うなぎはレッドブックに載ってしまった。だから今後養殖が上手く行かないと日本の食文化は断たれる。欧米にも鰻文化はあるが、それは違うとの事。だが日本には欧米よりも遥かに進んだ海洋技術がある。
皆は、どうも陸上の世界と海中の世界を混同しているようだ。だから私の言う事が分からないだろう。
海の映像を見てもらうと、その多くが「動物」である事が分かる。一方植物は、藻類が植物として如何に古く、また海の中で栄えていないと分かるだろう。分からない?そんな奴は置いていく。
何故かと言うと、海中には植物プランクトンと言う奴が居て、これが地上よりも効率的に食糧生産を行う。この植物プランクトンは動物プランクトンに食われて、それから微小生物に食われる。動物プランクトンと言うと、ミジンコみたいなのを考える向きも多いだろうが、カニ類のゾエア幼生やプエルブスス幼生やエフィラやプラヌマ、ストロマなどの成長中の生物も含めて動物性プランクトンである。プランクトンと言う言葉は実に曖昧である。
さて、私が空で言った、プエルブススとかゾエアとかプラヌラとかエフィラとかは何の生物でしょうか?分からない奴は置いていく!
これらの動物性プランクトンは、往々にして植物性プランクトンの生産量によって成長が決まる。この成長が決まるというのは生育数が違うという事とは違う。この成長が変わるという事は、実は今の日本の漁業関係者の注目点である。この辺はNIRAや日本総研などを見ていると分かる内容である。
つまり取れる魚体の大きさが決まるのだ。例えばエチゼンクラゲを見て分かると思うが、あれは何故アソコまで成長したかと言うと、あのクラゲと言うのが柔軟性のある存在で通常は、アソコまで成長できない。アソコまで成長したのは、捕食できる程度の小魚が多い割に、他の魚がチョングソや中毒によって採られたから、小魚がエチゼンクラゲに食われていたのだ。
同じ事はプランクトンレベルで成長が阻害されたのでチンタオの藻の大量発生がある。これは燐分が流されるのを放置しておいて、あの状態がある。あれはもう少し進むとアオコが発生する。
つまり、中国に関わる海洋の問題は滅茶苦茶な中毒とチョングソの漁獲によって発生しているのである。だが、あの糞馬鹿のチョングソと中毒は、自然を育てると言う事を出来ない下種だという事だ。それは同じ中国でも雲南は木を育てる事を文化としてある。中毒の下衆は、それが出来ないのである。
木を育てるのは、気仙沼の港を見れば分かるが最終的に海洋の栄養を増やす。中国は揚子江と黄河を全く無為にしているに近い。故に、この馬鹿どもは国土の食料を食い尽くす時が近い。
タダでさえ水を汚している。それで食糧を生産とは笑わせる。
実は海水も他所の海水で汚染されている。その際たるものがアオコである。赤潮もそうだが、タンカーのバラスト水にのってやってきたのである。その結果、水の悪い菌が沢山世界に広まったのであるが、もっと言うと海水は結構汚染されているし、危険なのである。
その地上では、何を防除すれば良いか分かっているが、海水に関しては、通常の食中毒の菌ぐらいだが、それ以外の奴が一杯居る。どれが良いのか?悪いのか?と言うガイドラインが無い。
「美味しんぼ」では、オーストラリアが天国となったが、実は安全な環境を求めて日本は陸上での養殖に移っている。だが、私が拘るのは滅菌されたプランクトンの生産である。鰻の稚魚はマリンスノーを食べるといわれている、今は鮫の卵食っているらしいが、マリンスノーの方が海が汚れないから良いのだそうな。
この稚魚の生産が上手く行けば鰻は殆ど問題なし。それで鰻でバンバンやれる。中毒の糞が色々ほざくが、日本国内の海域で様々な魚を生産すれば、中毒とチョングソの下衆下道が船出して釣るのは外道ばかりとなるだろう。
また魚介類は、それを食べられるか?と言うのが極めて重要で、日本は元々沢山の種類の魚を食べるが、戦後、農林水産省が食べられる魚の種類を増やしたのだ。その隠された努力を知らないのは馬鹿文科系大学出だろう。代替魚種がなければ今のこの時点で既に魚の価格は高騰しているが、それを止めているのは…
日本国の努力だあぁぁぁぁぁ!
