ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

東大教授・小島毅氏 - 8 ( 霊璽簿(れいじぼ) )

2021-04-17 22:41:55 | 徒然の記

 国立アーリントン墓地について知識を得ましたので、これを頭に入れた上で、もう一度小堀・新田教授の言葉に戻ります。

 「招魂祭が、明治天皇のおぼしめしで東京招魂社に、」「やがて靖国神社へと発展する過程で、」「『伝統的な温情と和解の心』が働いた。」

 つまり言外の意として私が推察したのは、「すでに、忠臣・逆臣の問題は解決されている」ということでした。聖徳太子以来の日本人を考えれば、「和をもって尊しとなす」という形で、解決されているのだと解釈しました。

 一通りの理屈はつきますが、私は、「もしそうなら、靖国神社としてやるべきことがあります。」とも、言いました。今回はその理由を、述べようと思います。

 国立アーリントン墓地と靖国神社の、埋葬方法の違いを見れば、そこに鍵があります。祀られている死者の数え方に注目しますと、アーリントン墓地では「建墓数 : 300,001基」と書かれ、靖国神社では「(英霊)246万6千余柱」と説明されています。

 アーリントン墓地で眠っているのは、亡くなった人物のご遺体です。

 「埋葬後に、埋葬に足る要件を満たしていないことが発覚した場合、墓が撤去された上、遺体が遺族に返還されることがある。」という説明を読めば分かるとおり、墓には納棺されたご遺体が収められています。

 靖国神社では建墓数でなく、英霊は「柱」と表示されており、まずもって広大な墓地がありません。神社に祀られているのは、ご遺体でなく、国のため命を落とした方々の魂なのです。簡単な言葉で言いますと、靖国神社は墓地ではなく、霊廟です。

 これを説明する叙述を、ネットで探しましたので、そのまま転記します。
 
 「靖国神社には、被祀者の遺骨・遺灰などはない。」
 
 「まず暗闇の夜に、氏名、軍における所属・階級、位階、勲等などを筆書きし、」「『人霊』を、『霊璽簿(れいじぼ)』(旧称「祭神簿」)と称される名簿に書き移す。」
 
 「次に、靖国神社の神体とされる鏡に『霊璽簿』を写し、」「合祀祭を行うことで、『人霊』を『神霊』へと化す。」
 
 「このようにして『御霊(みたま)』を招来し、身分、職業、年齢、性別にかかわりなく、手厚く祀っている。」
 
 古来からの神事に従い、合祀祭を経て、英霊が祀られていますから、アーリントン墓地のように一体毎のお墓がありません。小島氏は、アーリントン墓地の話をするのなら、こうした根本的な相違点を説明すべきでした。
 
 そうすれば、心得違いをした反日左翼の遺族が、「勝手に合祀した家族の遺骨を返せ。」などと騒ぎ、要望に答えない靖国神社を、横暴な国家権力でもあるかのようにマスコミが報道する愚行も、なくなるはずです。前回私が、靖国神社としてやるべきことがあると言いましたのは、『霊璽簿』の説明です。厳かな神事であるとしても、国民に対してはもっと広く、知らせる工夫がいるのではないでしょうか。
 
 多くの国民は靖国神社を大切にしていますから、丁寧な説明が行われれば、反日左翼の人々と違い、そういうことなのかと静かに納得します。
 
 『霊璽簿』をご神体とされる鏡に写し、英霊として祀られているのですから、どこをどのようにして返すべきなのか、反日左翼のご遺族に説明をしても、誤魔化しだと批判されるので、靖国神社は困惑しているのだと思います。
 
 小島氏が、『霊璽簿』を知らないはずがありませんから、無知な国民が騒げば靖国神社の評判が落ちると、黙っているのではないかと推察します。ネットを検索しますと、次のような間違い情報もあります。
 
 「靖国神社には、韓国人2万1000人余りと中国・台湾人2万人余りの位はいも含まれている。」
 
 先の大戦時には、朝鮮も台湾も日本でしたから、志願して軍人となった者も多く、戦死者は日本のために死んだ軍人として祀られています。英霊となっている人数は正しいのですが、「位はい」はありません。
 
 今回で最後とするつもりでしたが、合祀に関する韓国東亜日報の反日記事を、偶然発見し、取り上げずにおれなくなりました。日本よりも、中国・韓国を大事にする小島氏が、彼らに正しい説明をしていないため、こんな誤解と憎しみが生じるという実例です。
 
 これ以上不愉快になりたくないという方は、スルーしてください。( 間違いなく、不愉快になります。 )
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東大教授・小島毅氏 - 7 ( 国立アーリントン墓地) )

