ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

驕るNHK - 28 ( 朝日新聞とNHKの大掃除 )

2019-09-02 17:37:45 | 徒然の記
 今日から「 第5章 」の紹介で、内容は下記5項目です。
 
   (1)  再軍備・改憲 やりとり詳細
 
       (2)  ソ連の侵略 現実的な脅威を認識
 
       (3)  旧軍と軍閥 頑なに否定
 
   (4)  基地反対闘争に批判的な見解も
 
   (5)   再軍備・改憲 専門家の見方
 
 いつもの通り、「NHKの説明 」を紹介します。
 
    「 『拝謁記 』 には、独立回復後の安全保障が現実的な課題となる中で、昭和天皇が、戦前のような軍隊を否定しつつも、再軍備や、それに伴う憲法改正の必要性にたびたび言及し、総理大臣に伝えないよう長官にいさめられる様子が、記されていました。」
 
  「分析にあたった専門家は、昭和天皇が、改憲や再軍備に言及していたことは新たな発見だが、自衛隊的なものを作ることを憲法上認めるというものであり、戦前の軍隊を再現する気が全くないということは、押さえておかなければならないとしています。」
 
 陛下が愚論を述べられているような書きぶりと、田島氏が、陛下を相手に奮闘していると言う内容なので、またかと思わされます。
 
 話が横道にそれますが、保阪正康氏の著作『後藤田正晴』の中から、記憶に残る一節を紹介します。
 
  ・後藤田や外務省、旧内務省など各省からの官僚が、「警察予備隊 」に関し、シビリアン・コントロールを、模索しているとき、突然、吉田茂が顔を出したことがあった。
 
  ・吉田は講堂にこれらのスタッフを集め、新聞記者の入室を拒んだ後、こう訓示した。
 
  ・私は表向き、警察予備隊は軍隊でないと言い続けている。だがはっきり言って、これは軍隊である。
 
  ・諸君も軍隊という認識をもって、しっかりと、国土を防衛するつもりで努力してほしい。
 
 吉田氏は軍人嫌いでしたが、国の防衛のための軍は別と考え、陛下と同じ認識でした。氏が政治の先頭で奮闘している時、一方では田島氏が、陛下に異議を唱えていたということになります。
 
 吉田氏を嫌ったウイロビー准将と、マルキスト親派だった芦田氏と、その息のかかった田島氏らが、日本に棲息する「獅子身中の虫」だったという事実がこの番組で見えてきます。
 
 第5章の(1)「再軍備・改憲  やりとり詳細」には、次のような 「NHKの説明 」 がついています。
 
 「 『拝謁記 』 には、東西冷戦が激しさを増す一方で、独立回復後の安全保障が現実的な課題となる中、昭和天皇が、戦前のような軍隊を否定しながらも、再軍備やそれに伴う憲法改正の必要性に、たびたび言及していたと記されています。」
 
 独立国として存続するには、軍がなければ領土と国民が守れません。日本の反日・左翼とお花畑の人間を除けば、これが世界の常識です。陛下は大正以来、激動の昭和を背負って来られたので、幻想は抱かれず軍備を口にされます。これをNHKと反日学者が批判します。
 
  上記(1)の 内容は、以下の5つです。
 
   ◦  自分が司令官になる認識も
 
   ◦  戦前の軍隊否定も再軍備止むを得ず
 
   ◦  長官繰り返しいさめる
 
   ◦  侵略者が人間社会にある以上
 
   ◦  国民向けメッセージも
 
 恐らく第5章が、NHKの番組の一番の目玉ではないかと思います。
戦後73年間にわたる日本のマスコミ界で、新聞は朝日、ラジオとテレビはNHKが支配してきました。朝日はすでに、慰安婦問題の大ウソで国民の信頼を失い、倒産の危機に近づいています。その奢りも、終焉の時が来ているようです。
 
 NHKも今回の違法番組で、国民に嫌悪され、大掃除をされるのではないでしょうか。
 
  明日から、本論に入ります。
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驕るNHK - 27 ( 陛下を作り替える、田島氏とブレーン )

2019-09-02 08:56:50 | 徒然の記
 前回の意見は推測ですが、読書やネットの情報に照らしますと、見当違いの推理でないという気がしています。
 
 小泉氏はご成婚の仕事を通じ、美智子さまのご信頼を得ました。教育責任者であった氏は、皇太子殿下 ( 現上皇陛下  ) からも、美智子さまと同じか、それ以上のご信頼を得ていました。
 
