~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

友人の家移り

2006年04月20日 23時13分37秒 | 家族・友人等
ニュースで某島のことが出ていたもので、
こういう話題になると俄然元気になる東京の友人(ちなみに政治的意図はまったくないようだ)のことを思い出し、「○島はどう?」とメールしてみた。

すると、いきなり電話がかかってきた。
「もう、○島どころじゃないのよ。ほら、きこえるでしょ?爆撃よ!テロよ!」
「はあ~??」
「もう大変なんだから。どかーん、どかーん、て地響きしてる」
「で、なにが起こってるの?」
「解体よ。隣の銀行がなくなって解体が始まってるのよ。それで、ここもどかなきゃならなくなったのよ」
「へえ~~。もう何十年も住んでるそこから移るんだ」
「そうなのよ。それで、いろいろ探してるんだけど、こじゃれたOL一人暮らし用の小さなマンションと、築40数年のきったないけど広くてしかも焼き鳥屋の上の部屋と迷ってる」
「そりゃー、焼き鳥屋でしょ。だって、庭から郵便屋が入ってくるようなあんな家でふすま絵も自分で描いちゃうような生活してたのに、壁に画鋲も打てないような家に住めっこないじゃん」
「そうでしょ、あなたならそういってくれると思ってた。みんなが<もうサバイバルはやめなさい>って、こじゃれたほうばかりすすめるもんだから」
「それでほかにどんな物件があったの?」
「O病院が窓いっぱいに見えるマンションなんだけど、おばあさんが隅から隅まで磨きつくして、部屋もペンキで真っ白に塗ってあって、真っ白でぴかぴかの食器棚もあって<これ使ってもいいですよ>っていうのよね。でも<洗濯物は屋上でみなさんと一緒に干してくださいね>って」
「なんじゃそりゃ・・・・病院か?」
「たぶん、元は病院なんじゃないの?<うちは静かなのがお好きな方に好評です>って言ってたし」
「話としてはおもしろそうだけど。みんなで屋上で洗濯干すのはちょっとなあ・・。やめたほうがよろしいのでは」
「ところで、あなた茶碗いる?」
「どんなやつ?」
「そうきく人にはあげられないわよ」
「だって、どんぶり10個とか送りつけられたら困るもん」

・・・・・・・・これは冗談ではないのだ。
彼女は某有名ブランド食器会社に勤めているのだが、価値観が非常に柔軟(!?)で、ダイアナ&チャールズの結婚記念プレートでカレーを食べたりする一方で、コカ・コーラのコップを大変大切にしていたりもする。
もちろん素敵な食器もくれるのだが、要注意だ。いつかはどこかからの土産にイスラムの挨拶の本を送ってきた。

さて、彼女の家探しはどうなる?そしてうちには何が送りつけられてくる?

中年よ、小志を抱け

2006年04月20日 13時02分00秒 | ピアノ
いよいよ迫ってまいりました。
あさっての室内楽のイベントです。・・といっても個人宅であるので公開ではないのですが。
プログラムは、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ドボルザーク、ブラームスの名曲がずらずらっと並んでおります。
なんせ私は初めてなもんで、個人のお宅で20名あまりが入れてかつグランドが弾けて・・っていったんどんなお屋敷なんだろう???とドキドキしております(笑)。
曲に取り組む姿勢としては、コンクールだろうが、発表会だろうが、お楽しみ会だろうがまったく変わりありませんので、自分にできる限りのことはやりました。
室内楽なので暗譜の必要はありませんけれど、暗譜でCDにあわせられるレベル(しかもどの部分からでも)にしました。
そうはいっても、どんなにやったつもりでも本番はまた別物ですので、無事に終わるという保証はまったくありません。

例の4回転半ジャンプ並みの難所ですが・・・・
はい、ほぼクリアいたしました。一般的なテンポならば落ちずにすむんじゃないかと思います。
ここが飛躍的に弾けるようになったのはごく最近のことで、「やっと締め切りに間に合った」というのが実感です。
3度4度5度6度8度が両手に複雑に出てくる部分は、頭の中ですべての指の動きがイメージできるようにし、何オクターブも跳ぶところは、瞬間に手の下を通りすぎていくたくさんの鍵盤をスローモーションでイメージできるよう(高速の球が止まって見えるというやつ?)に、なんども頭の中で再生しました。
結局「弾ける」ようになったきっかけは、鍵盤上の練習ではありませんでした。

あくまでもこれは技術上の問題のみの話であり、音楽的にはここから始まる部分も多いと思うのですが、なんせもう合わせる時間ないし、自分ひとりで作りこみ過ぎても、たぶんご迷惑(?)だと思うので、あとは当日次第です。

それにしても日々練習していて思うことですが、
もし、伸縮自在の柔軟性(とそれを支える筋力)があれば、鍵盤への着地もソフトにいくし、オクターブや9度もさっと手を広げてすばやくつかめ、鍵盤に指をつけたままでスケールも弾ける・・・・・はず。
指も180度の開脚(!?)ができれば、なにも手自体が大きくある必要はないわけで、こういった柔軟性を体得し保持するのは、なんだかんだいっても幼児のころから弾くのが早道だし、練習を積むことも(一部の天才を除いては)欠かせないことだとあらためて思いました。

私、数年前に再開したときは指のコントロールが非常に悪く、気持ちだけが走っていて自分でも気分のいいものではありませんでした。
自分で言うのもなんなんですが、最近指自体の動きは相当回復してきたと思います。この年になっても「運動能力」の一部が向上する可能性があるのはかなりうれしいことです。
・・・・・・・というのは中年に共通した心理のようで、この前テレビを見ていたら「40くらいから走り始める人が多い。自分でもまだやれるんだというのと、どこまでやれるかやってみたい、という気持ちがそうさせるようだ」と誰かが語ってました。

私、立派な中年のようでございます