明日は明日の風が吹く

60にしておひとりさまに。
この先、どんな人生になるのやら?

円覚寺如意庵 「安寧」にて

2016-10-11 | グルメ

一番の仲良しだった友が肺癌で逝って、ちょうど一年。


在りし日の彼女を偲ぼうといつものメンバーが集まった。
今回は北鎌倉、円覚寺境内にある如意庵茶寮「安寧」。




あいにくの雨が、北鎌倉駅に着いた頃には本降りになる^^;
それでもさすが観光地、そこそこの人出だった。
駅のすぐ前にある円覚寺は臨済宗本山、大きなお寺だ。

    →円覚寺

晴れていれば境内をゆっくり散策するところだが、早々にお店へ。





「如意庵」に上っていく途中の石垣にある標識。
季節の花が挿してあるのが素敵。






玄関に置かれた呼び鈴やお品書き。
折々の花や松ぼっくりがさりげなく添えられている。

コンクリートの箱でそっけないほどモノのない生活をしている身には
こういうちょっとしたしつらえがグッと来る。
いいなぁ、こういうの。




「安寧」は、普段はカフェのみ。
月に一度、第二土曜日だけランチを出しているということで、
数か月前から予約をしないといけないんだそうな。
今回はそのランチを庭に面した席でいただいた。

総じて味は薄味、胡麻豆腐は胡麻の香りが高い。柿の白和えも上品な甘さ。
天ぷらのマコモダケというのは山形県酒田市産、
初めて食べたが、
見た目はネギのようで食感、味はタケノコのようでクセがない。

     
     マコモの根元の肥大した部分をマコモダケというらしい。
     (画像はwebより拝借しましたm(_)m )

栗ごはんとかぼちゃのプリンがなんとも!格別のおいしさ!
どの料理も丁寧に作られているのがわかる。
目でも楽しみ、季節を感じ、、、堪能しました(^-^)

彼女も一緒に来たかったな~。食べるのが大好きだった。
抗がん剤治療でほとんど食事は喉を通らなかったという。
彼女との最後のランチは確か中華街で、そのあと「悟空」でお茶して・・・
あの時はパクパク食べていたのにね。
いまだに彼女がいないのが信じられない。
どこかから「いいないいな、私も行きたかったな~」と声が聞こえるようだ。


食事が終わるころには雨も上がり、ひさしぶりに鎌倉までぶらぶら歩き。
懐かしい。
鶴岡八幡は相も変わらずすごい人、人、人。
若宮大路の桜は老木ゆえ、すっかり若木に植え替えられていた。

彼女の娘、Mちゃんに4月、女の子が誕生した。
パパさんがかいがいしくあなたのぶんまでお世話しているよ、
すっかりイクジイ だってよ(^0^)
孫ちゃんの顔は見れなかったけれど、あなたの命は繋がっていくね。



(おまけ)

今回も高速バス(昼行便)で往復した。
新宿バスタ、初めて利用したが、悪評通り^^;

飲食店もコンビニもない、何よりトイレが無さすぎる(怒)
私は時間に余裕があったからいいようなものの、
バスに乗る前に用を足そうと思っても長蛇の列。
下のフロアのトイレも同様、
これじゃギリギリで来た人はどうしようもない。
私は20分並んだ



歴女の友とまちあるき~本町界隈~

2016-10-02 | 旅行

歴女の友と久しぶりに再会、
ヨドコウ迎賓館に行った時以来だから、ほぼ半年ぶりか。

前回は生玉神社や空堀商店街をぶらぶらしたが  → 前回
今回は本町界隈をぶらぶらと。

御堂筋線本町駅近くの「千鳥屋本店」で待ち合わせ、
(待ち合わせ場所からしてオバチャン全開^^;)

まずは腹ごしらえ。
鹿児島県人らしく薩摩牛が安く食べられるところへ案内してくれる。 → 薩摩 牛の蔵

鹿児島銀行のビルで、1階が県のアンテナショップ、2階がレストラン。
夜は高いがランチは手頃、サラリーマンで混みあうとのことで開店早々に滑り込む。




個室で、自分で焼く焼肉。サラダ、みそ汁、香の物、ライスつき、
これでなんと 1100円(税込み)よ!
まぁサラリーマンの街だからね。これ以上高けりゃ流行らないだろうし。
昼から焼肉! シュフにはじゅうぶん豪華だわ
コーヒー(セルフ)のサービスもあり、おなかいっぱい! 
ちょっとこの頃、肉づいている。 肉食系オバハン



さて、まちあるき。
歴女の後ろをキョロキョロしながらついていく。

この辺りはいわゆる船場、太閤秀吉によってつくられた商人のまちで、
格子状に道路が走り、全国から人、物、お金が集まったところ。
いとへん(繊維)だけでなく、薬や雑貨の問屋が集まっていた。
明治以降もそれは健在で、今でもあちこちに古い造りの建物が残っている。


