「うまい!常識をくつがえす極上豚肉」
番組内容
「身がぎっしり詰まって、堅いのにうまい!」という極上豚肉がテーマ。その味は、洞爺湖サミットで各国首脳にも振る舞われるほどの実力だ。おいしさを生み出す秘密は、豚の放牧。豚舎ではなく、野山を自由に走り回り、草木の葉や根を食べて育つため、身の引き締まった香り豊かな豚肉ができるのだ。これまでの常識「ジューシーで軟らかい肉がうまい」という概念が、くつがえされる豚肉の魅力を紹介する。
*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201204080615001302100 より
調べてみると「えこふぁーむ」さんの放牧豚らしい。
しかし、「放牧げんき黒豚」と呼ばれる豚肉の情報は乏しい。以前は「クルック キッチン」神宮前のお店で食べられたらしいのですが、現在は閉店されています。
えこふぁーむ 株式会社 肝属環境サービス 鹿児島県肝属郡肝付町後田3098番地2
山を走る豚。えこふぁーむの挑戦 2012/05/14 23:59
●廃品回収業者が始めた養豚業
今朝、NHKテレビの「うまいっ!」で、鹿児島県の農業生産法人「えこふぁーむ」の「山を走る豚」を取り上げていました。
この放牧豚は私も取材したことがあります。
山の中をドドドドと走る豚を実際に目にするとある種の爽快感を覚えます。と思えば、ある一群は泥のなかでノンビリと昼寝をしている。
「えこふぁーむ」の中村義幸社長の本来の仕事は廃品回収業。社名は㈱トップライン。
それがなぜ養豚、しかも放牧にまで手を出したのか?
妻であり専務のえい子さんは、実際にごみ収集に当たってきた人ですが、こう説明してくれました。
「ゴミのなかでも一番ずっしり重いのは生ゴミなんです。量も膨大。これをなんとかしたいと思っていたら、2001年に『食品リサイクル法』が施行されました。生ゴミをリサイクルしなさいとの法律ですが、そのときにピンと思い出したのが、小さいときに残飯で飼っていた子豚だったんです」
そこで、中村夫妻は知人から子豚2頭を購入し、こともあろうに、えい子さんの母親の名前をつけ、まあ、それはどうでもいいのですが、残飯を与えると2頭はきちんと育ち、無事出荷されていきました。
これを機に、さらに20匹を仕入れるのですが、ここで横井愼治さんが事業に参画したのがじつに大きな力となりました。
横井さんは地元の大手豚肉加工会社に勤務していましたが、自分たちの豚肉製品が最終的に誰が食べるかわからない流通システムに疑問を抱き、また、私たちの多くが想像する「鹿児島の黒豚=健康豚」ではない実態を見ていました。
「ほとんどの養豚業者は、狭い豚舎に豚をぎゅうぎゅうづめ。だから豚はストレスで互いの尻尾を噛み切るので、あらかじめ尻尾も牙も抜いてしまいます。そして、抗生物質とワクチンと配合飼料で豚を無理やり太らすのです」
そこで横井さんは、せめて自分なりの養豚をやりたいと、出勤前の時間を利用して、40頭ほどの豚を放牧させていたことがあるのです。
そういうことで、えこふぁーむでは、「牙抜き」と「尻尾切り」を行いません。また、「味が落ちる」との理由ですべての養豚業者が行う「去勢」も行いません。
「今の養豚のほとんどは工業豚です。味のためとはいえ、去勢するのは可愛そう。オスはオスとして生きたいのですし」(中村社長)
豚舎はありますが、それは生まれたての子豚と母豚のために用意したもので、広さはゆったりとあり、木材チップを敷き詰めているため清潔が保たれています。
●荒山が地味豊かな大地に
えこふぁーむが放牧を実践して、中村夫妻が驚いたことがあります。
荒れた杉山があっという間にきれいな大地に生まれ変わることです。というのは、豚は、鼻で土を掘り返しながら、土のなかの虫や植物を食べて歩き回るので、幹の細い杉であれば豚に倒され、さらに豚の糞尿で土はどんどん肥えてゆくのです。
えこふぁーむの事業を整理すると
★地域の各施設(病院や老人ホームなど)で出た残飯を真空乾燥機で加熱処理し単味飼料を加えて豚の嗜好と栄養を配慮したものに加工。
★子豚を豚舎で飼育。母豚の母乳で育てるが、母豚などにはエサをあげる。
★ある程度大きくなった子豚は、放牧地に放す。
★豚舎で使う木材チップには糞尿が混ざるが、数ヶ月熟成させると堆肥になり、それを豚が耕した大地にすき込めば、再び豚の好きな野菜などを作れる。
●効率は悪いが
とはいえ、これは普通の養豚業者から見れば極めて効率の悪い方法です。
普通は3キロの餌で600~900グラム太るのに対し、えこふぁーむでは運動量が多いため、400~500グラムしか太りません。しかも、去勢していないので、初期の頃は「どんな味になるのか想像もつかなかった」そうです。
