72年5月にファーストアルバムを出して、トップチャートに躍り出る。
そして、73年9月、70マイル先の次の公演に向かう「チャーター機」が離陸に失敗して、モリーミューライゼンら、相棒のギター弾きやスタッフ共々、あっけなく世をさってしまった。30歳の若さだった。
あっと言う間に駆け抜けた彼であったが、今もファンは絶えない。
イタリア系アメリカ人らしい顔つきで、なんとも愛嬌があって、大好きだった。
タイム・イン・ア・ボトル ・ オペレーター ・ アラバマの雨 ・歌にたくして
アイ・ガッタ・ネーム・ニューヨークは好きじゃない ・ジムに手を出すな
リロイ・ブラウンは悪い奴 ・朝の足音
などなど、短い時間で、沢山の歌を残したね。
フォークテイスト、そして、ロック的リズムなど多用しながら、上質なポップスを作れる人であった。
相方のモリーの奏でるリードがまた、すんばらしい!
チョーキングを多用した彼のギターが、また、大好きだった。
あの音・マーチンにエレキの弦を張っているのだ。
30歳はなんとも早逝。
生きていたら、押しも押されぬシンガーソングライターになっていたと、確信している。
出ないかね?例の「未発表音源」ってやつさ。
ところで、今年、ラストライブのCDを入手した。
今、とっても、お気に入りである。