夕暮。午後6時。外が薄暗い。
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午後5時過ぎまで畑に出ていました。いつものように草取りをしていました。
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こころが安らぎました。
夕暮。午後6時。外が薄暗い。
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午後5時過ぎまで畑に出ていました。いつものように草取りをしていました。
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こころが安らぎました。
ズボンの裾を上げてもらった。老いて行くにつれて身長が縮んで行っているみたい。10cmほども短くしてもらった。
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家内が、ゆっくり落ち着いて、針仕事をしてくれた。針箱をひさしぶりに見た。
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もうすぐ針供養。2月にこの行事があった。もういまはないのかもしれない。
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小学生の頃は、みな着ている衣服に「接ぎ」がしてあった。それが普通だった。破れたところを繕ってあった。修繕してある衣服を着ていて恥ずかしくもなんともなかった。むしろ母の愛情を感じて誇りたい気持ちすらあった。
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いまはもう愛情の籠もった「継ぎ接ぎ」を着ている子供は見掛けない。大人にもいない。
ありがとうありがとうありがとうを言う。言えば言うほど、ほくほく、ほかふかする。これにあたたまる。
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「ありがとうの中で暮らしていられる己」という自己設定をする。
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この自己設定は悪くない。自己をバルーンにしてくれる。感謝がガスバーナーの役目を買って出る。浮き上がらせる。
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感謝と不平不満。どっちにだって傾けることは可能。好きにしていい。
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不平不満の中で暮らしているよりも,ものごとを感謝している方がラクチンである。
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朝が来ている。ありがとう。空気がおいしい。ありがとう。差し込んでくる光がまばゆい。ありがとう。今日の空はやけに青いぞ。きれいだなあ。見ているよ。空さん、ありがとう。
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ありがとうが言える自分がいる。ここまで歩いて来ている。ありがとう。
「働いた」ことになったかなあ。
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テッポウユリの植え付けを済ませた。花壇の草取りをした。施肥はできなかった。
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5時のサイレンが鳴った後も。
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なぜ?
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楽しいから。
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冷え込んで来た。鼻水たらたらになった。
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お陰でいくつかの花壇コーナーがキレイになった。
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でも、社会貢献度はない。だから、花壇の草取りくらいでは。働いたことにはならないかもしれない。
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でも、気分がよくなるから、いいんじゃない?
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いいことにしよう。
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数種類の花苗が植えられている。春になれば花壇は花園になる。そうすれば道行く人の目を楽しませるんだから。
とろりのお昼寝から覚めた。いい気持ちだった。
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いい気持ちにさせてくれたお昼寝に感謝だ。
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まもなく午後3時になる。花壇に出ていこう。
テッポウユリの球根を植え付ける作業が待っている。
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白い色のテッポウユリ6球と赤い色のテッポウユリ6球。
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球根の三倍の深さに埋め込む。鶏糞をどっさり施肥する。
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ほんとうは秋口に植え込んでいなければならないのだが、買って来るのが遅かった。
これで春を待つ。楽しく楽しく春を待つことができる。
わたしをそうさせてくれた球根さんに感謝。
ね、ね、眠い。お昼寝タイム。目が潰れるよ~。目の奥がとろりとろり、とろとろり。もう、どうにでもしてくれ~~~って感じ。コタツの中。座椅子にもたれて座ったままの姿勢で眠る。
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死ぬときもこうだよね、きっと。目が潰れて、意識が朦朧としてきて、「もうどうにでもしてくれ~~~っ」だよね、きっと。アッという間に済んでしまっているよね。で、気付いたらもう体外離脱が完了している。
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外は晴れ。光が大地に跳ねて明るい。
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午前中、東の花壇に出て、牡丹コーナーのところの草取りをした。丸椅子に腰を下ろした状態で。牡丹が春の蕾を蕾んでいた小さく、丸く、ほっそり。
ああ、ああああ、ああああああ。ああああああああ。
「あ」は楽しい音。口を開くと飛び出す音だから。
楽しい音を重ねてみる。幾つも幾つも。幾つも幾つも。
100になったら、もう音の野原になる。春になる。
ずんずん楽しくなる。止めようがなくなる。
簡単にできる。すぐにできる。一人でできる。
あああああああああああああああああああああああ。
あああああああああああああああああああああああ。
あははははあははははあはははあはは。明るくなる。
あああああああああああああああああああああああ。
1000になったら楽しい音の地球になる。
1000000000になったら楽しい銀河になる。
wellness. 心身の快適状態。るんるん。るるるん。
わたしの全身は春の野山。
快適の薇(ぜんまい)蕨(わらび)が蕾んでいる。
一面に一面に一面に。
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わたしは、わたしに与えられているもので調和が取れている。
それで落ち着いていられる。
しばらくすると、調和の中で明るいリズムが音符のままで踊り出す。
じっとしていられないのだろう、快適のオタマジャクシが水面に浮かんで来て、水を跳ねる。
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わたしはよろこびの宇宙にいるのだから、こうしていられるのだ。
生まれても死んでも、どんな変化があっても、ここから去ることはない。
障子戸を開けたら、隣家の屋根が霜に埋もれている。明け方には氷点下にまで気温が下がっていたようだ。道理で、寒い。
8時半、いまは東の空の朝日を受けて、屋根一面の霜がキラキラ輝いている。
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寒い分は、囲炉裏を炊いて温まろう。こころのなかに、囲炉裏を組んで、明るい希望の薪を燃やそう。縮こまってばかりはいられない。
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テレビのYouTubeでクラシック音楽を聴いています。美しい音楽ばかりです。よく聴いています。ありがたいです、いつでもどれだけでも聴けるから。(でも、ただただ、わたしの場合はうっとりしているだけですけど)
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うっとりっていいですよね。うっとり聴いてうっとり眺めて、受け取っている人生をうっとりうっとり堪能しているって。讃美して称賛して讃嘆して。褒めて褒めて。うっとり屋さんになっているって。
わたしはいまのいまの時間を受け取りました。ありがとうを言います。
わたしは此処という場を受け取りました。ありがとうを言います。
わたしは1月30日に朝を受け取りました。ありがとうを言います。
わたしは鼻が吸う空気を受け取りました。ありがとうを言います。
わたしは新鮮な空気から元気を受け取りました。ありがとうを言います。
こうしてわたしは、すべてにわたって順調なスタートを受け取っています。ありがとうを言います。
一日の始まりに、ありがとうをたくさん言いました。恵まれています、わたしは。
部屋の障子戸の向こうが明るくなっています。いい日になりそうです。