落書きをしている雲を発見す 僕とあの子が差す傘が見ゆ 薬王華蔵
*
僕の作る短歌はどうしてこうも他愛ないのか。児戯なのか。迷惑を掛けるわけではないけれど、非現実すぎている。
僕は大空を見上げている。大空は高くどこまでも広がっている。そこへひとひらの雲がやって来て、落書きを始めた。
よくよくそれを見るとその落書きは、僕とあの子が差している相合い傘だった。
いや、書いて欲しかったんだ。誰も書いてくれないから。大空に雲が書いた落書きが残った。ちょこんと残った。
落書きをしている雲を発見す 僕とあの子が差す傘が見ゆ 薬王華蔵
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僕の作る短歌はどうしてこうも他愛ないのか。児戯なのか。迷惑を掛けるわけではないけれど、非現実すぎている。
僕は大空を見上げている。大空は高くどこまでも広がっている。そこへひとひらの雲がやって来て、落書きを始めた。
よくよくそれを見るとその落書きは、僕とあの子が差している相合い傘だった。
いや、書いて欲しかったんだ。誰も書いてくれないから。大空に雲が書いた落書きが残った。ちょこんと残った。
もそっとそっと羽音をそっとと親の蚊が子の蚊にいうけど武運が尽きた 薬王華蔵
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パチンと僕は蚊を打った。蚊は落ちて来た。若い蚊だった。武運が尽きた。
そこまでのところでおしまいなんだけど、そこまでに至るまでの想像をしてみた。親の蚊と子の蚊が人間の血を吸う訓練をして飛び回っていた。親の蚊は「羽音をそっとするように」と何度も注意をしていたのに、子の蚊はそれを聞き入れられなかった。早く血を吸いたくてならなかったのである。子の蚊が地に落ちた後で、親の蚊がそっと飛び去っていった。肩を落としていた。
こんな短歌もあっていいかもしれない。他愛なさ過ぎるかなあ。
ほのぼのとけふを生きなむ 手始めに軽く目を閉じあなたを思ふ 薬王華蔵
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ほのぼのと生きていた方がいい。断然いい。「ほのぼの」は「ほんのり」「仄(ほの)か」「微(かす)か」。夜がほのぼのと明けるように、明るくなっていくこと。心がほかほかとなって温まって行くこと。
冷たくしているのはイヤだ。暗くしているのはつまらない。
どうすればいいか。簡単だ。軽く目を閉じたらいいのだ。瞑想に遊べばいいのだ。あなたのことを偲んでみればいいのだ。
あなたの存在が現実ではなく非現実だというところが難点なのだが。
麦畑(むぎはた)のきみと落ち合い舞い上がる ここからさきは雲雀と雲雀 薬王華蔵
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何処までも麦畑が広がっている。ここできみと落ち合う。落ち合えただけでわたしのこころは軽々と舞い上がる。他愛ないものだ。ここまで来るとその先はもう人間でなくなっている。雲雀と雲雀だ。鳴き交わすだけになる。
そういう想像をたくましくしてみた。老いても想像はできる。若い日に戻って若い日の想像をしてみる。するとそういうことがあったような錯覚に酔い痴れる。
短歌を作るというのは、想像に遊ぶということでも有り得る。
思いからスタートすればうつくしい湖面にきみの白鳥が立つ 薬王華蔵
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思い。思うこと。あなたを思う。そこをスタート地点にする。すると、そこからは異変が起きる。湖面が現れてそこに白鳥が立ち上がる。白鳥は僕を呼ぶ。うつくしいのは異界だ。どんなにでも想像は可能だ。こうやって、僕はひとりで遊ぶ。美しい世界を美しがって遊ぶ。
首根っこといふ根っこありこの我に 根っこの根っこの雲に揺られる 薬王華蔵
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いろんな想像をして遊ぶ。この我に首根っこがある。頭から根っこが降りて来ている。首から下の肩、胸、背中、腹部も首に根を伸ばしている。首だけが根っこではあるまい。それだとあまりにも短い。根っこというのは深く根を伸ばしているもの。首根っこにも根っこがあるはずだ。それは延長させていくと雲に至り着く。雲が動く。と、我が首根っこもゆらゆら揺れる。
にんげんのからだというのも、単独である得るはずがない。連結しているのだ。繋がり合っているのだ。我は雲に根っこを伸ばしている。いやいや、足の下を延ばしていくとそこには地球がある。首根っこという根っこは、根を生やすところだ、大空の高くへそして大地の深きへ。
台風の風が猛烈になって来た。西風。このまますんなり過ぎて行ってしまうのだろうと高を括っていたところに、この強風である。風速はどれくらいあるのだろうか。テレビの伝えるところでは、佐賀に最接近しているらしい。台風の中心は宮崎県沖から高知室戸岬沖あたりにあるらしく、北東方向に進んでいる。大空を高いところまで木の葉が舞い散って行く。木々の枝も折れて道路に落ちている。草や野菜類は地上に這い回って頭を挙げられない。ずいぶん暴風域が広範囲に及んでいるらしい。
コクリコの首のやうなる足首のあなたがふいに跫音(あしおと)を立つ 薬王華蔵
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コクリコは芥子のこと。コクリコの首はほっそりして長い。かっこいい歩き方をするあなたのレッグがコクリコの首になっている。あなたがここへやって来てわたしに向き合っている。
静物として観賞していたはずの美しいあなたが、不意に跫音を立てて歩き出した。もちろん、わたしのもとを歩き去って行ったのだ。
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これも落選した作品。短歌は難しい。作者だけがその風景を観賞して、それで終わっている。
4
では、乳首はどうか。
この呼び名の由来は分明ではない。
首根っこを押さえるというフレーズがある。ここを押さえてしまうと、それはやにわに活動を活発化するか、もしくは活動が出来なくなる。
<首を切る><首にする><首を落とす>などという場合の首は、それが重要な部分であることを証明している。
内閣総理大臣は首相と呼ばれる。首たる宰相だ。
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男性の乳首はどんな役目があるのだろう。もてあます。でもこれがないと、鼻がない顔のようで、まことに無粋になる。これに触ったところで特別なにも感じない。
3
首の首 足首手首 乳首みな首やわらかし やわらかきもの 改作
人間に首が幾つもある。頭の下についている首。足(ふっと)を繋いでいる足の首。手の指をぶら下げている手の首。乳房の丘の上の中心に陣取っている乳首。
あたまの首は、あたまを支えている役割をする。あしの首はあしを支える役割をする。どちらも柔軟である。回転ができる部署である。
手の首はどうか。これは手や指を支えているのか。回転をするからこの呼び名がついたのか。
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短歌は難しい文学だ。寄せ付けるようであって、その実、寄せ付けない。