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グリゴリ・ペレリマン氏の生き方に学ぶ(1) 被災地の方へ「勇気」を

2011-06-13 12:22:37 | Weblog

グリゴリ・ペレリマン氏の生き方に学ぶ(1)

2回続きの1回目です。

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この記事は、昨年に書いていたが、掲載しなかった。

しかし、今回の大震災とそれに続く未曾有の「危機」に際して、私たちが行動を決定するときに必ず、参考になると思うので掲載する。

私も父が亡くなったあとの自分一人の力で何とかしなければいけない一番大変な時期に、グリゴリ・ペレリマン氏の生き方を何度も思い出して勇気づけられた。

生き方を指針づけられたといっても過言ではないと思う。

苦しいことがあたらグリゴリ・ペレリマン氏の生き方に学んでほしいと思う。

以下、未掲載の記事をそのまま載せる。

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2010年)7月3日(土)の読売新聞の36面の記事に感動し、勇気づけられた。
露数学者また受賞拒否「ポアンカレ予想」証明
の2段の記事である。

(ポアンカレ予想とは、誤解を恐れずに言えば、帰還した「はやぶさ」がもしロープを引っ張って地球から出発し地球に帰還し、ロープのはじめと最後をもって全部引っ張り寄せることができたら宇宙の形は丸いはずだという予想。はやぶさが、仮にドーナッツの形をした宇宙をドーナッツの形に沿って回ってくればロープは引っかかる)

受賞を拒否したのは、ロシアの数学者グリゴリ・ペレリマン氏(44歳)である。(記事では、「ペレルマン」となっているが、後で述べるNHKの番組では「ペレリマン」としているのでペレリマンと記載する)

記事によると、受賞を拒否した理由として、「別の数学者が証明に果たした貢献が正当に評価されていないことに不満を示した」らしい。

また、
受賞を拒否したのは、アメリカ クレイ数学研究所主催の「ミレニアム賞」で、受賞と賞金100万ドル(8,800万円)の受賞を拒否したとのこと。



私が、ペレリマン氏の受賞拒否の記事に感動したのは、今年3月6日NHKで再放送された、「NHKスペシャル100年の難問はなぜとけたのか」の番組を読む前に見ていたからだ。

それによると、ロシアの数学者グリゴリ・ペレリマン氏は、数学界第一、数学のノーベル賞とまで言われている、「フィールズ賞」も受賞を拒否した。




読売新聞のペレリマン氏の受賞拒否の記事に感動し、勇気づけられたのはなぜか、少し長くなるが書きたいと思う。



「NHKスペシャル100年の難問はなぜとけたのか」では、フィールズ賞を受賞拒否したペレリマン氏について放送した、多分ロシアの放送局の音声の翻訳文字(テロップ)として、

「30ルーブル(最近のレートで約86円)でさえ今のペレリマンには大金です。」
「賞金100万ドルを拒否しなければ豪華な生活が出来たでしょうに」

と字幕があった。

映像は、隠し撮りされたペレリマン氏が買い物袋(レジ袋?)をさげた姿が映し出されていた。

まったくひどい映像です。
彼は正当に評価されていない。

と高校時代の恩師が述べていたのが印象的だった。



私は、この報道はペレリマン氏のことを全く理解できない、お金第一の考えで作られた報道だと思った。
お金があれば、何でもできるという考えの。



ここからは、私のほとんど推測なので、ペレリマン氏にたいして失礼なことがあるかも知れないが、意をくんでいただき失礼なことがあったらお許しいただきたい。

まず、ポアンカレ予想のなんたるか、また位相幾何学(トポロジー)など最近の数学も含めよく分からないのに、これだけの(2段の短い)記事に対していろいろ書くことさえ誤解を招く可能性があるがあえて、書かせてもらう。

私には、ペレリマン氏が「フィールズ賞」、「ミレニアム賞」の受賞を同氏が受賞拒否した理由が理解できるような気がする。



ペレリマン氏の言うように「別の数学者が証明に果たした貢献が正当に評価されていないことに不満」なのだと思う。

おそらく、ポアンカレ予想のような世紀の数学の難問は、登山と同じようなものだと思う。

それも、チョモランマのような世界有数の前人未踏の最高峰の登山にたとえられるのではないか。



私の数少ない体験で言えば、グループで山の頂上を目指して登りはじめたとしても、自分が稜線で強風にあおられて、谷底へ転落してしまえば、命はない。
(これこそ「自己責任」だ。危険な商品やサービスを売り手の責任を逃れるために「自己責任で」というのとはまったく意味が違う)

そこまでいかなくても、骨折して動けなくなったら、最悪一人で残って、何とかするしかない。

他のメンバーまで犠牲にするわけにはいかない。

ましてや、ペレリマン氏はグループではなく、たった一人で、「ポアンカレ予想」というチョモランマ世界初登頂にたとえられるような難問にたった一人でアタックをはじめたのだろう。



仲間とグループで登山するときは、気楽だ。
(それがそもそもの認識の間違いなのだが)

だが、もし仲間とはぐれ、一人迷ったらどうするか。

もっとも頼りになるのは、食料、防寒具や寝袋、雨具(体温低下を防ぐ)と地図だろう。

ペレリマン氏は、最初からこの仲間とはぐれた状態からのスタートとたいして変わらなかったのではないか。

中腹までの地図はあるが、その先の地図はまったくない。



数学の難問なので、ペレリマン氏に食料、防寒具や雨具はいらない。

何よりも必要なのは、地図だ。

繰り返しになるが、「NHKスペシャル100年の難問はなぜとけたのか」によると、「ポアンカレ予想」とは、ペレリマン氏にとって、山の中腹までの地図が分かっているアタック目標だったに違いない。

それが、サーストン博士の「幾何化予想」などによってアタックすべき経路が見えてきたのに違いない。
(詳しくは、「NHKスペシャル100年の難問はなぜとけたのか」の録画映像をどなたかに借りて見てほしい)



登山では、街で命の次に大切な、「カード」や「財布」は、登りはじめたらまったく役に立たない。

持っていればむしろ、重くて、アタックのじゃまになるくらいだ。



ペレリマン氏のように、一人で、アタックするには「地図」しかない。

だが、その「地図」は、「ポアンカレ予想」に取り組んだ数学者たちが命をかけて明らかにした成果だ。

それを頼りにして、ペレリマン氏は、「ポアンカレ予想」という世紀の難問、チョモランマのような最高峰の初登頂にたとえられるアタックに成功したのだ。

そして、そこからのすばらしい眺めを誰よりも早くペレリマン氏は見たに違いない。
おそらく、神と先達の多くの数学者たちへの感謝とともに。


 

2回目に続く

グリゴリ・ペレリマン氏の生き方に学ぶ(2) 

 


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