お天気の機嫌が良くなった。
お昼間近にして、快晴となった。光が地上に降り注いでいる。
もうじっとしておれない。
出掛けることにした。
何処へ行こう。
気の向くまま。足の向くまま。これでいい。
弁当を何処かで買って草むらに座って食べるとしよう。
お天気の機嫌が良くなった。
お昼間近にして、快晴となった。光が地上に降り注いでいる。
もうじっとしておれない。
出掛けることにした。
何処へ行こう。
気の向くまま。足の向くまま。これでいい。
弁当を何処かで買って草むらに座って食べるとしよう。
今日で2月が終わり、明日から3月となる。桃の節句が来る。雛祭りをする。わたしの誕生日も来る。弟の誕生日は3月2日だった。
昨日は弟の息子(次男)夫婦がやって来た。新婚さんだ。町中に一戸建ての家を借りて住むことになった。で、まずはわが家でお祝いパーテイーをすることになった。弟が生きていたらもちろんいの一番に大喜びをしただろう。で、兄貴のわたしが弟の代用をしたということになる。
6時から始まって10時に解散した。二人は自動車を乗り捨てて歩いて帰って行った。明るく照らすLEDの懐中電灯を貸してあげた。城原川の川土手の道は細いから。30分後には着きましたの連絡を受けた。良かった、無事に帰り着けて。
有り余るほどの大金を所持している大金持ちさんがいますが、どうするんでしょうね。
暮らしていける分のお金で十分なはずです。
胃袋は一人にひとつしかついていません。3人分30人分300人分の食料は必要ありません。
「必要とする分は与えられる」などというフレーズがありましたよね。
☆
でもそれでは足りない、と思うのですよね、お金持ちさんはみんな。
それでせっせせっせっせと働く。お金を得る。貯め込む。
しかしそれでもまだ安心ができなくて、さらにまた働く。お金を増やす。で、億万長者になる。
遣わないお金が山を為す。遣わないで、活用しないで、それで死んでしまうことになる。
貧乏人はこんな想像をしてしまうけど、そうじゃないんだよね、お金持ちはお金を役立てているんだよね。活用の道を開いているんだよね、きっと。
☆
ビル・ゲイツさんなんてさかんに社会貢献をしているものね。恵まれていない人たちに多額の寄付をして。
みんなを幸福にしようとして活動をしている人たちがたくさんいてくれるから、われわれの住む社会が豊かになれているんだろう。
分け合えば余るけれど、奪い合えば足りない。そんなふうな諺もあったよね。
分け合ってくれている人たちがたくさんいてくれている、そのことも考えてみる必要がある。ありそうだ。
わたしはいずれ死にます。ここを去って行きます。
去って行っても、その後も、此処は此処。
何も変わることはありませんよね。
それでいいんです。
夜が明ければ朝になっていますよね、やっぱり。
夕暮れたら夜になるでしょう、やっぱり。
わたしが此処を去って行って、いなくなっても、変わることはないでしょう。
変わらない、これでいいんです。
☆
・・・それはそうと、しかし、コロナ感染患者はどうなっているのでしょう?
すっかり解決済みになっていて、人々が元通り健康に元気よく明るく暮らしているでしょう。
これでいいんです。
去って行った者が心配することでもないのかもしれませんけど。
雀たちにはもうずいぶん長く餌やりをしていますが、わたしはまだ覚えられていないようです。
わたしの姿を見ると彼らはいっせいに逃げてしまいます。
餌を撒いているのはわたしだよ、わたしは敵じゃないよ、あなたたちの味方だよ、と言いますが、聞こえていないようです。
もういい加減わたしの顔を覚えてくれたらいいだろうにと思います。
そうしたらいかにも鬼がやって来たぞと言う具合に、バタバタバタと音を立てて逃げていかなくても済むのにとも思います。
餌を撒き続けていても、雀は小さな鳥、やっぱり警戒心が解けないのかもしれませんね。
仏像彫刻展に行って来ました。財俊彦さんという方の一人展です。
わたしには、しかし、鑑賞眼はありません。
ですから、ただ、ああ、いいなあ、いいなあを呟くばかりなのですが。
雀さんたちに餌を上げてきました、さっき庭に出て。
庭の4カ所に。餌はくず米です。
1カ所に10羽ほどが集まって来て食べます。
これだけたくさんいますから、すぐに食べ尽くされてしまいすです。
餌場は木の上に吊されています。
喧嘩はしません。順序よく食べています。
でもそこには来ないで、地面に降りている雀もいます。
強くない雀たちなのかあと思ったりします。
日が暮れたらみんな塒(ねぐら)に戻って行きます。
塒は近くの椎の木の林のようです。
今日は曇り日。一日中ずっとぐずついています。すっきりしません。気温が少し下がり気味。
僕はお昼から佐賀市の専福寺というお寺で開催されている仏像彫刻展を見に行って来ました。ゆっくり鑑賞をして楽しんできました。
今朝の新聞で紹介されていました。写真も許されたので幾枚か撮ってきました。後でまたゆっくり見てみたいと思っています。
お昼はコンビニで北海道の昆布が入ったおにぎり1個を買って、軽くすませました。これでお腹が満ちました。
なんとしょうなんとしょう。
わたしが威張ってなんとしょう。自慢たらたらを列べたところで、なんとしょう。
ほんとうのわたしは空っぽなんだから。
なんにもないんだから。
なんにもないから、恐くなって、それを穴埋めするようにしてよそから借りて来て、威張ってしまう。ありもしない自慢を列べてしまう。
みんな無実態の、ヴァーチャルリアリテイ。
おのれの一人劇場の、一人芝居、これは。
わたしのまわりに来る人なんか、いない。
寂しい。それでその寂しい穴を塞いでしまおうとする。穴はちっとも塞がらない。藻掻く。苦しむ。
どのみち、なっちゃいないなあ。さぶろう、この先、どうする。
好かれていたいよなあ。
嫌われていたくないよなあ。
勝手だなあ。
わたしのぜんぶを好いていてほしい。嫌いになるところでも嫌いにならずにいてほしい。
そうしてほしいとほしがるばかり。
そして、当然のことながら、そうならないで、悲しんでいるばかり。その願望の対極に居て、対岸に立ち尽くして、苦しんでいるばかり。
愚か者、愚か者。われはしんから愚か者。
わざわざ愚か者を好いていてくれる人なんかいるものか。いるものか。
今日はお天気もぐずっている。天の何処にも青空が見えてこない。すかっとしない。
寒い風がときおり吹いて、ひゅるるっと吹いて、庭の侘助が寒がって震えるばかり。