三菱電機ビルテクノサービスを悪く言うのが目的ではない。大体、私はこの三菱電機ビルテクノサービスのCMはFMでしか聞いた事がない。それがテレビに出てきたのだ。
元々安定した会社だから、もっと早くからテレビに出てもよかったのだが、それが今まで無かった。声の出演はFMと同じ伊武雅刀だった。
こう言うとあれだがマスゴミもいよいよスポンサーがなくなったのではないか?となると今後の金融危機が発生した時の厄介事が予想される。この件ではダイアモンドオンラインやJBPRESSでもあったが、財務省の保険部門が悲鳴を上げている。
つまり、こんな保険をよくもまぁ引き受けるとしたものだ?と言うものだ。保険会社が破綻すると、その保険証券は公的部門が引き受ける事になっているのだが、この場合、場合によっては保険内容の変更が発生する可能性があるのだ。だがBSでスポンサーが離れるのが嫌でマスゴミは外資保険の危険性は全く伝えない。
その結果、保険問題は再度発生するかもしれないと言われている。これが社会を覆う現実である。だが、その問題はマスゴミの次の問題となる。BS放送の多くはテレビショッピングと外資の保険、それと健康食品と化粧品で何とか命脈を繋いでいるようなものである。だが地上波と衛星の二足の草鞋となってしまっている。当然適当な番組作りが横行している。
テレビ受像機の売り上げが停滞していると言うが、その大きな原因の一つとしてマスゴミが認めないが、テレビで見る番組がないのだ。その結果、この有様である。一時期、馬鹿みたいに姦流を垂れ流していたが、それも下火になって、いよいよ見るものが無くなった。
BSも然る事ながら、地上波もおおわらわである。かくてマスゴミの断末魔を今楽しく見ている。加えてNHK問題と来れば、とうとう年貢の納め時だろう。
どうだろう?地上波は1局ぐらいでラジオも1局か2局ぐらいにしては?だって内容がない番組を作って誰が見るの?何より手間をかけない、考えない、希望も無ければ規制ばかりがある。それで何が出来るのか?
ニュースがある?嘘ばっかりの?そんなもの何で聞くの?多分イタリアでの時刻表の意味と言われるだろう。つまり、どの位遅れたかを分かる為のチェックシートがイタリアの時刻表である。マスゴミの嘘紙は、どんだけ現実と違う内容を文字にされているのか?が嘘紙の目的である。となると当然金を払って見るほどのモノではない。
日本管財のcmを見たり、東京エレクトロンのCMを見たり、縁の下の力持ちが出てくる出てくる。何でCMを打つのか?打つ意味があるのか?
自分たちだけが儲けて、自分たちだけが利口で、自分たちだけが生き残る。それが結局通用するのか?毎度毎度テレビのドキュメンタリーで言うのが「この業界生き残るのは一部のトップだ」
となると他は死ぬの?無くなるの?そうしたらどうなるの?ヤマダ電機やビッグカメラとかが生き残るのは自分だけだと、そんで「ビックロ?」それが「素晴らしいコト?」
何か馬鹿臭い。一番馬鹿臭いのは電気製品はステイタスが高いものなの?何か、もう皆飽きている。全てに飽きている。飽き飽きしている。利口な奴等に飽き飽きしている。
ふと、かつて熱中していたものを見て(大和とか)ちょっと血が沸くのだが、もう、どうでも良いと思ってきた。何を見てもつまらない。何も馬鹿臭い。一番楽しいのは子供が笑ってはしゃいでいるのを見る見たり、猫が戯れるのを見ているのをニコニコしているぐらいだ。
映画も「プロメテウス」を見ても、ウンザリしたし、何か映画を見ると絶望感を感じる事の方が多い。全て見た事のある結論が出る。