そこである日、中村夫妻は、その豚肉をトップラインと関連会社の社員70人に何の説明をせずに食べさせたのです。すると、去勢していな豚につきものの「臭み」についての声は聞かれず、むしろ「独特の味がする」「弾力がいい」と評判で、詳しい経緯は省略しますが、その後は日本各地のレストランで使用され、数年前、世界首脳が集まった洞爺湖サミットではその食卓に添えられたのです。
●ファンド
さて、ここからが本日書きたいことです。
ただ、これをはじめた初期の頃の悩みは、飼育頭数が少ないため、事業が採算的に軌道に乗らないことでした。もっともトップラインの売り上げを利用する手はありますが、それもいつまでも続きません。
そこで思いつくのは金融機関の利用ですが、この養豚業では「非常識」な事業にカネを貸してくれるところなどあろうはずもありません。
そして2004年、中村社長がインターネットで見つけたのが「apバンク」でした。
apバンクは、音楽家の坂本龍一さん、櫻井和寿さん、小林武史さんの3人が資金を出し合い設立し、環境に優しい事業、社会的事業などに年利1%で融資を行うという「NPOバンク」です。
「当面はトップラインの資金を使ってもいい。でも私は、従来の金融機関にはない、お金が誰にどう使われ、それが再び循環するという主旨に賛同して、是非、融資を受けたいと思ったんです」
中村社長はこれに500万円の融資を依頼。そして審査の結果、無事融資を受けることができました。
そして、中村社長がびっくりしたのが、その後、櫻井さんが視察に来たことです。
櫻井さんが長靴をはき、豚と一緒に歩き、豚を抱く。「自分が働いている分以上のお金が入ってくることの心苦しさ」を覚えていたという櫻井さんにとっても、apバンクを始めてみて、目の前で自分たちのお金が確かに社会のために循環している事実を確認できたのは大きな喜びとなったのです。
apバンクは、毎年夏に3日間の野外ライブ「apバンクフェス」を開催しますが、会場内では、えこふぁーむだけではなく、ap bankから融資を受けたすべての団体のブースが並びます。
●新しいファンド
そして2010年、えこふぁーむは新たなファンドを受けることにしました。
当ブログでも何度か紹介しているミュージックセキュリティーズ㈱が運営するファンドを利用することにしたのです。
これは、子豚100頭を育てる経費と借地料金、さらに豚が開墾した土地に西洋野菜を育てるための諸経費などの資金を募集したものです。
一口3万円、351口の募集(1053万円)はすぐに完売し、5年間の運営の後、事業が順調に推移すれば、元本に加え分配金の配当もあります。
そして、出資者への特典は、
・放牧豚しゃぶしゃぶ用薄切り肉、・放牧豚加工品セット(ソーセージ、生ハム)、・えこふぁーむ隣接レストランホテル「森小休」宿泊ご招待(2食付、交通費別途)、・生ハム工房見学ツアーご招待
と盛りだくさん。
同様のファンドは2011年にも募集され、こちらも完売。
2012年の募集は? わかりませんが情報を待ちたいところです。
●地域も巻き込む
えこふぁーむを始めた当初は、地域住民は「豚の放牧反対!」との立て看板をあちこちに設置していました。ところが今、その事業が認められると、地域の子どもたちの見学も増えてきました。
中村夫妻には夢があります。
「せっかく豚さんが耕してくれた土地です。こんどはここに広葉樹林を植えたい。ええ、子どもたちと一緒に。
広葉樹林なら、秋にどんぐりを落とし、それを豚さんがまた食べる」
エコファームの活動は、単なる養豚に収まらず、今では、環境教育の場でもあり、お金の循環を実感する場で
もあり、本当に人に求められる事業とは難なのかという経営哲学を学ぶ場でもあります。
中村社長は、たまたま私と同じ北海道出身ですが、今後とも応援して行きたいと考えております。
おそらく、NHKを見て、えこふぁーむへの問い合わせが殺到しているかと思います。じつは、もう数年も前から同社のHPを見て、えこふぁーむへの見学者は絶える事がないのですが、中村社長はそれを意に介さないようです。
「多くの見学者や研修生が来てくれるのはいいことです。人との輪が増えていくのは嬉しい。私たちに休日はなくなりましたが(笑)」(義幸さん)
ちなみに、2006年に私が書いた本に、上記、apバンクやミュージックセキュリティーズのことなどが書いてあります。
*http://shuzaikoara.blog39.fc2.com/blog-entry-145.html より
