。ジョロウグモはそう言いました。ごろすけの顔がぱっと明るくなりました。

ただし、これも期限付きだけど。ジョロウグモはぽつりと言いました。悲しそうに言いました。

こうやって何度も祈る度に、その分だけは死ぬのが延期されることもある、というのです。いや、誰もが何度かこうやって延長されて来ているけれど、それを確かめていないと説明をしました。

自分もそうやって、なんどか儲かったことがあったかもしれないと、ごろすけは思いました。

誰だって死ぬんです。早い遅いの違いはありますけど。ジョロウグモのお婆はもう一度噛みしめるように言いました。

お婆は病気をしています。それで死ぬのが気にかかっているようです。

お婆は、しかし、今回は祈るのを止めにしようと思っているようです。度重なる我が儘を神様に聞いて貰うことに少し嫌気がさしかけていたのでした。

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雷神の詩の朗読

2015年05月31日 09時04分31秒 | Weblog

おい/さぶろうが呼び止められました/朗読に適した詩を所望だ/声に出して読む詩だ/読んだら/明るくなれるのがいい/どうだ/書けるか/空が言いました/正確に言えば/空の雲をねぐらとしている/雷神です/雷神仲間で/学芸会を催すことになって/この雷神は/音楽の音符が読めないので/独唱をするのはやめることにしました/代わって/短い時間ですむ詩の朗読を思い立ったのでした/

阿吽という名を持った雷神でした/さぶろうは/躊躇しました/雷神が空で読みあげるような/凜々しい詩を/書ける自信がわいてきません/彼は口ごもっていました/雷神「阿吽」がもう一度/今度はもっと大きな声で/怒鳴るように言いました/おい/さぶろう/詩を所望だ/おまへが日頃/詩を書いていることくらい知っているのだぞ/嫌とは言わさないぞ/阿吽は畳み込むように言いました/

げっげ/げっげ/げるばげるりば/げっちんちん/雨蛙は雨が好き/雨を降らせてくれるのは/へ/誰だ/誰だと思う/そりゃ/お空の上の/雷さんだ/げっげ/げらげら/げっちんちん/雷さんもおねしょする/げらげら笑ってあげようか/

そこまで続けたら/雷さんが/おれは/おねしょはしない/小さい頃にはしたけどな/と言いました/それで/そこはこう書き換えを命じられました/雲のお慈悲で雨が降る/雷神らしいことを言いました/

雲のお慈悲のその元を/さぶろうが/尋ねると/雷神阿吽はこう言いました/雲の上にはまた雲があって/その雲の上の雲にも/お慈悲があって/それで雨が降る/

じゃ/その雲の上の雲のお慈悲の/その元は/と尋ねると/雷神は答えました/次から次に雲が重なってできていて/百重千重万重の/お慈悲がある/さぶろうは/これは面白いと思いました/

お慈悲が無限に重なって/それで雨が地上に降って来て/雨蛙が泣くのだ/げげとろとんとん/げっとんとん/鳴かずに泣くのだ/げっとんとん/最後の方にこう付け加えて詩を終わりました/

雷神仲間の学芸会は東の大空で開催されます。梅雨になる前に決行されるそうです/雷神阿吽の詩の朗読が、明るい大きな声で、どうかうまく行きますように。

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公民館図書館

2015年05月31日 08時51分48秒 | Weblog

公民館図書館は毎週土曜日に開館しています。貸し出しをしているのは公民館館長夫人です。老人クラブの人たちは移り変わりで手伝いをしています。それで図書室になっている4畳半はお喋りで賑わっています。さぶろうはここへ昨日本を借りに行きました。そして津本陽著「無量の光」上下2巻を借りて来ました。副題が「親鸞聖人の生涯」となっています。それを読み始めました。さぶろうは速読が苦手です。いい風に言えば、文章を味わうのが好きだからです。ですから読み終えるには相当の日数が必要になります。図書館でさぶろうはそこにお出でになっている人たちに「南瓜の苗をお分けしますよ。欲しい方はおられませんか」と呼びかけてみました。2株の注文がありました。すぐに引き返して、南瓜の苗を移植鏝を使って掘り上げ、丸い鉢に移し替えました。そしてまた図書館へ行き、お分けしました。もちろん無料です。この南瓜は昨年食べたおいしい南瓜の種を保存していて、蒔き付けたものです。まだあと10株ほども残っています。南瓜は蔓が這い回るので広い場所が必要です。