BS朝日を見ると映画をやっていた。だがビデオの発生で、映画をテレビで見る意味がなくなってきた。その結果、何時でも見られるから、今見る必要性がないとなる。大体の面白いパターンが出尽くした。何より新しく面白いものは、その利権争いが先に来て、その後先には続かない。
一昨年の「勝間和代」と「ひろゆき氏」の「ベンチャー談義」このベンチャー談義で「勝間和代=慶応の典型の嘘吐き」が吹聴していたベンチャーの世界は、実は、もう20年も前に、似たような状況が出ていた。それは「東谷暁」氏の本を見て、そうそう、そうだったと思ったものだ。
勝間和代は2010年に「エンゼル(ベンチャーキャピタルに直接投資を申し出る人)」がいるのに起業しないの?と食って掛かるが「エンジェル」と言う言葉をいとも恥ずかしげもなく使うもんだと呆れ果てた。これはベンチャーキャピタル関係者が一番そう思っただろう。
私も堺屋太一氏が「明日の世界と日本」を毎週見ていてベンチャーキャピタルや活動する日本企業の勇姿に胸を震わせたのだが、それも1980年代までで枯れ果てた感がある。実際ベンチャーキャピタルが産業的実在性を持って活躍したのは1980年代が限度だった。その後は玄人筋が出てきて、頭の悪い馬鹿文科系大学出には分からないものを産業化していた。
2000年代半ばにTLOを文部科学省がやけに熱心に売り出したが、その頃、企業と大学で共同できる分はほぼ終わっていた。
それよりも酷いのは1980年代後半のベンチャーキャピタルの食い潰しである。これは儲かりそうなベンチャー物件に証券会社(投資銀行)などが飛びつき、ベンチャーキャピタルの成長を吹聴して未公開株を乱発してぼろ儲けをした。これが1990年代のヘッジファンドが出る前の米金融界の儲け筋だった。実は勝間和代がやりたかったのは、この証券会社の食い散らかしである。それが勝間和代のスポンサーである。
その結果、有望かもしれない事業が利権の張り巡らしで動きがとれず、結局資金繰りをはじめとして、続かなくなって倒産したなどの事態が発生した。2000年のITバブルなども、似たようなもので、前振込みが馬鹿みたいに大きくて結局取次ぎをした金融屋が金を回しただけの結果だった。
よくITバブルがどうのこうのと言うが、殊更取り上げる内容か?と疑問に思っていたが、どうやら皆さん綺麗さっぱり忘れ去っていたようだ。そしてサブプライム問題と、大体大きな流れは10年ぐらいで来るものだ。
私は、本当にテレビの綺麗な画面を見て空しくなった。
私はこのテレビを5万円せずに買った。昔21型のテレビが4万9千円ぐらいだった。(1990年ぐらい)だが今の液晶テレビは32型が3万5千円である。
画像も綺麗で、機能も素晴らしい。だがちっとも嬉しくない。テレビに出てくるものは先の知れた演出と小細工の山。マスゴミが「どうせこんなもの!」と舐めに舐めた態度が、電波に乗ってやってくるようだ。
もう良いや。何かどうでも良いやと思わせる。最近テレビで一番楽しく見られるのは歴史の探求番組ぐらいである。もう思惑の見え透いた加工された情報はお腹いっぱいである。
BSを見ていたらBBCの歴史番組を見たら何回目かの再放送だった。見逃したのが見られたと喜ぶ一方、この様な状態なら、このチャンネル自身が見られない可能性が高い。だが、それはそれで良い。BBCの歴史番組はDVDでも見る事が出来る。
私はYouTubeの猫の戯れるビデオを見て「何故こんな下らないものが飽きないのだろう?」と不思議に思う。何のナレーションも演出もない事がこれほど心地よいのか?と呆れてしまう。
それと最近つくづく思うのは、最近の女の人が皆綺麗なのだ。困った事に、それをまじまじと見ると怒られるので、結局見たいものは見られないのが現実なのだ。精々YouTubeの猫のビデオを見ようか?