館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

赤木一孝・坂庭省吾を歌う・・に、行ってきた。

2016-12-15 05:34:08 | 笠木透さんのこと。



あかべえ・・・赤木一孝「坂庭省吾を歌う」に行ってきた。

僕は、彼のことは大好きなんだな。

歌も・・・歌から伝わる、彼の人柄もね。



「坂庭省吾を歌う」だが、中身を細かく言えば、70年代に笠木氏が起こした「フォークス」というグループの時代の歌だ。(そのメンバーだった、坂庭・赤木両氏である)。
フォークスは、ほとんどの歌詞は笠木さんが作り、多くは坂庭氏が作曲・その次に多いのは安達元彦氏・その次が赤木氏だろうか・・・

確かに、笠木ー坂庭のコラボは名曲が多いと、僕は思っている。

だから、このコンサートは、歌にまつわる話は、ほとんど笠木さんとフォークスの事だ。

僕は、フォークスは始まりから終わりまで追っかけて、音源も(隠し録り・・・30本くらいあるかな・・・)未だに、徘徊時に、カセットを聞きながらなので、楽しんでいる。

彼が、当時の話をステージで語るとき、「あのときかぁ」などと、よみがえって、そこも楽しかった。

このコンサートは、日本のあちらこちらで、この時期(坂庭さんの命日近辺?)行われているらしいが、続くといいなぁ・・と、思っている。

赤木一孝・・・・彼の、今の音楽にも、笠木さんが脈々と生き続けてると感じたよ。




僕はまだ、発売日になっていない新譜を、確信犯的に持って行って、受付に置いてもらった。

まあ、気に留めた方が居て、1枚でも売れればと・・・・


そんなコンサートだったから、(赤木さんがステージで、この曲は笠木さんが云々などと、話すから、自然にCDの宣伝になったかもなぁ・・)なんと!5枚も売れた。
お客が20名弱くらいだったから、この枚数はすごい。


永六輔の言葉にこんなのがある。


  人の死は二度ある。 最初の死は、肉体の死。 でも、死者を覚えている人がいる限り、その人の心の中で生き続けている。 最後の死は、死者を覚えている人が誰もいなくなったとき。 そう僕は思っています。


日本で、良質のフォークソングを、今聴くとき、そこかしこに笠木透が現れる。

笠木さんも坂庭さんも・・・・中々、死ねないねぇ・・・・成仏は、しばらく先か?



PS・ステージはねて、赤木さんが少し話がしたい・・ってんで、楽屋でしばし歓談。それも楽しかった・・・友人の岡山の御仁の話も出たでよ。Oさん。くしゃみ出なかったけ?

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (まつお)
2016-12-16 21:54:51
はじめまして
CDを買った5人のうちの一人です
こんなCDが出ていたとはちっとも知りませんでした
他のも欲しいくらいです
返信する
まつお様 (オ サム)
2016-12-17 05:37:44
ご購入ありがとうございます。

すべてのCDまだ在庫がわずかですがございます。

偉大な男(笠木さんですが)を亡くしました。
返信する

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