此は分かる。風景がありありと浮かんで来る。月光が降り注ぐ美しい夜だ。
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名月や池をめぐりて夜もすがら
松尾芭蕉
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夜もすがら池の庭園を廻っていたくなるほどの仲秋の名月が、今夜は煌々と明るく照らしている。とても家路を急ぐ気にはなれない。芭蕉は俳諧の仲間たちと名月と名園を観賞しながら、とうとう夜明けを迎えてしまった。
文人はすべからくかくこそあるべし。名月に世の憂さを忘るべし。
此は分かる。風景がありありと浮かんで来る。月光が降り注ぐ美しい夜だ。
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名月や池をめぐりて夜もすがら
松尾芭蕉
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夜もすがら池の庭園を廻っていたくなるほどの仲秋の名月が、今夜は煌々と明るく照らしている。とても家路を急ぐ気にはなれない。芭蕉は俳諧の仲間たちと名月と名園を観賞しながら、とうとう夜明けを迎えてしまった。
文人はすべからくかくこそあるべし。名月に世の憂さを忘るべし。
秋深き隣は何をする人ぞ
松尾芭蕉
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「秋深し」ではなく「秋深く」となっているのはどうしてなんだろうか? 疑問1。「隣」を修飾しているのかしらん?
でも、隣だけが秋深くなったわけでもあるまい。
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中間に省略語があるのかしらん? あるとすれば、それは何?
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いよいよ秋深きころとなったことだが、されば、その秋深い寂しいときを、仲良き隣人は何をして過ごしているのだろう。覗いてみれば、ふむふむ、いかにもさりげない暮らしぶりだ。などと類推を施してみたが、どうだろう。
そんな解釈では、名俳句が泣くかもしれないなあ。
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隣の人の職業を聞いているわけでもあるまい。ではなぜ、秋が深まってきたら、隣の人のすることが気になって来たのだろう? 反語になっていて、隣の人が何をしていたって、そんなこととは無関係に、秋が深まっていることだなあ、という感慨だろうか?
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芭蕉さんに聞いてみなければ深層には届けないかも。ね。
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でも、みんなこの句を名句としているから、人口に膾炙されて今日まで残って、読み継がれているわけだ。
読者の皆さんはどう読まれましたか?
わたしの庭にはプランターがたくさん設置されています。種蒔き用です。いまは蒔いた種が発芽して大きく成長を遂げています。移植をしてあげるべきだったのですが、それをしていません。なにしろ半月間は病人をしていたのですから。
で、育った野菜たちが根を張って、根が渇きを覚えています。
さっき、夕暮れがけに外に出て、井戸水をホースで水遣りしてあげました、たっぷりと。
ごくんごくんと水を飲む彼らの音が聞こえました。お爺さんはいいことをしました。要求を満たしてあげたのですから、他愛もないことだけど、これはきっと「いいこと」に違いありません。
ジャンパーを着込んでいたのに、それでも外は寒くて、ぶるんと震えました。でもやり終えました。ここまでは元気になっています。
ごめんなさいね、お爺さんの脳はすっからかんなので、俳人中の俳人芭蕉様の俳句を拾って来て、鉢の仮植えに及んでいます。水遣りをしても根はつきませんけれど。
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菊の香や奈良には古き仏たち
松尾芭蕉
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この句、どう読んだらいいのだろう?
芭蕉は、菊と仏たちを登場させて、そこで何をアピールしているのだろう?
古い仏たちが住んでいる奈良はいいところだ、と言っているだけなのだろうか?