豚の放牧を起点に「すべての人を幸せに」-福祉に乗り出す農業法人「えこふぁーむ」 2018.5.25 吉田 忠則
『女傑』という言葉がある。仕事用の端末でこの言葉を打ち込むと「使わない言葉」という表示が出るので、使い方に気を遣うべき表現なのかもしれない。だが、社会に漂う閉塞感を豪快に吹き飛ばす中村えい子さんのことを書こうと思うと、まっさきにこの言葉が思い浮かぶ。
中村さんは、鹿児島県大隅半島にある「えこふぁーむ」という農業法人の代表だ。発想の広がりは規格外で、全体像を理解するには既存の農業の常識から踏み出すことが必要になる。後述するように、中村さんの目標は「世の中をよくすること」だ。だが、そうした言葉で連想されがちな、共感できる仲間同士の狭い活動を志向しているわけではない。ビジネスの原則を冷徹に見定め、人をうならせる食材やサービスを提供している。
農業法人としての事業の柱であり、出発点なのは豚の放牧だ。誰も管理しなくなり、人が入れなくなった荒れた山林や、ジャングルのようになった耕作放棄地に豚を放つ。豚が雑木や雑草の根を食べて倒し、荒れ地をリセットする環境を整える。えこふぁーむはその土地に広葉樹を植え、あるいは田畑に戻す。人と自然が交じり合う里山の復興だ。同社のそうした取り組みについてはかつて、拙著『農は甦る』(日本経済新聞出版社)で詳述した。
えこふぁーむはその後、どうしているのだろう。それを確かめるため、数年ぶりに大隅半島を訪ねた。中村さんとは折に触れ、東京で会ってはいるが、地元でインタビューするのは久々だ。取材で彼女がキーワードとして使った言葉は「高揚感」。例えば、次のような文脈の中で出てくる。
「楽しかったとか、よかったとか、高揚価値を商品化したい。『今日はおいしかった』と思えば、誰かに対して『このやろー』なんて言うこともなくなる。そういう機会を作っていけば、社会がよくなると思うんです」
中村さんがそれを具体化するために2年前に開いたのが、大隅半島の鹿屋市にあるレストラン「森小休」だ。メニューに出すのは、放牧場で育てた豚肉を使った生ハムやベーコンなど。どちらも化学的なものは一切入れず、塩とコショウを使い、自分たちで加工したものだ。レストランに入ると、つるした豚肉をガラス越しに見ることができる。この状態で2年間熟成させ、生ハムにする。ソーセージは注文が多いため、加工会社に委託して作っている。もちろん加工のレシピはえこふぁーむが指定する。化学添加物は使わない。
「自産自消」というポリシー
料理に使う白菜やレタス、ほうれん草、ニンジン、大根、アスパラガスなどの野菜は豚が開墾した畑で育てたものだ。ドレッシングの素材のしょうゆや油は買っているが、ドレッシングに加工するのはスタッフ。マヨネーズに使う卵も自社で飼っている鶏が産んだものだ。さらに言えば、豚のエサにする小麦やコメ、サツマイモ、ピーナツも自社の畑で栽培している。
高品質の食材を自分たちの努力と責任で確保したいというのが狙いだが、もう一つ大事なのは中村さんの「自産自消」というポリシーだ。その考えを突き詰めた結果、洗練された内装は中村さんが自らデザインした。
しかも驚くべきことに、店内に流れるジャズ音楽でボーカルをとっているのも中村さんだ。サックスを演奏し、曲を提供しているのは、誰もが知る超有名ミュージシャンのバンドメンバー。音楽好きの中村さんはセミプロのミュージシャンを支援しており、中村さんが経営するホテルで何回か一緒に演奏した縁で、録音に参加してくれた。サックス奏者が大物ミュージシャンに見いだされたのはその後だ。
高揚感を分かち合い、利用者が楽しさを実感するための施設はレストランの周囲に作った。その1つが赤や黄色のカラフルなライダーズハウスだ。自らもバイク乗りの中村さんは若いころあるライダーズハウスに泊まり、汚さと臭いのきつさにへきえきした。そこで、「女性が泊まっても高揚できるライダーズハウスがほしい。だったら作っちゃえ」と思って建てた。その奥には、シェフを呼び、ワインを開けたりして、「大勢で豪華なキャンプを楽しむ」ことができるグランピングハウスも設けた。これも宿泊可能だ。
子供たちのための施設を建てる理由
ただし、中村さんが追求しているのは、旅や食事を快適に楽しむだけの娯楽性ではない。高揚感の実現を通し、目指しているのは「世の中をよくすること」だ。その一環として、小学生から高校生まで、発達障害などの問題を抱える子供たちのための施設を6月中にレストランの横に建てる。中村さんはその理由を次のように語る。
「障がい者を見下したり、邪魔者扱いするような社会を許せない。だから、障がい児が放課後に楽しめる場所を作る」
