今でも「茗荷(ミョウガ)を食べると物忘れする」と聞く事があります。
医学的には何の根拠もないことですが、この為に茗荷を食べない人もいるようです。
そこで今日はこの俗説について調べました。
「茗荷をたくさん食べると物忘れをする」と昔から言われている俗説の由来は、非常に物覚えの悪いお坊さんの次のような逸話からのようです。
「逸話」
茗荷の名前の元になったお坊さんは、周利槃特(しゅりはんどく)と言い、彼は天竺(インド)の北部に生れ、兄の摩河槃特(まかはんどく)と共にお釈迦様に弟子入りしました。
兄は賢く、お釈迦様の教えをよく理解し、深く仏教に帰依しましたが、弟の周利槃特は物覚えが悪く、自分の名前すら覚えられなかったそうです。
そのため、托鉢に出かけても、お釈迦様の弟子として認められず、乞食坊主扱いをされ、お布施を貰う事が出来ません。
お釈迦様はこれを憐れみ、「周利槃特」と書いたのぼりをこしらえて「明日からこれを背負って托鉢に行きなさい。もし名前をたずねられたら、これでございますと、のぼりを指差しなさい。」と言われました。
次の日から托鉢の時にのぼりを背負っていくと、人々はお釈迦様の書かれたのぼりをありがたがり、たいそうなお布施をいただく事ができるようになったそうです。
さて、兄は、物覚えの悪い弟に、何とかお釈迦様の教えを覚えさせようと手を尽くしますが、弟の周利槃特は朝に覚えていたものを昼には忘れてしまうという覚えの悪さで、自分のおろかさに涙を流して途方にくれました。
それを見ていたお釈迦様は「自分が愚かであると気づいている人は、知恵のある人です。自分の愚かさを気づかないのが、本当の愚か者です。」と言い、ほうきを周利槃特に渡して「ごみを払おう、あかを除こう」と唱えて掃除をしなさいと教えました。
その日から周利槃特は、雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も、毎日「ごみを払おう、ちりを除こう」と唱えながら掃除をし続けました。
やがて「おろか者の周利槃特」と呼ぶ人はいなくなり、「ほうきの周利槃特」と呼ばれるようになったのです。
そして何十年か経ち、周利槃特は自分の心のごみやあかを全て除き、阿羅漢(アラカン:尊敬を受けるに値する人)と呼ばれる聖者の位にまでなったのでした。
お釈迦様は、「悟りを開くということは決してたくさんのことを覚えることではない。わずかなことでも徹底すればよいのです。周利槃特は徹底して掃除をすることでついに悟りを開いたではないか。」と大衆の前で言われたそうです。
その後、周梨槃特が亡くなり、彼のお墓にはあまり見たこともない草が生えてきました。彼が自分の名を背に荷(にな)ってずっと努力しつづけたことから、この草は名に草冠をつけて「茗荷(みょうが)」と名づけられたということです。