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芭蕉は、奈良の都に足を踏み入れているのだろう。俳諧の仲間たちともいっしょだろう。行く先々で、仏たちに歓迎を受けてもいるのだろう。
秋が来て菊の花が咲いている。菊は香りが高い。菊は、行く先々で、数多い古仏たちを荘厳している。
菊のご紋章は日本の国家を統帥した天皇家のご紋章でもある。奈良仏教は鎮護国家の仏教でもあった。国家の未来を照らす教えでもあった。
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奈良は日本の古い都。日本仏教を興した仏教寺院が多い。寺院を訪ねれば、古い仏像が迎えてくれる。お爺さんのわたしのような者でも、いかにもなつかしげに。
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わたしも何度も何度も奈良を訪ねた。一人で。神戸まではフェリーに乗って、そこから車を運転して。宿を取って、そこを拠点にして。あちらの寺院へ、こちらの仏像へと廻って行った。元気になれば、また訪ねてみたい。古きやさしき仏たちにまだまだ何度でも会いたい。
この道や行く人なしに秋の暮れ
松尾芭蕉
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「ともにこの道を行く人」を持って、人は勇気百倍する。力が腹の底に湧いて来る。しかし、そういうことばかりではない。「ともにこの道を行く大切な人」を見失ってしまうこともある。一人になる。秋の夕暮れの道が一本続いている。夕日が落ちている。木枯らしが舞う。もう誰の姿も見かけない。人影が見えない道をとぼとぼ歩き続けているのは、わたし一人になってしまった。
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暇暇暇のお爺さんは、あらためて芭蕉の名作を辿って見ています。寒いので、コタツを離れていけません。
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道は、人が通るところ。人が通るために造られてところ。その道を行く人がいないと、道は道として機能できなくなる。人を置くと、そこでやっと道となる。道の相棒は人である。道のためにも人は道を歩かねばならない、はずである。
田舎の秋の道は、田圃道。稲が刈り取られた田圃は殺風景になっている。寒い北風がそこを通る。
蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行く秋ぞ
松尾芭蕉
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味わい深い句だ。誰とわかれて行くのだろう。苦労をともにして来た親しい間柄なのであろう。だから、たとえば蛤の、貝の蓋と貝の中身が二分されていくようで、耐えきれないというのだ。秋が深まって、別離の悲しみも、これに応じるようにして深まって行く。
行動をともにしてきた人と袂を分かつ。引き裂かれた両人の袂が、行く先々で寒風に舞う。加えて、人は、その先々で、死別も引き受けねばならない。
やっとやっと終わった。友人から10日前に頂いていた渋柿の、皮剥きが終わった。午後から2時間の時間をかけた。紐に結んで、2階のベランダに吊し終わった。ほっとしている。
やっとやっとやる気が起こった。これで友人にも申し開きが立つ。
そのうちの10個はすでに熟しかけていたので、これはそのままに放置した。縁側に置いて、熟し終わるのを待つ。熟し柿は甘い。とろとろ甘い。
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寒い。10℃を切っている。日も射して来ない。冬が深くなる。それもそうだろう、今日は11月の最終日である。
一つ家に遊女も寝たり萩と月
松尾芭蕉
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萩は遊女。月は芭蕉。華やぎを誇る者と侘しさに沈む者。海の音がするところに一軒の荒涼たる空き家がある。今夜は此処を宿にすることにした。隙間風が入る。月光が差し込む。萩の香りが化粧の香りをして来る。こんなところに遊女が来ることはないのだが、帯を締めたまぼろし遊女(=赤い萩の花)を近くに寝させることにしよう。これでこころを春にしてあたためよう。
旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる
松尾芭蕉
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病んでいても夜中に見る夢は旅を続けて、ぽつねんと寒い冬の枯れ野を駆け巡っている。おれは何処へ行こうというのだ?
金色のちひさき鳥の形して銀杏散るなり夕日の丘に
与謝野晶子(鳳晶子)
1905年の第一歌集「みだれ髪」より
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与謝野鉄幹主宰の短歌雑誌「明星」に掲載された。この作品群を夕日の丘に金色を装いはらはらと舞い散らして、彼女は時の文学会にはなやかなデビューを遂げた。
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昨日見た城原川の川岸の西の林に、いま銀杏が高々と群落して黄金を染め抜いている。ぎんなんも散っているかもしれない。舞い散る葉っぱが無数の小さい鳥になっている。
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この歌もわたしの高校一年生の頃の現代国語の教科書に紹介されていた。国語の時間が来た。大塚文彦先生が、ことばを絵の具にした夕日の丘の一枚の絵を美しくきらきらさせて見せてくれた。