頭の悪い金融さえいじれば良いんだとほざく頭が悪すぎて世界から笑われている馬鹿文科系大学出は知らない!頭の悪い贔屓の引き倒しの馬鹿右翼も何の役にも立たない。
これら馬鹿には見えない努力が日本にはあり、それらが全てのバックボーンとなっている。高価な魚を馬鹿が、チョングソ、中毒、ロシアが乱獲しているが、その一方で食料となるべきものを捨てて回っている。
日本人は元々肉しか食べなかったのが内臓の美味さを知り、殺す家畜の量は増えないのに食文化が増えている。それが利益を生んでいる。最初マグロを食べる文化はなかったが、今となっては内臓も好んで食べられている。
それは昔からあった文化ではない。その事を当たり前当たり前と馬鹿が馬鹿だから吹聴している。しかし、その中の不思議なものを見るのが大事なのである。
実は、今日本の漁獲が減った所以の一つとして、藻の減少がある。この藻が食糧生産のエネルギー生産には結び付かないが、実は小型の魚の成育を維持している点が重要となっている。
慶応の下衆な経済無知の吹聴する「ぐろぉばぁる馬鹿の経済」は、その愚劣さが世界でどんどん知られている。TPPを馬鹿みたいに吹聴しているが、今、TPPは不味いとASEANはTPPを否定している。
獰猛な経済は、獰猛なクズが荒らす海の中と同じで危ない。例えば馬鹿が作った小唄「北海挽歌」とあるが、あれはニシン皆殺しをして北海道の海を砂漠にした馬鹿が、何でニシンが捕れん様になったんだぁ~?と馬鹿が馬鹿面している、間抜け歌なのである。
当事のニシンの取り方は、実にキチガイじみていた。それは無くなりもすると誰でも思う。それを平気にやっていたのだ。それと同じ事が襟裳岬の海草の乱獲である。こっちはニシンと違い、復活したのだが、乱獲をすると、必死で生き延びようとしている小魚を根絶やしにしかねなかった。
同じ事は他の海でも言える。小魚は往々にして隠れ場所があるから生き延びる。その生き延びた小魚がある程度、プランクトンを食べて肥えるのである。今東シナ海では、魚体の小型化が問題となっているが、これは手加減しない漁獲が原因と農林水産省と日本財団やNIRAなどが指摘している。
その根絶やしを止めるのが、海草なのである。色々な事が記録をとっていないから分からないだろうが、私は流れ藻の減少は、海洋の枯渇の重要な原因だと思っている。(無論この様なことを言う人間は私以外に居ないが)流れ藻は前に生き物関連の番組で取り上げられた事があったが、もう30年も前である。流れ藻は一抱え程度の大きさだが、それでも様々な種類の生命が寄生して、成長するのである。
この流れ藻は、通常生物の繁殖が近海のみであると言う常識を破るものと思っている。流れ藻は、それ自身が光合成をするし、魚の隠れ場所となる。それは沈む事もなく、ある程度の朽ちるまでに様々な生物を宿す。
CO2の排出量は計算できるが、吸収量が計算できない。これは人間の把握する世界の不確実さを意味している。流れ藻を漁業資源として指摘するのは多分私ぐらいだろう。だが、これは海の70%が無生物に近い状態である。(面積的であり体積的には90%以上)それを広げるものとして、有効である。
また漁礁を色々作っているが、その理由の一つは、小魚の逃げ込む場所だが、もうひとつは深層海流を巻き上げて光合成の可能な場所にミネラルを回すのだが、この海のミネラルは30%以下しか活用されていないという。それは巻き上がる場所が無いのと、定着する場所が無い。だが流れ藻は、その定着する場所を広げる能力がある。
大海の中を悠然と泳げるのはマンタとか、ジンベイサメとか、マンボウぐらいである。はっきり言えば、海の殆どが海水が満ちている砂漠の様なものなのである。泳げば泳ぎ着くというのは間違いで、食べられる生産能力があるのは一部なのだ。それを広げる努力を自然はしていたのを海岸線のコンクリート詰めで殆ど海草を流れ藻を殺したのだ。海岸べりの海草の林の枯渇で、小魚、特に青魚の漁獲は減った。川べりのコンクリート化によって、江戸時代掃いて捨てるほど採れたシジミは殆ど取れなくなった。鰻は、昔、川に行けば、何処でも採れたのが採れなくなった。
