アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

西洋の記憶術と虚空蔵求聞持法

2023-10-21 11:24:25 | 超能力・霊能力neo

◎記憶術と観想法

(2010-04-05)

 

西洋の記憶術と虚空蔵求聞持法。どちらも記憶力を増進させる方法で受験生には重宝されるもの?である。不思議なことに、どちらもそれに連続するメソッド=引き続いてやるべき修行法が何かはっきりしないのが奇妙である。

西洋の記憶術は、長時間演説を行うためには,膨大な記憶力が必要とされていたので、雄弁術の付随的な技術として発展したというのが定説のようである。ところがローマ時代以前のギリシア哲学者には、哲学者もいたがクンダリーニ・ヨーギたる冥想家が少なからずいたようであり、冥想技術のひとつとして記憶術がもともとあったようにも見える。しかし記憶術とは、ただそれだけのものだったのだろうか。

虚空蔵求聞持法を空海は成就した由。「記憶術増強」がその後の密教修行にそれは必須の技術だったのだろうか。あるいは、現代の密教ではそこまで記憶力が良くないとダメとされているのだろうか。

ローマ時代の賢人キケロは、その著「弁論家について」において、シモニデス(大きな宴席で天井が落ちて客人全員がなくなった時、彼は客の座席位置と名を記憶していたことにより、見分けのつかないほどになった遺体の識別ができた。これによって記憶術を発見したとされる。)の記憶術発明について次のように、記憶するもののイメージをそれぞれ特定の場所にセットすることであると述べる。

『彼の推論によると、この[記憶能力]を育みたい者は、一連の場を選定し、頭の中で、記憶したい事柄を意味するイメージを形づくり、これらのイメージをそれぞれの場に貯えて置かねばならない。

その結果、場の秩序が事柄の秩序を維持し、事柄のイメージが事柄そのものを表すこととなる。かくして、われわれは場とイメージを、それそれ蝋引書板とそこに記された文字として、用いることになる。』

(記憶術/フランセス・A・イエイツ/水声社P22から引用)

キケロは更に、五感のうちでは視覚の印象が最も記憶に残るとする。

この操作でやっていることは、イメージの形成とそれをあるポジジョンに据えるという操作である。

つまりある程度意識レベルを低下させたところで、心中にイメージを思い浮かべ、ある位置に固定するとは、観想法と同じ技法なのである。よって虚空蔵求聞持法が以後の連続的な観想法修行の前駆として置かれることは、何の不自然さもないように思われる。

同様に西洋では、記憶術はもともと観想法主体のクンダリーニ・ヨーガのウォーミングアップとして利用されていたとしても、不思議はないように思う。雄弁術以外の視点で記憶術に関心を寄せていたのは、観想法を駆使するキリスト教修道士たちの他に、神秘家とされるジョルダーノ・ブルーノなどがいて、その効果の親近性は経験的に知られていたのだと思われる。

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