2021-04-17 11:50:18 | 徒然の記

 「国のために死んだ人を祀っているので、靖国神社はアーリントン墓地と同じだと言う人がいますが、」「敵も味方も埋葬しているアーリントン墓地と、靖国神社は同じじゃありませんね。」

 氏の説明には、どうしても靖国神社を、国民の信仰の場所にしたくないという響きがあります。そこで、アーリントン墓地について調べてみました。

  所在地  :  バージニア州アーリントン 

      名 称  :   国立アーリントン墓地 

  建墓数: 300,001基
 
  運営者: アメリカ合衆国陸軍 ( アメリカ陸軍第3歩兵連隊「ザ・オールド・ガード」が警備に当たっている。)

  アーリントン墓地が陸軍の管轄下にあり、軍が常時警備し、正式には、「国立」という文字がつくことも知りました。

 何年か前、観光旅行でポルトガルに行った時も、戦没者の埋葬地では正装した軍人が、昼夜を別たず警備していました。またインドネシアの墓地も、警備や埋葬や式典については軍が関わっていると、本で読みました。おそらく戦没者を祀る墓地というものは、どこの国でも軍が関与しているのでないかと思います。
 
 氏のような反日左翼学者は、アメリカの墓地が軍に管轄されていても、「軍国主義の象徴」とか、「侵略戦争の正当化」、或いは「政教分離をせよ」とは言いません。私は氏が、靖国神社を狭い「二元論」で批判するのでなく、もっと世界の常識と照らせば良いという気がします。
 
 ついでですから、ネットで調べた国立アーリントン墓地の説明も、少し長くなりますが転記します。
 
 「1864年に、南北戦争の戦没者のための墓地として、南軍のリー将軍の住居のあった土地に築かれた。」「その後、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などの戦没者が祀られ、」「現在でも戦没者やテロ犠牲者などの、合衆国のために尽くした人物の墓地として存在する。」
 
 靖国神社の原点である霊名舎の創建が、文久2 ( 1862 ) 年ですから、アーリントン墓地もほとんど同じ時期に作られています。
 
 「墓地の面積が、2K m2とあまりにも広大なため、」「事前に調べておかないと、目的の墓石を見つけるのは困難である。」「このため、各墓石には識別番号が刻印されており、」「案内所の端末で、氏名や認識番号を入力すると、」「墓石の位置を確認できるサービスがある。」
 
 「太平洋戦争期に日系移民二世だったため、敵性市民として弾圧を受けた60余名の日系軍人が、」「『歴史的に特筆すべきマイノリティー』として、埋葬されている。」

 目覚ましい活躍をした日系軍人が、「特筆すべきマイノリーティー」として区別されている事実も、初めて知りましたが、氏の言葉で言えば、「人種差別」にはならないのでしょうか。

 埋葬の決定権は、施設側でなく、本人と遺族の意向次第だそうです。ただし、埋葬後に「埋葬に足る要件を満たしていない」ことが発覚した場合、墓が撤去された上、遺体が遺族に返還されることがあるとのことです。

 およそ20年にわたって続いたベトナム戦争について言えば、戦争末期には米国内で厭戦気分が高まり、「この戦争に正義はあるのか」と、国論を二分した戦争でした。ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)が潜伏するジャングルを枯死させ、農耕地を壊滅させるため、米軍は大量の枯葉剤を散布しました。

 ベトナム人はもちろんのこと、戦場から帰還した兵の子供も、枯葉剤による奇形児が生まれました。或いは空爆と呼ばれた空からの無差別大量殺戮や、全村皆殺し作戦などがあり、「アメリカによる侵略戦争」と呼ばれました。北ベトナム政府は、「抗米救国戦争」と名付け、国民の団結を鼓舞しました。

 これらのことはもう、過去の話となり、語る人もいなくなりましたが、私が氏に問いたいのは、引き合いに出したアーリントン墓地が、何の問題もない場所なのか、ということです。仔細に眺めれば、靖国神社の「忠臣・逆臣二元論」より、さらに深刻な課題を抱える場所でないかとさえ思えます。

 アメリカにはアメリカの事情があり、歴史がありますから、アーリントン墓地について述べるのは、アメリカ批判のためではありません。私が言いたいのは、氏の靖国神社批判の粗雑な説明への反論です。

 「ろくに調べもしないで、靖国人社批判のため、アーリントン墓地の話をするのはお止しなさい。」「善良な国民をたぶらかすような話を、無責任にしてはいけません。」

 次回を、ブログのまとめにしたいと考えておりますので、どうか「ねこ庭」へお越しください。待っております。

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