 「開かれた皇室」や「庶民と向き合う皇室」について、熱心に語ったのは小泉氏だったそうです。上皇陛下と美智子様は、小泉氏の言を是とし、皇室の改革に向かわれました。田島氏の協力を得てお二人のご教育は、最初から昭和天皇より隔離され、陛下の手の届かないところで行われたと言います。
 
 これを裏付けるネットの情報を、紹介します。
 
  ・成婚後の二人の軌跡を顧みるとき、美智子妃は、見事にその役割を果たしたと思います。
 
  ・戦時中の昭和20年1月に、小泉が妻の誕生日に花を贈り、その後も氏が亡くなるまでその習慣を続けたのですが、小泉の没後は、美智子妃が代わって花を贈っていたそうです。
 
  ・美智子妃が、小泉に対して敬愛の念を抱いていたことは、そのことからも分かると思います。
 
 このような情報は、誰が発信するのでしょう。美智子さまの周辺にいる人物しか、知り得ない話です。いわばこれも内部告発であり、機密漏えいの一つですが、「開かれた皇室」という方針には添っています。
 
 或いはこれが、昭和天皇がご指摘されていた「蟻の一穴」かもしれません。
 
 「放っておいて良いのか。国はダメになるのでないか」と、ご心配されたことに重なる気がします。その上でNHKの報道を読みますと、不愉快な気持ちになります。
 
 〈 昭和26年9月11日拝謁時のお言葉  〉
 陛下
 ・日本の独立回復の際に、国民に呼びかけるメッセージをいかにするか。
 
 田島
 ・重大事項については、田島に限りませず、たとひ立派な人の場合でも、一人だけの意見というものはどうかと思ひまするので、例えば小泉とか安倍とかいうやうな人物が、
 
 ・数人居りまして 、陛下の御参考迄に、御諮問に答へるというような事が望ましいと存じまする。
 
 ここで、「 NHKの説明文」が入ります。
 
 「そして昭和天皇が、独立回復を祝う式典で戦争への深い悔恨の念と、反省の気持ちを伝えたいと希望した際には、田島長官が、その実現に向けて小泉や安倍、それに侍従長の三谷隆信らと頻繁に集まって、草案の推敲を重ねていたことも記されています。」
 
〈 昭和28年8月11日拝謁時のお言葉  〉 ・・ アメリカの副大統領の来日に触れて
 陛下
 ・皇太子が、答礼に行くといふ事も考へられる。
 
 ( 田島氏 )
 ・邪推ながら、皇太子様を完成と御考への前提で、国事に御引張り出しになりたき御様子見ゆ。( この部分は田島氏のメモ )
 
 ・仰せには異論あるも、このさい小出しに反対申上げず、小泉とも相談し方針確立の上、ハツキリ申上ぐる心組にて。( この部分も田島氏のメモ )
 
 次にまた、「 NHKの説明文 」が入ります。
 
 「重要な案件で、昭和天皇の意見に反対する際は、それが正しいことなのかブレーンたちの意見も取り入れながら、慎重に判断していたことがうかがえます。」
 
 「田島長官の、小泉に対する信頼は特に厚く、自らの退任に際して昭和天皇に、今後も意見を求める相手としては、小泉一人で結構であります、と述べたと記されています。」
 
 NHKの説明は、田島氏を褒めたつもりなのでしょうが、いかに氏が、陛下を思い通りにしようとしていたのか、そんな様子が伝わってきます。これに続くのが、いつも登場する反日教授の談話です。
 
 【  昭和天皇を象徴にしていった田島とブレーン 】( 日本大学の古川隆久教授の話 )
 
  ・昭和天皇が田島との対話の中で、自らの考えが時代後れだと気づき、説得され、自分で考えて、納得した末に考えを変え、」「最終的に、落ち着くべきところに落ち着いていった過程が、この資料からよくわかる。」
 
  ・田島長官が、一連のやりとりのキーマンなのは間違いないが、昭和天皇を象徴にしていったのは、田島とそのブレーンたちのグループだ、と言うことができる。
 
 氏は、毎回各章の終わりに、写真入りで話が紹介されます。その内世の風潮が変わり、彼らの陛下への冒涜が国民の怒りとなった時、氏の写真と説明は、犯罪加担の証拠資料となります。得意そうな顔写真ですが、気の毒で見ておれません。
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