実は大学卒業後8年間、私は本町で花のOL(死語)をしていたのだが、
当時はまったくこういう類のもの、ことに関心なく、
仕事が終われば地下鉄で北へ、遊ぶのはたいてい梅田界隈だったから、
まったくといっていいほど本町のことを知らなかった

会社近辺でウロウロしててうっかり見つかり残業でも言い渡されたらエライ災難、
三十六計逃げるに如かずで、
当時の私にとって本町は、職場のある場所以外の何物でもなかった。
今から思えばもったいない、というか、アホやった、というか



三休橋筋を北上して、薬問屋のまち、道修町へ。
塩野義製薬、田辺製薬などのビルがある。

ビルの谷間に小さな神社が。へぇ~こんなところに!



少彦名神社(神農さん)

薬の神様、健康の神様。
家族の健康、とりわけもうすぐ中国に行く息子をどうぞお守りくださいとお願いする。


隣にある「資料館」では、昔懐かしい薬や漢方などの展示があり。

おっ、「六神丸」がある。
大昔、おばあちゃんによくコレを飲まされたっけ。
風邪をひいても六神丸、おなかが痛くても六神丸・・・
幼児の私はメンソレと六神丸で守られていた(爆) 苦くてねぇ^^;
今でも売ってるんだ~。

漢方の薬種(生薬)は手に取って匂いを嗅ぐこともできる。
桂枝、甘草、芍薬、人参、棗etc.

「漢方に詳しそうやね」
「全然。韓ドラ見てたら薬種がよく出てくるからそれで知ってるだけよ」

ちょっと前まで「馬医」見てたから~。
こんなところで韓ドラが役に立つとは(笑)

交差点に大きな漢方薬局があり、
ホルマリン漬けのまむしやら人参やら、魔訶不思議なものが陳列されている。

「麝香」・・・よく聞くが、実体は見たことがなかった。
獣の毛に包まれた丸い物体が置かれている。
「ジャコウネコのナントカ。て言うけど、、、コレはなに?」
二人してガラスにおでこくっつけ、物体をガン見、顔を見合わせ、
出した答えが、「タマタマやん!」
キャッキャッとはしゃぐオバチャン2人(イタい^^;)

あとで調べたら、
麝香猫ではなく麝香鹿、タマタマではなく生殖腺分泌体だった(よくわからん)
当たらずとも遠からず?


次は「適塾」へ。
緒方洪庵の開いた蘭学塾だ。こんなところにあったんだ(ほんとに何も知らんヤツ^^;)

→ 適塾

こんな小さな町屋で志を抱いた多くの若者が学んでいたんやね。

ちょうど阪大工学部の学生さんたちの団体が先生に連れられてきたのと鉢合わせ。
大柄な男の子たちが30人ほど。床が抜けやしないかと心配するが、
おそらく当時もこんな感じで、
大勢が競い合って蘭語辞書の取り合いをしていたのかもしれないね。


最後に「神宗(かんそう)」本店に立ち寄る。

神宗といえば高級昆布屋さん。
お使い物にするぐらいで、庶民にはちとお高いラインナップ。
某デパートで切れ端をリーズナブルな値段で売ってるらしいが、
あっという間に売り切れるそうな。

ここの本店がビルの1階に入っている。


ビルの中とは思えない、昔の問屋を模した造り。




ここはカフェもあり、「昆布の煮汁入りソフトクリーム」を食べてみた。
飲み物、カステラ付きで750円。
昆布の煮汁? 言われてみないとわからない、言われてもわからない(爆)
そういえばちょっと薄茶っぽい色合いかなという程度。
ボリューム満点!おいしかった。
う~ん、ちょっと食べ過ぎの一日^^;

でも何かこう、もうちょっとマシなネーミングがないものか。
煮汁入りってのが一瞬、躊躇う。



(神宗さんHPより拝借しましたm(__)m )
母へのおみやげに柚子昆布を。
勢いで買ってしまった




自分には一番最初の千鳥屋で「栗大福」。
昔は饅頭・最中の類は一切ダメだったが、
この頃はお餅系なら、つぶあんなら、食べられるようになってきた。


大阪というと、
道頓堀や通天閣あたりのワサワサしたところばかりが取り上げられるが、
視点を変えれば他にもいろいろ見どころがある。

何も気張って遠いところまでいかなくてもね。
と今さらながら思った一日だった。
ほんとに何を今ごろ、やわ~

歴女の友は、遠方からの友人に大阪を紹介するべく
いろいろ調べ、あちこち歩いたんだそうな。

私ももう少し地元を勉強しないと