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青大将 その4回目

2015年05月31日 08時31分03秒 | Weblog

白壁をよじ登っていく青大将の腹には魚のような鱗があって、鱗には吸盤があって、これをうまく使う。やっと屋根に届いた。雀たちは騒ぎ出す。飛び上がって騒ぎ出す。青大将の口の中には小雀が乗っている。なにしろ天敵の登場だから騒ぐのも無理はない。被害が自分たちにも及ぶかも知れない。この屋根を長屋にして棲んでいる雀たちにはまだ飛び立てない小雀も居る。これから孵化させようとしている卵もある。長屋は雀たちの悲痛な叫びとなった。青大将は長屋(屋根の中に幾つもの巣があって家族が居るから長屋と称している)の中程まで進んでそこに口の中に乗せて運んで来た小雀を下ろした。翼に毛が生えそろっていないその小雀はよろけるようにして母雀のところへ向かった。母雀も母雀である。堂々の貫禄ではないか。蛇に向かい合って退かなかったのである。長屋の雀たちは一斉に拍手を送った。何を勘違いしたのか、青大将はそれが自分の善意を理解してくれた拍手だと思って嬉しくなり、身をよじらせて恥じらいを見せた。もう一度繰り返すが、十把一絡げには行かないのである。蛇であればみんな恐ろしいという理解はまちがいなのだ。蛇であればみんな生き物を喰って殺してしまうという定理は成り立たないのだ。この青大将は無駄な殺生をしないという覚悟をしている蛇であった。雀たちはやっとこの蛇のやったことを理解した。そして恐怖した分の数倍も明るくなった。囀り合った。この事件を多くの仲間たちにも知らせて回りたくなった。

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俳句の情景

2015年05月31日 08時07分42秒 | Weblog

すつくと狐すつくと狐日に並ぶ    中村草田男

「すっく」はオノマトペア、擬音語。575の俳句の中にそれが二回も繰り返し使われている。場所は丘の上。丘にはススキ。ススキは巌のまわりを回っている。そこへ狐が現れて巌に飛び上がって立つ。すっくと立つ。するともう一匹が後を追いかけるようにしてやって来て、またすっくと立つ。二匹は昇ってきた朝日の高さに並ぶ。背後の朝日が狐の背丈を超えて上がってくる。作者はどの位置に身を潜めてこれを凝視していたのだろう。大向こうには瀬戸内海の海の青が見えてくる。ぽんぽん船のぽんぽんが聞こえてくる。575の俳句は仕掛け花火だ。大空に打ち上がってそこで咲き誇るさまざまな情景。打ち上がった俳句の情景を見ているのは読者である。

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雨滴のかがやき

2015年05月31日 07時56分59秒 | Weblog

大山蓮華の緑の葉に、雨の水滴が残っているらしく、朝日にきらきら光っている。それがダイアモンドの輝きをして眩しい。自然界はときどきこうした神秘を覗かせてくれる。微風が吹いてきて葉が揺れたら、それもおしまいになったけど。さぶろうは、瞬時だが、仏陀に遭ったような感激を覚えている。仏陀はこの場合はダンマのことである。法(真理の現象)のことである。それを法身仏と言う。法身仏は、さまざまに姿を変えてさぶろうのところに現れて来る。そしてここが仏の世界だと言うことを知らせて来る。

 

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爪染め草(鳳仙花)の朱

2015年05月30日 17時56分47秒 | Weblog

<従う>と<従わない>とふたつあって空の仏陀の青々と澄む  薬王華蔵

考えてみれば選択肢は二つだった。従うか、従わないか。わたしは前者を選んだ。すると、空が仏陀となって青々と澄み渡った。(ここまでは前日に書いていた)

空が仏陀となることがあるのか。あるように思う。仏陀は人格なのではないか。人格をはみ出てしまうこともありうると思う。

2015/05/31 日曜 午前7時34分。おはようございます。昨日は友人宅で夕食を頂いた。いささか酒量が大きすぎた。送ってもらって車を降りて、玄関までを歩いたが、そこまでによろけて何度かこけてしまった。足先をくじいていて、腫れあがっている。痛む。朝、目覚めて現場を見たら、大きな深めのプランターが2箇、距離を置いて横倒しになって、被害を受けていた。ポケットの中に容れていた玄関の鍵をどこかで紛失していて、うろついたようだった。その後どうして家の中に入って、どうしてやすんだか、覚えていない。服はちゃんと着替えていたようだった。鏡を見ていないが、顔の辺りにすりむき傷があるようだ。

爪染むる草の朱のいろあざやかに見えておのれはまだ生きてをり   薬王華蔵

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