事ほど左様に、生産する自然のシステムを潰す一方で食文化の進展で捨てていた食物を食べる、食べられるようになって今がある。その事は「美味しんぼ」ですら伝えていない。
この「欧米流・慶応流・ユダヤ流」の破壊・抹殺・荒廃の食の未来を根底から変えるのは、食文化が「竹中平蔵=ふざけた諭吉流」のせせら笑う、弱いものを皆殺しにする結果強いものが生きられない世界の狂った寝言を完全否定する、ある意味自然の弱肉強食は弱肉が生産されるからと言う野獣でも分かる事を分からない宇宙で一番馬鹿な慶応=ユダヤ=欧米流の全てを破壊して最後には自分自身を破壊する文化の行き着く先である。
ユダヤは、新しい文化を創れない。破壊するしか出来ないから。それを変えられるのは、森林を維持する文化を持つ日本の、作る漁業文化である。
プランクトンなどの基礎技術こそ、未来の日本の新機軸としてしっかり考えるべきであろう。またバイオも欧米は牧畜関連と陸上のモノばかりを追い求めている。だが海のモノは新たな技術爆発の可能背を持っている。だがその基礎や素地を持つ存在が欧米には居ない。日本の農業・漁業の技術・文化こそが、今後有望な投資先では無いだろうか?文化と言うと、文化祭でもやるのか?と馬鹿だけでは到底表現できない、馬鹿文科系大学出の掃き捨てる寝言だろう。
少し前まで、我々は、ウスターソースも、ケチャップも食べられなかった。近年当たり前の様に食べる野菜の半分以上が100年前には日本には珍しいものだった。これこそが日本の食文化大革命の威力である。そして、ドメインの生産に拘る我々の祖先は、その外国の品種を日本流に変えていったのだ。
大根を見てみろ!あれほどの種類があり、それを有機的に食文化に結合した民族は日本しかない。また海の食文化も、恐るべき程の威力を持つ。何処もイソギンチャクは食べない、ヒトデは食べない、だが日本では食う。ワラスボも外国には似たような奴が居るかもしれないが食べるのは日本人である。貝類も比較にならないほど沢山の種類を食べる。
食糧危機は頭の悪い慶応の様な、法政の様な馬鹿文科系大学が作るのである。農民を知的でないように馬鹿文科系大学の糞馬鹿は蔑むが、悪魔の手先が何ぞほざく!
馬鹿文科系大学出は世界中で一番余っている。それよりも新たな食文化を切り開く存在のほうがよっぽど求められている。
今食料価格が上昇し、来年は日本でも3400円ほど負担が上昇するとの事である。円高の国でこの有様である。経団連は今、一番経済音痴の集団となっているだろう。まるで慶応の様に。
食糧生産は私ほど熱を込めて言わなくとも合理的判断力があれば方法論の一つとして選択するのがしごく合理的である。それを否定するのは売国しか能の無い馬鹿文科系大学でありマスゴミの仕業である。
TPPの無意味さは、珍しくまともな事を言うレコチャイナの「TPPを疑問視するアジア諸国、加盟めぐり意見分かれる」でも分かる。頭の悪い馬鹿はTPPに固執するが東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)こそがASEANの関心事である。
事ほど左様に、TPP、TPPと馬鹿が、馬鹿文科系大学出が吹聴している。全てにおいて誰かの視線しか言わない奴等の口車に乗って良いものか?
そうした時に、日本のスーパーに行って、食べ物を見てみたらどうか?これは遥か昔からあったのか?違う、その多くは近年になって出来上がったものだ。そして、また発展する。それは今の我々の努力の結果となって。
それは食品を作る農家や漁師だけではない。確かな消費者であり、確かな投資家である。A級であろうとB級であろうと食べる事の無い人間は居ない。それを他国のモノに恋焦がれる奴は果たして利口なのか?そして未来をつかめるのか?
大した事ではないが、立派な事であると分からないのだろう。だから嘘と誤魔化しとその場しのぎの馬鹿文科系大学出の無様な姿がある。