ではそこでどんなことをするのか。中村さんの目的は、子どもが「医者になりたい」と思えば、医者になるために努力する力を身につけさせることだ、抽象的に聞こえるかも知れないが、中村さんの言葉を続けよう。
「発達障害の子はコミュニケーションが苦手。『今日天気いいですね』って言われると、『なんでそんなこと言うの』って思ってしまい、反応できない。そこで『いい天気ですね』と言えるような社会性を身につけさせる」
レストランの横で6月にオープンする障がい児のための施設「トインビーホール」(鹿児島県鹿屋市)
その方法を、中村さんは「心のスイッチ」という言葉で説明した。「発達障害の子はいつもスイッチを入れっぱなしだから、大声を出したり、走り出したりしてしまう」。そこで施設には「非日常的な空間」を作り、スイッチを切ることができるようなプログラムを提供する。「スイッチを切る方法を知れば、いざというときにスイッチを入れることは簡単なんです」。そうすることで、「『受験勉強面倒くさい。明日でいい』と思ったとき、ボタンをガチッと入れ、『絶対医者になりたい』といった感情を作り出せるようになる」。
「素人がそんなことに手を出していいのか」と思う読者もいるだろう。もちろん、施設では障害福祉サービスの提供に必要なサービス管理者や保育士などのスタッフを雇うが、それだけではない。中村さん自身も去年、福祉医療関係の専門学校を卒業した。だが、「もっと専門的に学びたい」との思いを強め、同志社大学の博士課程の審査に通り、4月からは京都と鹿児島を往復する生活を始めた。
しかも、京都での活動を勉強にとどめる中村さんではない。鹿児島の山の中でやったように、京都周辺でも荒れた山林や田畑の開墾を始める。中村さんによると「始めるのは今年中」。鹿児島のレストランで実現したように、人が集まることのできる場所も作る。期待しているのは、海外から京都を訪ねた旅行者がそこで「高揚感」を覚え、「本拠地の鹿児島」にも足を運んでもらうことだ。ふつうなら「絵空事」と思ってしまうところだが、中村さんがこれまでやってきたことをふり返ると、実現できると思えてくる。
ここで確認しておきたいのは、自己満足のための小さい世界を作ろうとしているのではないという点だ。豚が開墾して植林したり、田畑に戻したりした面積はすでに30ヘクタールを超え、いま豚が開墾している土地も20ヘクタール以上ある。日本の農地の平均が3ヘクタール弱なのと比べると、そのスケールがわかる。育てた豚肉は、日本では別格と言っていいほど国際的に有名なシェフが都内の高級レストランで使っている。中村さんの取り組みに共感し、豚肉の品質の高さにほれ込んだからだ。中村さんが鹿児島で運営しているレストランも、開店前には100人以上が並ぶ人気店だ。
「細々と価値の押し売りをしているようでは、社会のための事業にはならない。家のリビングをちょっと改造して、自分で作った野菜を出しても、それでおしまい。ちゃんと事業計画を立てないといけない。何年後に元が取れるかを計算し、途中でライダーズハウスを建てたり、グランピングをやったりする計画を立てる。やるなら、持続可能でないとダメなんです」
皆が幸せに暮らすことを目指すのが福祉
この連載との絡みで言えば、中村さんにとって農業とは何なのか。中村さんは結婚して20代で故郷に戻ったとき、子どものころに遊んだ山や田畑が荒廃し、ゴミだらけになっている様に心を痛めた。その思いが、豚による荒れ地の開墾を始めた原点にある。だから豚は食材であると同時に、「農業のパートナー」でもある。豚を中心とする活動が拡大し、宿泊施設やレストランの運営、さらに福祉事業へとつながった。広がり続ける活動の背景にある思いは、次の言葉が理解の助けになるだろう。
「すべての人が幸せに暮らすことを目指すのが福祉。日本では障がい者や高齢者、生活困窮者、困っている人のためだと思われてるけど、違うんですよ。自分たちを含め、みんなが幸せに暮らせる社会を作るのが福祉なんです」
荒れた故郷の光景を見て、悲しく悔しい思いをした中村さんが始めた事業が、福祉へとつながっていったのは必然だったのだ。
今回の内容は「ニッポン農業生き残りのヒント」と題した連載としては異例かもしれない。だが、中村さんの取り組みには人を驚嘆させる迫力と躍動感があり、その起点に農業があることをとてもうれしく思う。「農業はアグリ『カルチャー』であり、文化。農業には人を教育し、育てる力がある」。農業の魅力の広がりを感じさせる言葉だろう。
*https://business.nikkei.com/atcl/report/15/252376/052300145/ より